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白い蜘蛛

「ジェド!離れて!!」


 ジュリアの鋭い声と同時に、空間に高密度の魔力式が展開される。

〈火球×5〉〈氷槍×5〉〈雷撃×5〉――合計十五門の術式が、飽和爆撃の密度で一斉に発射された。


 ――キキン!カン!キン!ギィン!!


「……は?」


 ジュリアのサファイアの瞳が、驚愕に見開かれる。

 硝煙の向こう、白い蜘蛛は傷一つなくそこに立っていた。


(効いてない?)


(いや、表面に、防御術式?)


 ――ギィィィン!!


 ジェラルドが、再度受け止める。その力んだ肩がブルブルと震え、額に汗が滲む。


「こいつ!!たぶんっ……!!魔法は効かない……!!」


「ジュリア。まずいわよ」

 ミシュリーヌがエメラルドの瞳を厳しく細める。


「さっきから私も試しているけれど、"変えられない"!!」


 神の祈りも、世界の改変も通じない魔導兵器。


 だが、彼らは絶望するより先に、身体が最適解へと動いていた。


「ならば、剣だ!」


 ルカが視覚の死角から鋭く踏み込む。

 重心の低いきれいな足払い。


 しかし、


 ――キィン!!


 蜘蛛は足の一本を滑らかにしならせ、ルカの渾身の剣戟を事も無げに弾いた。


「追撃を!」


 ジュリアが細剣を抜き放ち、舞うようなステップでその駆動部へと連撃を叩き込む。


 二連撃。


 ――キキィン!!


 弾かれる。


(この手応え、大侵攻の時の……!!)


 刃に纏わせた魔力を弾く感触。斬撃が、“世界そのものに拒絶される”ような違和感。

 間違いない。これは、大侵攻で現れた鎧の魔族と同種の技術だ。


 だが、完璧だったはずの蜘蛛の重心が、ほんの数ミリだけ外側へブレた。

 その僅かなズレを、ジェラルドの戦術眼が見逃すはずがない。大剣に全体重を乗せ、力任せに押し返す。


(物理なら――通る!!)


「どぉぉぉらぁぁぁ!!!」


 ガガッ、と白い蜘蛛の足元がよろめいた。


 ミシュリーヌが腰からレイピアを引き抜くと、手から離す。淡く光るエメラルドの瞳。宙に浮いた刃が、螺旋を描いて肉薄した。


 ジェラルド、ジュリア、ルカ。そして縦横無尽に奔るミシュリーヌのレイピア。

 四人の、一分の隙もない斬撃と刺突の嵐が、白いボディへ容赦なく交差する。


 ――――。


 勝負ありかと思われた、その瞬間。

 蜘蛛の輪郭がモザイクのように激しく明滅し――掻き消えた。


「な!?」「え?」「は?」「うそ!?」


「上です!!」


 リィンの鋭い声が、ひやりとした空間に響く。


 高い天井。


 そこに、白い蜘蛛が音もなく張り付いていた。八本の脚が、まるで最初からそう設計されていたかのように、白い壁面へと滑らかに沈み込んで固定されている。

 質量を感じさせない、不気味なほどの無音。


「くそっ。めんどいな。飛ばした斬撃くらいじゃ、落ちねえだろうし」

 ジェラルドが苛立ったように言う。


 リィンが短刀を振りかぶるように、二本、投げつける。


 ――ギィン、カン!


 数秒後。


 チリン、チャリン。と地面へ落下した短刀の音。


 蜘蛛は微動だにしない。静かに黒い隙間から青い光を明滅させ、下界を伺うように佇んでいる。


「効きませんか」

 悔しげに呟くリィン。


「ならば」

 その静寂を破ったのは、エリザのひどく事務的な声だった。

 腰のホルスターから、するりと取り出したのは、特製の『魔力装填式短筒』。


 両手でしっかりと固定し、カチリと撃鉄を起こす。


 無感情な照準。


 指が、引き金を、引いた。


 ――パァン!!


