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拾遺奇譚『よらばけ』  作者: 編纂天使モブリエル
息抜き編

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8/12

『  蠱 注意』



 誰もいない放課後を狙い、トノカワは裏庭へ訪れた。

 結局、あのバンカラ野郎をどうにかする方法が思いつかず、仕方なくこちらの時間をずらすことにしたのだ。不服であるが、トノカワにはどうする事もできない。


 違和感を感じたのはすぐの事だった。地面に適当に放り投げられている布片。青海波 (せいがいは)の図柄が描かれたその手拭いは、トノカワの所持品だ。


「まさか」


 慌てて駆け寄り竹筒を覗き込む。底の方は暗く何も見えない。


「おい。おい!」


 かさり


 呼び掛けに応えるかのように這い出てきたのは、三(センチ)ほどの大きさの蜘蛛。それはそのまま手のひらに収まった。

 トノカワはほっと息を吐く。彼の愛しい子は共にある事を望んでくれたようだ。であるなら出来る限り愛しい子の願いを叶えてやるべきであろう。


「おいで」


 甘ったるい声で呼びかけ、そのまま口へと運ぶ。蜘蛛は素直にトノカワの口の中へ。こうすればずっと一緒にいられるし、何より安全だ。


 しかし、一体全体誰の犯行だろうか。明らかにこの子を狙っている。このまま放っておけば、また狙われることは目に見えている。何か対策を講じなければならない。


 悶々と悩むトノカワの足元にどこからかヤスデが現れる。


「そうか。その手があったか」


 トノカワは徐にヤスデを掴み上げ頭上へと持ち上げる。躊躇せず、そのまま頭から飲み込んだ。


 ごくり、と静かな音がした。


 これでいい。守るばかりでは駄目なのだ。

 廃井戸でやっていた事と同じ、それをそのまま自分の体で行えばいいだけ。やる事は変わらない。この子を強く育てる。ただそれだけだ。



  ◇  ◇  ◇



「本当に大丈夫か? 急に押しかけちまって。親御さんとか」

「大丈夫大丈夫。そんなんあってないよなものだよ」


 意外とそういうところきっちりしているサネノリに対して、ホタルの返事は何とも言えない。


 ホタルの案内に従って帝都を歩く。辿り着いたのは、延々と石造りの塀が続く道。向こう側には立派な洋館が建っているのが見える。金持ちかな。


「ほえー」

「口を閉じろサネノリ。伴田利(ともだり)家の屋敷だな。石炭から魔導車まで何でも《以降、意味のないうんちくが早口で続くので読みと」

「ただの成金だよ」


「そうか……」


 得意の蘊蓄(うんちく)を強制中断されたエン。ちょっとしょんもり。


 正門を通り過ぎる三人。通用門だろうか、ホタルは小さな鉄製の柵扉を開き中へと誘導する。


「ホタル、お前ここに下宿してんの?」

「うーん、まぁ似たようなもんかな」


 ごまかしホタルに連れられて来たのは、木造の(あん)のような平屋建てだ。洋館の裏側、少し距離が空いた場所に位置しているようだ。離れってやつ。


「ただいまー」

「あぇ、おかえりなさいませ! わわっお客様? ぐぅイケメン!」

「……。うん、お茶お願い」


 出迎えたのは女中の格好をした鴇色の髪の少女だった。何だかとっても仕事できなさそうな雰囲気がするが、指摘するのは野暮だろう。優しい二人は黙る事を選ぶ。


「僕は着替えてくるから、ゆっくりしてて」


 そう言って、ホタルは奥へ引っ込んでいった。


「どうぞ、客間へご案内します!」


 女中は元気いっぱいだ。

 案内された客間はよく整えられた居心地の良さそうな和室。勉強が捗りそうだと思うのはエンだけだろう。


「で、なにが苦手なんだ?」

「国語と、それから漢文。他の外国語もダメだな。それから魔法学、魔道基礎。あとは地理、理科もだめだ」

「つまり、ほぼ全部じゃないか。馬鹿ノリ」


 ぐうの音も出ない。


「おまたせー。僕は数学と理科がちょっと不安」


