リリーと公爵の謝罪
「リリー様、公爵様?がいらっしゃいました?」
絶望的なダンス練習から最悪な事態への想像をし過ぎて昼食を私室で摂らせてもらったリリーにアンは疑問だらけの声をかけた。
「遂に来た。」
ソファーに伏せっていたリリーは立ち上がって身なりを整えると、深呼吸をしてドアの前へと歩を進める。と、アンと顔を見合わせた。アンは眉を下げて困った顔をしている。自分では見えずともリリーも同じ顔をしているだろう。
いつも見上げる先には公爵の姿はなく、向かいの壁に苦笑いのマーシャと口をへの字に曲げたミレーヌがいる。そして、足元には花束というには多すぎる色とりどりの花を持って跪いている公爵がいた。公爵の周りを囲むようにして花びらが撒かれており、まるで童話のワンシーンのようだ。ただそれは森の中の場面で、公爵邸の廊下では無い。リリーは一瞬「掃除が大変そう」と口の端を引き攣らせた。
「リリー嬢、先刻の無礼をどうか許して欲しい。」
公爵の頭にちょこんと載っている花冠に暫く目を奪われていたリリーは、口を開いた公爵によって我に返った。
「ひとまず中にお入りください。アン、お花を受け取れる?」
「いや、全部は難しいかと。」
これはどうします?と声に出さずに花冠を指さすアンにリリーが眉を下げると、公爵の後ろからミレーヌが花冠を取り上げた。
「お母様、これは私が侍女と手伝って作ったのです。ここですわ。」
花冠の一部を指し示しながら褒めろと言わんばかりにミレーヌがリリーに駆け寄ると、その間に公爵の持っていた花束はアンに回収された。公爵が立ち上がると、服や髪にに付いていた花びらが舞い落ち、床が見えていた部分も埋もれていく。
「これはお庭の花ですか?」
ミレーヌから手渡された花冠も大きく豪華過ぎる花束にも見た事のある庭園の花が使われている。その一区画分とは言わないまでも、詫びの花束と称するには量が多い。
「最初は小ぶりだったんだが、マーシャがもっと立派にしなければならないと。そこにミレーヌやら使用人たちが加わって、こんなに増えてしまった。廊下の角を曲がれば何人かは様子を伺っているだろう。」
「こんな大事にするほど無礼を働かれた覚えはありませんが、有り難くちょうだいします。ミレーヌ様もとてもお上手ですね。」
リリーがミレーヌを褒めたが、ご機嫌になった美少女は公爵の後に続いてリリーの部屋へ入ろうとするのをマーシャに阻まれた。
「何よ、マーシャ。お父様の詫びが失礼じゃないか、娘として見守るわ。」
「いえ、心配には及びません。このマーシャが確認いたします。ミレーヌ様はご自分が巻き散らかした廊下のお片付けをしなければなりません。リリー様は大事にしたくないのです。ミレーヌ様まで謝罪に立ち会えば、十分に大事です。」
頑として道を開けないマーシャに業を煮やしたミレーヌがリリーに助けを求めると、リリーはぎこちなく微笑んだ。
「ミレーヌちゃんの前ではお父様は格好をつけたくなりますから、お話が進まないかもしれません。部屋の外で見守っていてくださいね。」
「分かりました。何かあったら叫んでください。扉を壊してでも助けます。」
リリーが自発的に『ミレーヌちゃん』と呼んでくれたことに舞い上がったミレーヌは、渋々ながらに侵入を諦め一歩下がった。
「この花びらで後で一緒にポプリを作りましょう?」
扉を閉める直前にリリーが発した一言で床にしゃがみ込む娘の姿を見て、公爵は絶句した。
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マーシャとアンによって大きすぎる花束を分けて三つの花瓶に生けている間、公爵と向かい合わせに座ったリリーはじっと正面の公爵を見つめた。
初めて見た時はキリッと上がっていた眉は下がりっぱなしでリリーと目が合うと、途端にキョロキョロとあちこちに視線が動く。そこに今リリーが持っている可愛らしい花冠が載った姿を想像すると、