 乾いた破裂音。

 天井の蜘蛛は身じろぎすらしなかったが、その直後、


 蜘蛛の足が一本、ちぎれて、


 ――カラン。


 乾いた金属音。


 落ちた。


 その断面を見たジェラルドの顔が、一瞬だけ変わる。


「……お前、その弾」


「ええ。試作品です」


 エリザは銃口を微調整しながら、淡々と言い放った。

 カチリ、と再び無機質な撃鉄の音が響く。


「オリハルコンよ。たぶん、あのボディも」


 ――パァン!!


 今度は、脚ではない。


 胴体へ“直線的に”撃ち込まれた。


 だが蜘蛛は落ちない。


 代わりに。


 ズズ……と、表面の白が一瞬“遅れてズレた”。

 まるで偽装の層が、一瞬だけ剥がれたように。


「……やっぱり」


 エリザの声が少しだけ熱を帯びる。


「これ、“装甲”じゃないです」


「構造そのものがオリハルコンで組まれてる」


 ジュリアのサファイアの瞳が冷徹に細められる。

「構造……?」


 エリザは短く頷く。


「おそらくは外殻だけじゃなくて、すべての枠が"隠蔽型の拒絶術式"で染められている感じ。だから魔術が効かない。世界干渉も弾く」


 エリザは銃身を軽く回転させ、不敵に口元を歪めた。


「でも――」


 銃を軽く回転させる。


「物理的には、ただの硬い金属。削れるわ」


 その言葉を聞いた瞬間、ジェラルドが獰猛に笑った。


「……ははっ」


 乾いた、しかし確信に満ちた笑い。剣を握り直す。


「つまりさ、御託はいいから、殴って削り倒せってことだろ?」


「そういうことね。脳筋だけど」

 ミシュリーヌが小さく息を吐く。


「嫌な構造なのですね……」

 セシリアは通じない祈りを止め、いつでも前衛に回復を差し込めるように体勢を整えた。


 天井の蜘蛛が動いた。

 だが、さっきよりも明らかに滑らかさが消えていた。脚の一本が欠損したことで、歩行機能に障害が発生しているのかもしれない。


 エリザが冷徹に告げる。


「あと三発で落ちます」


 パァン。

 パァン。

 パァン。


 精密に駆動部を撃ち抜かれた白い蜘蛛が、ついに天井から剥がれ落ちた。


 ズン。


 床に落ちる音は、意外なほど重かった。


 そして――このメンバーが、その致命的な隙を見落とすはずがなかった。


「ルカ!」

「分かってる!」


 踏み込み。足を削る。ジェラルドが間合いを詰める。

 ジュリアが軌道を潰す。

 ミシュリーヌが重心を“少しだけズラす”。

 ボディが、ひっくり返った。


 そして、エリザの穿った銃創に、二人の剣先が、突き刺さった。


 グシャッ!!ザクッ!!


 瞬間、艶やかな白い体に刻まれていた黒い隙間が、ガクリと大きく開いた。

 隙間の奥でチカチカと不気味に明滅していた謎の輝きが――ぷつりと、完全に消灯する。


 静寂。


「終わったな」

 ジェラルドが大剣を肩に担ぎ、息を吐いた。


「ああ」

 ルカも静かに剣を鞘へ戻す。


 ジュリアは、まだ昏い部屋の奥で、繭の姿のまま静まり返っている無数の個体を睨み、ゾッとしたように言う。

「あれが全部動き出したら、まずいですね」


「俺の剣も次は持たねえぞ」

 ジェラルドも、大剣の刀身を見つめながら呟く。刃毀れがひどい。幅の広い肉厚の鋼。だが次戦えば折れてしまいそうだった。


 そんな中、エリザだけは壊れた蜘蛛の残骸の前にしゃがみ込み、


「とりあえず、これ、持って帰って解析したいわ」


 いつも通り、暗闇の中で眼鏡の縁を怪しく光らせていた。

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