 着替えを済ませたホタル。立ち襟の洋シャツに袴を合わせた、書生姿だ。


「し、失礼します!」


 ちょうどお茶も来たようだ。

 大変危うげな調子でお茶を運んできた女中。お盆は溢れた緑茶でびちゃびちゃだ。


「おじゃましまし……いえ、ごゆっくりどうぞ!」


 危なっかしい上に喧しい。勢い余って閉じられた障子がすぱーん! と音を立てた。


「「……」」

「なんか、ごめんね。いつもお世話してくれる(なつめ)さんが、初孫が産まれたとかで休暇取っちゃって。代わりに新人押し付けられたっぽいんだよね」


「女中の仕事って、大変なんだな」


 女性に優しいサネノリ。いい子である。


 そんな不手際(ごたごた)はさておいて、三人はようやく教科書を広げる。


「なぁこれ、なんて読むんだ?」

「あまねし、だな。行き渡るという意味だ」

「ほえー、これは?」

「いんぎん。お前の態度のことだ」

「……これは?」

「もうろう。お前の理解度だな」

「おい。適当言ってるだろ」

「これは難しいぞ。たいだと読む。意味は」

「わかるわ! なんだよ、俺なんかした?」

「何もしてないからこうなってるんだろう」

「むぅ……」


 むくれサネノリ。反論の余地がない。


 そうやって時間を過ごす三人。廊下の奥に見える庭から、柔らかい空気が流れ込んでくる。大変に心地良い空間である。


 そんな穏やかな夕暮れに影差すように、がしゃんという音が響いた。硝子(がらす)か陶器が壊れたような音が、少し離れた位置から聞こえて来たようだ。おそらく同じ建物内。くらいの距離感だ。

 だがしかし、当のホタルはしらんぷりで通したい様なので、触れないでいた方が無難だろう。結局、先程と時間の流れは変わらない。かに思われた。


「お、奥様〜」


 先程の女中の声だ。奥様が陶器の器でも割ったのだろうか。わたわたと騒がしい雰囲気が伝わってくる。


「奥様じゃねぇって」


 悪態をつくホタル。彼が言葉を崩すのは、あまりない事だ。


「ごめんね、ちょっと様子見てくるよ」


 そう言って、ホタルは廊下の奥へ消えていった。

 残された二人の間には、気まずい沈黙が流れる。サネノリはそわそわと、勉強が手につかない様子だ。ホタルが気になるのだろう。いや、勉強が手につかないのはいつもの事だったわ。


「こういうのは、自分から言い出すのを待つものだ」

「そっか。わかった」


 サネノリは素直なのだ。いい子。

 

「おまたせ。ごめんね、騒がしくって」


 少ししてホタルは戻ってきた。ちょいと肩をすくめてこなれた様子だ。いつもの事なのだろう。


「家族か?」

「えーーー!?」

「サネノリ、喧しい」

「いやいやいやいや、えぇ!?」


 先程の会話など無かったかのようにエンが訊ねる。サネノリは大混乱だよ。何てこった。


「母だよ。トモダリ家の長女なんだ」

「へー。父親は? 婿入り?」


 追撃するサネノリ。衝撃からの立ち直りが早い。


「いんや。父親が誰だか、僕も知らないんだよねぇ」

「そうか、それは難しい事だな」


 遠くで豆腐売りのラッパの音が聞こえる。夏の日差しが傾いてきた。


「そうでもないよ。叔父家族が跡取りだから、うちはお気楽。衣食住の世話してもらって、学費まで出してもらってるんだから、文句はないよ」


「お豆腐屋さーーん!」


 女中が勢いよく駆け出していく。夏の冷奴は最高だろう。


「……まぁ、女中は変えて欲しいかな」

「いいんじゃあないか? 少しくらい賑やかな方が。ここは静かすぎる」


「そうかな」

「そうさ」


「ぎゃ! 買ったばかりのお豆腐が!」


 夕食は無事だろうか。


「……食事は本邸に頼んで運んでもらうってのはどうだ?」

「うん。そうしようかな」


 遠ざかるラッパの音と夕暮れ。本日の雑談多め勉強会はこうして幕を閉じた。果たして、サネノリの試験は大丈夫なのか、それは本人さえもわからない。

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