壁を越えるもの
"白の聖堂"が設置した長距離通信魔道具によって、族長キャスランからもたらされた情報は、会議室の空気を再び一変させていた。
『亡命してきたのは遊牧民族のケンタウロス族』
『ヴァルザの軍勢が“神の壁”を超えてやってきた』
『そして彼らの草原を焼いた』
『アータル、ガルーダを目撃』
報告が終わる。
沈黙。
「……てっきり魔族領からの逃亡かと思ったけど、そうじゃねーみてーだな」
最初に口を開いたのはジェラルドだった。
「しかし、そのヴァルザ、アータル、ガルーダとは?」
ジュリアが眉を寄せる。
「聞いたことがない種族です」
すると、ジュリアの背後に控えていたメイヴィエッタが静かに補足した。
「ヴァルザは、ハーピー種における戦士階級を指します。アータルはその上位種。そしてガルーダは――」
そこで、僅かに言葉を切った。
珍しく、表情が硬い。
「神代期の記録にのみ残る、上位存在です。………もはや“種族”という分類そのものが正確ではありません」
会議室が静まり返る。
「鳥人か。しかし、“神の壁”――ゼオガンダル山脈を越えたとは」
ホドフリートが低く唸る。
「ああ。ありえんな」
アルトゥールも腕を組んだ。
「あの山は、単に高いだけではない。異常気流によって飛空艇すら近づけんはずだ」
つまり、“越えられない”こと自体が前提になっていた天然の防壁だった。
それが、破られた。
会議室の空気がさらに重くなる。
ジュリアは机へ視線を落とし、ゆっくり考え込む。
前世のハーピーはワイバーンなどの劣等飛竜種を"従えて"いた。そして赤龍などの古龍種の周囲にもいたハーピー達。
何か嫌な予感がした。
「……飛空艇で現地へ向かい、直接調査したいですね」
「もう貴女が直接行くのはおやめなさい」
即座にエウラーリアが遮った。
扇で口元を隠しているが、声音に母親としての苛立ちが滲んでいる。
「しかし、私やミリーならば防護結界を――」
「国家代表が自ら出向く必要はない」
今度はアルトゥールが止めた。
「こういう時のために軍と階級があるのだ」
低く、断定するような声だった。
ジュリアは僅かに目を細める。
アルトゥール・ランカスターは、武断で知られる男だ。本来ならば、真っ先に自ら前線へ立ちたがる性格でもある。
だからこそ、ジュリアには分かった。
――これは保身ではない。
本来ならば、“危険ならば我こそが行く”そう言いたい男なのだ。だが今、彼はそれを飲み込み、“国家の中枢を前線へ出すな”と告げている。
武人としての衝動よりも、国家を優先している。そこに、長年最前線を支えてきた辺境伯としての矜持が滲んでいた。
ジュリアは小さく息を吐き、
「……承知しました」
素直に引き下がった。
結局、ギルベルト・ノイエンブルク新連邦辺境伯とマティアス・マストハイン新連邦伯爵が現地調査へ派遣されることとなった。
「……」
ジュリアはまだ不満そうだったが、反論はしなかった。
代わりに、メイヴィエッタへ視線を向ける。
「ダークエルフ側に、この“東方勢力”の情報は?」
「限定的にしか」
メイヴィエッタが答える。
「ですが、“ガルーダ”が実在するのであれば」
一瞬だけ迷い、
「……黒曜議会も、動くと思われます」
その一言で、再び場が静まり返った。
人類国家。
魔族。
黒曜議会。
その均衡のさらに外側。
誰も知らなかった第三の世界が、今、壁の向こうから現れようとしていた。
――こうして、報告会は終了した。
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アストライア新連邦共同研究所。
帝国技術主任、ゲルダ・ストーンホルムを迎え、アルケイネ残骸の共同解析が始まっていた。
巨大な白銀の外殻は、幾つもの固定具によって解体台へ拘束されている。
周囲には術式投影盤、計測結晶、帝国製演算器が並び、研究員たちが慌ただしく走り回っていた。
その中央で――
「ねえ、エリザ。この魔導筋肉の収縮量と繊維密度。帝国製より遥かに高性能よ」
ゲルダが、黒い繊維束を手に興奮気味に言う。
エリザは即座に頷いた。
「でしょうね。私は稼働中のアルケイネを観測しましたが、完全な無音でした」
「それは羨ましい」
ゲルダの眼鏡がギラリと光る。
「私も稼働状態を見てみたかったです」
「やめておいた方がいいですよ。普通に殺しに来ますから」
さらりと言い放つエリザ。
「……それでも見たいですね」
「その欲求は研究者として正しいですが、生存率は著しく下がります」
軽口のようで、内容は極めて物騒だった。
ゲルダは咳払いして話題を戻す。
「それにしても、この外殻……オリハルコンの純度が異常に高いわね」
「ええ。しかも多層構造です」
エリザは解体された部材を指でなぞる。
「内側に魔力焼結された精密な演算格子があります」
「待って……この演算層、六角格子状に演算単位を魔力固定しています?」
「ええ。通常の魔力絶縁ではこの大きさの固定単位は成立しません。しかもここ、逆位相干渉で論理絶縁させている」
「まさか、そんなことで……」
一瞬、研究室の空気が変わる。
「……小型化の突破口になるわ」
「……これは、文明段階を数十年いえ、百年以上は飛び越していますよ」
周囲の研究者たちは、その意味を完全には理解できなかった。
しかし、それが常識側ではない技術だということは理解できた。




