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公爵と想定内の訪問者

 アルフレッドはリリーに人見知りしないように足繁く領地へ戻った。リリーに会いたい気持ちが八割、リリーのダンス練習に付き合って不安を解消したい気持ちが一割、リリーとの距離を縮めたい下心が一割である。

 そうゴードンに漏らすと、

「下心九割でまとめたら良いのでは?」

 と眉を寄せられたが、アルフレッドにとっては別である。


 リリーのダンスは順調に不得意から好きに変わりつつある。そもそもの原因は苦手意識が強い二人が消極的に練習していたことにある。リリーは物覚えが悪いわけでもリズム感がないわけでもない。ミスの指摘に意欲がなくなり、二人ともなぁなぁで済ませたのが悪いのだ。

 アルフレッドとしては楽しそうなリリーが見られることが嬉しい反面、その笑顔を間近で味わう度に理性が負けそうになっている。夜会で当然のように個室が用意される必然性がようやく分かったアルフレッドだが、更に思い悩むのはリリーのドレスだ。謝罪に訪れたリリーの部屋でマーシャとアンが言っていたことが母やアリソンの耳に入ったのか、本番さながらに露出の多いドレスをリリーは着て練習している。社交の場であればどんな衣装だとしても気持ちを切り替えられるアルフレッドだが、音楽と二人の足音、たまに聞こえるリリーのステップを確認する声しかない広間では自然とリリーの顔から白い肌に目がいってしまう。上品な紫色のドレスは襟ぐりが大きく開いているが、背中には布がありアルフレッドが素肌に触れることはなく己を保てている。


「公爵様、お疲れですか?」

 目線が合わないアルフレッドを心配してリリーが顔を傾けると、アルフレッドは我に返った。踊っているのに自ら話しかけるようになったリリーは進歩が目覚しい。

「いえ、そんなことはありませんよ。」

 綺麗な肌を注視していたとは言えないアルフレッドが笑顔を向けると、リリーは眉を下げた。

「毎回練習に付き合わせているのは大変申し訳ないと思っております。何かお礼が出来ればと思っているのですが、ご希望はありませんか?」

 一瞬下心が過ぎったアルフレッドだが、ミレーヌたちに遅れを取っていることを思いついた。

「リリーと呼んでも良いでしょうか?私のこともアルフレッドと呼んで欲しい。」

 おずおずと願い出るアルフレッドにリリーは目を丸くし、にこやかに微笑んだ。

「そんなことお願いに入りませんわ。リリーと呼んでくださいませ。」

 アルフレッドが呆けている間に曲が終わり体を離すリリーを呼び止めようとすると、廊下からドカドカと足音が聞こえてきた。何事かと入口に近寄る使用人たちに続こうとするリリーを手を掴んで制止し、自分の後ろに立たせて足音の正体を見ればベテラン執事であった。滅多に走らない執事が同じようなことをしたことを思い出し、一同の眉が寄る。

「またサマー嬢か?」

 嫌そうに問いかけたアルフレッドに執事は呼吸が整わずに声を発せられないのか、首を激しく横に振った。

「では、何が?」

 アナベル夫人のイライラ急かす声に執事は息を整うことなく、途切れ途切れに公爵に告げた。

「しゃる、る、るる、るだ、あな、ま、さ、まが、お、みえに、なりました。」

 一同は顔を見合わせると、もう一度執事の顔を覗き込んだ。


 □□□□□□□□

「シャルルルダアナスタシアサンチル四世だと言わなかったか?執事、ちょっと耳が遠くなったのかもな。」

 はっきりとした眉とすっきりとした目元の銀髪が特徴的なシャルルルダアナスタシアサンチル四世と名乗った王太子は客間に置かれたソファーに座り、紅茶を堪能していた。もちろん偽名であり、本当の名前はジェームズ、クルム公爵よりも二歳上の三十歳だ。