「ふっ、ふふふふふふふ。」
笑いが止まらなくなった。花冠で口元を隠しながら、必死に誤魔化そうとするが到底不可能である。
「何が面白いのですか?」
笑われていると感じた公爵の眉が上がるだけで、リリーの笑いのツボは更に押される。ソファーに突っ伏したいのを我慢しながら、花冠を握りしめて隠しきれない笑いを噛み殺す。
「ごめんなさい。ごっ、めんなさい。」
リリーの口から溢れる謝罪の言葉に、公爵はため息をついた。
「こちらこそ申し訳ありません。迎えの挨拶も、ダンスの練習もリリー嬢に対して態度が悪かった。謝りに来ることすら上手く出来ずに申し訳ありません。」
「っふ、だから大人しくお花だらけになってくださったのですか?」
まだ笑いを止めきれないまま、不満げに頷く公爵にリリーは居住まいを正した。深呼吸をすれば、ようやく気持ちが落ち着き公爵と向き合う。
「こちらこそ、いらっしゃらない時はお手紙を送るべきだったと後悔しておりました。やはり何度も顔を合わせるのが一番だとは思いますが、交流を続けることが重要だと知っていたのに怠った私が悪いのです。」
少々口元が震えるもの、頭の中に描いた人物と公爵を重ね合わせて微笑んでみせた。
「……誰か思い当たる人でもいるのですか?」
何故か苦しげな表情をする公爵にリリーは答えた。
「孤児院の子供たちです。」
………………は?
公爵と侍女二人から同じ音が出ると、リリーは小首を傾げた。特におかしいことを言ったつもりはない。
「お手紙で、孤児院の子供たちと交流していると書いたかと思うのですが?」
「えぇ、読みました。」
公爵の眉がキリリと上がっていくのを見ながら、リリーは言葉を繋げた。
「最初は控えめだった子供が回を重ねる度に笑顔を見せてくれると「読みました」」
公爵に遮るように言われ、苛立ちを感じたリリーはマーシャに助けを求めようと顔を動かすと、残念そうな目で首を横に振られた。アンも同様である。
「つまり私は年端のいかない子供と同じように遊んでやらないと、機嫌を損ねると思われていたということですね。」
ねを強調した公爵の後ろにはいつの間にかマーシャとアンがいて、リリーの後ろには誰もいない。
「そこまでは言っておりませんわ。」
何とか三人を宥めようとリリーが口を開いても、三人の胡乱な目は変わらない。
「公爵様は気恥ずかしくて素っ気ないとアンは思っておりました。」
「そうだ。」
「態度が悪いのは置いておいて、意識のし過ぎで赤くなるのが恥ずかしいんじゃないかと他の使用人とは話しておりましたわ。」
「そうだな。」
アンとマーシャが口々に言う度に正解だと頷く公爵は、これみよがしにリリーが間違っていると訴えてくる。
「ダンスの練習だって、アリソンたちがリリー様の可愛らしさを爆発させていましたから目を合わせられなかったのですよね?」
「あぁ。」
「興味がない令嬢やお色気の未亡人の背中なんていくらでも抱いてダンス出来るのに、可愛い婚約者の背中なんて触ったら公爵様が爆発しそうでしたよね?」
「練習ならもう少し布が多い方が良いと思うんだ。」
段々と声が小さくなる公爵の後ろからマーシャとアンの問いかけは続く。
「貴族の顔になればどれだけむき出しでも耐えられるから、パーティーのドレスは露出は多い方がいいんですよね?」
「あら、坊ちゃん耐えられるかしら?」
「公爵様、やっぱり慣れるために練習から胸元も背中も開いたものの方が良いとアナベル様に進言しておきます。」
徐々に大きくなるアンとマーシャの声に比例して、公爵の声が小さくなっていく。使用人たちの矛先が変わったことにはホッとしているが、そろそろ公爵を助けなければいけない。
「婚約者になったばかりですもの、しょうがありません。」
リリーがそう呟けば、物言いたげな三人が顔を見合わせた。
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