ダークエルフとの会談
ジュリアは五人のダークエルフを見渡す。
まず、モーリガン。あいつは明らかに魔族側に付いていた。
圧倒的な魔術知識を持った純血の伯爵級魔族を拳一つで黙らせ、あまつさえ学園の生徒に危害を与えて去っていった。
印象としては最悪。"危険"な存在だった。
しかし、次にエイダンを見る。
ミシュリーヌが偶然発見した"黒の魔力"に異常に反応し、未知の魔術で捕らえようとしてきた。
だが、その後、レテ・スウォーム対策だと知るとあっけなく引き下がり、研究に寛容になった。
単に学園の規則に則って行動している長命種だとばかり思っていたが……この顔ぶれに溶け込むように並んでいる。
意味がわからない。
そして仮面の男。
セシリア達からは聞いていた。聖教国の教皇が意見を聞くほどの立場。
だがニヴの話を聞く限りは、こいつも……。
「貴方方は、一体何者なんですか?」
エイダンが深い溜息を吐く。
「知る必要がない。そう言いたいところですが」
そう言うと、ニヴの顔を見る。
「ええ、もう無理よ」
モーリガンも顔を顰め、苛立たしげに言う。
「本当に。何故お前達はこうも我らの計画をぶち壊すのだ」
「?」
ジュリアは意味がわからずに首を傾げる。
「特に白銀の小娘。お前だ。ジュリア・アークライト。普通、黒龍を簡単に落せるものか!」
大理石のようなマーブル模様の巨大な机に、拳を叩きつける。
「まあまあ」
と若いダークエルフの男が窘める。
「もう終わったことではないですか」
「カドガン。貴様も貴様だ。なぜ帝国内の"黒の力"の流出を止めなかった」
カドガンと呼ばれた男は、藪蛇だったと言いたげに首をすくめた。
「いやあ、止めたいのは山々だったんですけどね、そちらの嬢ちゃんが、黒の"禁忌"をまるで"無かったこと"にして下さりまして。気づけば後の祭りです」
そこで初めて、仮面の男が口を開いた。
「準聖女セシリアよ。『白の聖堂』なる、新たな信仰。新連邦のみならず森林国にまで波及させたのは貴女ですか?」
極めて優しく、そして重い口調。まるで神の代弁者の如く。
「そ、それは……」
セシリアがビクリと肩を震わせる。
「最初は。ただの巡礼だったんです。そしたら何故か人々が喜んでくださって。……それに"信仰"だなんて。ルクス様に祈るのは、ただの感謝で……私がやったのはただの人助けです」
「………」
「………」
「………」
彼らの反応は、三者三様だったが、その空気を読み解けば「ああ、こいつ無自覚かよ」という感じであった。
「エンギュロイ森林国へセシリアを派遣させたのは私です。ヴェルミースという虫の魔族に、いえ、我々人間もですが。その汚染された土地を、回復させたかったからです」
モーリガンが目元を手で抑えながら、
「あのクソ虫野郎の事は、"我々"側の管理不足ではある。だが、新連邦は、なぜ"白の聖堂"を止めさせん。聖堂との均衡を崩すことぐらい貴様でもわかるだろう?」
「それは………」とジュリアが頭を抱える。
「いや、あのさ、本題がズレてねえか?」と素でツッコむジェラルド。
「お前ら、そもそも何なんだよ?」
ジェラルドの的確な指摘に、政治的回答に悩んでいたジュリアも、はたと膝を打った。
「まあ、とりあえず、座っていただきましょう」
ニヴがそう言うと、手を叩く。
二つの紫色の球体がブン、と現れ、真っ黒な侍女服を着た子供のダークエルフ達が現れた。
そして空席だった円卓の周りへ椅子を設置し、お茶を出し始める。
幼い外見とは裏腹に、その所作は妙に洗練されていた。
一礼すると、再び紫の球体が現れて、消えていった。
「さ、どうぞ」
ニヴの言葉に、新連邦の面々も恐る恐る円卓に座り始める。
(なんなのこの状況?)