「これ、美味いな。やはりエルバ産は我が国の誇りだね。」

 満足気にカップを置く王太子にリリーは膝を折って頭を下げた。目の前で王家から直接褒められることなど滅多にない。

「で、殿下、ありがとうございます。」

「いやいや、私はシャルルダアナスタシアサンチル四世だから。殿下とは呼ばないでくれるかな、エルバ伯爵令嬢。」

「しゃ、しゃるる、ど」

 あっという間に舌を噛んだリリーを公爵は背中に庇い、キッと王太子を睨みつけた。

「殿下、悪ふざけが過ぎます。王太子妃も、知らぬ振りなどせずにお座りください。」

 その言葉にリリーは周囲を見渡した。いない。腰まである漆黒の黒髪で有名な王太子妃は、ここにはいない。

 と、王太子の後ろに控えていた従者が、口元を押さえて笑いだした。黒髪のショートボブの従者の顔は重い前髪で見えない。

「くっ。なんて可愛らしいお嬢さんなのかしら。」

 従者から聞こえてくる声は紛うことなき女性で、リリーはよくよく目を凝らした。従者はひとしきり笑った後、前髪をかきあげてリリーににっこりと微笑んだ。

「あなたの探している王太子妃のエリカよ。ごきげんよう。」

 そう言った王太子妃は当然のように王太子の隣に座り、すかさず用意されたカップを手に取った。格好は従者だが、気品溢れる姿は確かに王太子妃なのだろう。

「っ!!!!」

 何故ここに?王太子妃の髪は?なぜ従者の格好?誰も驚かないの?

 パニックになり大声で叫びそうなリリーの肩に公爵は手をかけ、王太子の向かいのソファーに座るように促した。

「この人たちはたまにお忍びでやってくるんだ。大方私が婚約したから冷やかしに来たんだろう。大丈夫だから落ち着いてくれ、リリー。」

 混乱していたリリーの頭は公爵から名前を呼び捨てにされたことで動きが止まった。リリーが公爵の方を向けば、どうかしたのかと首を傾けられる。

「今、リリーとおっしゃいました?」

 途端に意味を理解した公爵は顔を赤くしてリリーから離れると、忙しなく手を横に振り始めた。

「いや、そうだが、出来れば、二人きりの時に、いや、そんな、おおげさなことでは。」

 その場にしゃがみこみ、項垂れて呟く公爵を見た王太子が腹を抱えて笑い始める。

「お前、そんな男だったか?」

「殿下がいらっしゃらなければ、こうはなりませんでした。」

 恨めしい声の公爵と王太子の笑い声に自分がやらかしたと自覚したリリーに男装の王太子妃は手を振って微笑みかけた。

「この人たちはいつもこうだから心配しないで。アナベル夫人、別の場所を用意していただけるかしら。」

 王太子妃がチラリと夫人に視線を向けると、心得ているとばかりにアナベルは微笑む。

「既に準備は整えてございます。エリカ様、こちらへどうぞ。」

「ありがとう。エルバ伯爵令嬢、参りましょう。」

 颯爽と立ち上がった王太子妃に手を出され、エスコートされるままリリーは公爵を置いて部屋から出て行った。


 □□□□□□□□

「ミシェルとは違うタイプの可愛らしい子だなぁ。ああいうのを天然って言うんだろ?」

「うるさい。」

「あのドレス、なかなか良い生地を使っているな。貢ぐのもほどほどにしろよ。」

「うるさい。」

「それにしても胸元あいてたな。お前の趣味を着せてるのか?あんまりやりすぎて、逃げられた子爵みたいになるなよ?」

「うるさい。」

「普段は慎ましやか、夜に花を開かせるのがギャップだ。私のエリカのように。」

「うるさい。」

「……お前、私は一応王太子だからな。」

「シヤルルダアナスタシアサンチル四世だと聞いております。王太子に無礼を働いた覚えはありません。」

「ちっ。まぁいい。婚約披露パーティーも結婚式もエリカと出席するから、招待状寄越せよ。エルバ伯爵令嬢との結婚に賛成だと知らしめてやるから。」

「……分かりました。」

「それまでにリリーって呼び慣れろよ?」

「うるさい!!」

読んでいただき、ありがとうございます。

身内が入院したため、次回の更新は未定です。

遅くとも三月初めには更新したいと思っています。よろしくお願いします。

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