ミシュリーヌは純粋にそう思った。
沈黙。
その重くなった空気の中、最初に口を開いたのはエイダンであった。
「我々は、少なくとも、貴女達人類に仇なそうとする存在ではない。……いわば"管理者"だ」
「ええ。そこのモーリガンはまあ、魔族に片足突っ込んで居るわ。でも、本質的にはあなた達の敵ではない」
ニヴが補足する。
「ニヴ!!」
「あら、本当の事じゃない」
「つまりあなた方は、我々人類の国家と、魔族との均衡を取り持っている、そう仰っしゃりたいのでしょうか?」
ジュリアは必死に彼らの言葉を反芻しながら、言葉をまとめた。
「その通りだ」とエイダン。
「しかし、わかりません。なぜこのタイミングだったのでしょうか?」
ニヴが紅茶に口をつけると、ゆっくりとソーサーに置いて言った。
「アルケイネを撃破された時点で、隠蔽はもはや無駄と判断されたのよ」
「つまり?」
「だって、私たちダークエルフの最大戦力が敗れたんだもの。その時点で、もうお手上げでしょう?」
「ニヴ!!何故それまで言うか!!」とモーリガン。
「どうせ言わなくとも、この子達にはバレるわ」
「あっはは」とカドガンが笑う。
新連邦組は皆ポカン顔だった。
"人類と魔族の均衡を取り持つ"。その壮大な計画を練っていたメンツと、のんびり茶会を行っている。
しかもだ、そんな大層な計画を捻り潰された側にしては、空気が軽すぎる。
「なあ。結局なんで俺達が呼ばれたんだ?」
沈黙。
「まさか、だけどよ。俺達に愚痴りたかっただけ?」
ジェラルドのその一言で、ついにニヴが紅茶を吹いた。
「貴様……!!」
モーリガンのこめかみの血管が限界に達しピクピクしている。
「あっははははは」
カドガンはツボにはまっている。
ジュリアは、呼ばれた理由が何となく分かった気がした。
「つまりは、我が新連邦に、その"管理者"の片棒を担いで欲しいと?」
「まあ、そういうことだ。今ならば、貴女の切望していた、"魔族の進軍の要請"すら通せるぞ」とエイダン。
「は?」
「え?」
「ジュリア様?」
「いや、それは……エイダン。あれは一時の気の迷いであって……ですね」
「ジュリア、あんたってやつは……」
「お前、実は魔王だろ?」
「まあ、冗談は置いておいて」
エイダンは紅茶を一口飲む。
「我々としては、このまま、魔族と人族のこれまで通りの均衡を望みたい」
「具体的にはどうしろと?」
「もう人族はやりすぎだ。魔族をこれ以上刺激するな。そう言うことだ」
沈黙。
部外者(だと思っている)勢、コソコソ話。
「ねえ。これってあたし達聞いててよかった話?」ミシュリーヌ。
「墓場まで持っていかないとまずそうだよな」ジェラルド。
「つまり、魔族さんも平和を望んでいるのでしょうか?」セシリア。
「セシリア様。黒龍をお忘れでしょうか?」リィン。
「………」ルカ。
エリザ(さっきの、あの転移、座標固定どうやってるの?術式が閉じてない。待って、魔力消費が少なすぎる。というか空間側を書き換えてる?)
ジュリアは納得できなかった。
前世で見た大侵攻。
兄や友人達の死。
民を逃がしながら倒れていった兵士達。
そして、自分自身の死。
彼らダークエルフが存在し、
人類側が魔族を過度に刺激していなかったにも関わらず、
あの悲劇は起きたのだ。
「では、なぜ魔族を止めないのです?」
その声はいっそう冷ややかだった。
「止められるものなら止めている!!」
珍しく、モーリガンが声を荒げた。
「貴様らは、自分達が何を世界へ広げているのかも理解せず、均衡を崩し続ける!」
「仮に我々が刺激していなければ、止められていたのですか? アビス・ターマイト、レテ・スウォーム、ヴェルミースを!!」
空気が、凍った。
数秒。
剣呑な空気を破ったのは、エリザだった。
――コトリ。
美しい大理石の円卓に、怪しく輝く黒い箱が置かれた。
「あの。魔族の皆さん。誘引式広域蟲駆除魔導具。買いませんか? ヴェルミースにも効きますが」
沈黙。
カドガンが吹き出した。
「ぶっ……!」
ニヴは肩を震わせ、
エイダンは静かに顔を覆った。
「……だから私は嫌だったのだ」
モーリガンは頭を抱え、だがチラリと箱を見ると、
「買おう」
そう言った。




