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使用人、怒る

「リリー様は婚約破棄も想定していらっしゃいます。」

 マーシャの告げ口した。嘘は言っていない。(自分のダンスが下手すぎて)婚約破棄されるかもしれないとリリーが嘆いていたのを短く切って伝えただけだ。出迎えの際の態度はアルフレッド贔屓のマーシャでさえ、眉を顰める行動だった。鈍感ではあるが、最近は結婚よりもサマー嬢からアルフレッドを守るという気持ちが強いリリーは懸命に努力している。四六時中仕えているマーシャは思い込みの強さには辟易とするものの、圧倒的に好感が勝っている。だからリリーを無下にするような態度のアルフレッドに腹を立て、告げ口をした。

 周囲の視線は椅子に座ることを許されていないアルフレッドに冷たく突き刺さる。前公爵の書斎に呼び出された時点である程度の叱責は予想はしていただろうが、中々に厳しい。

「当たり前だ。求婚された相手に目も合わせられず背を向けられるなんて、令嬢の心を抉るような行い。しかもリリーは一度婚約者に逃げられた身、落ち込み方も酷いことだろう。私たちが誠意を持って守らなくてはならないな。」

 前公爵の言葉にその場にいた全員が頷くと、アルフレッドは一歩後ろに下がった。

「ダンスの練習も、腰にも背中にも触れずにどうやって踊るというの?手だってしっかりと握っていないから、体勢が悪くなるのよ。リリーはあなたに気を遣って笑顔は浮かべていたけれど、リードを放棄するなんて最悪ね。」

 アナベル夫人の批判に、練習の場にいなかった前公爵は目を見開いた。

「リリー様は坊ちゃんが早く領地に戻っていらっしゃるように神に祈ってらっしゃいました。」

 ただただダンスの練習がしたかったからだが、祈っていたのは事実である。マーシャの追い打ちにアルフレッドは半歩前に出た。

「本当に?リリー嬢が私に会いたいと思ってくれたのか?」

 アルフレッドの問いかけはミレーヌの大きな声に遮られる。

「領地はゴードンと私が運営しますから、お父様は王都で一人で暮らせばいいのよ。お母様は私が責任をもって幸せにするわ。」

「私が後見人であれば問題ないだろう。リリーは責任をもって幸せにするから、お前は王都で務めを果たすといい。」

 前公爵とミレーヌは頷き合い、アナベル夫人も手を叩いて賛成している。アルフレッドにとってゴードンがいないのは痛いことだろう。兄思いの弟なら、さすがにこの場を冷静に仕切っているはずだ。


「ところでリリー嬢の呼び方が変わっているようですが?呼び捨てに母呼ばわりなんて、リリー嬢はエルバ伯爵令嬢ですよ。」

 アルフレッドが一番気になったのは、そこである。何故自分よりも親しげなのかと言いたげに、眉間に皺を寄せている。

「お前との正式な婚約者となったからだ。我が公爵家の嫁、私の娘だ。本人の了承は得ている。何が問題だ。」

「親元を離れている心細くか弱い令嬢を家族に迎え入れるのよ。親しく呼ぶことの何が悪いの?」

「お母様と呼ぶと、とても嬉しそうに笑ってくれますけど?私のことはミレーヌと呼んでくれますわ。」

 前公爵夫妻は本当だが、ミレーヌは違う。お母様と呼ばれる度にビクリと震え、自室にいる時間は「ミレーヌちゃん」と呼ぶことで許して欲しいとリリーが拝み倒したくらいだ。実際に結婚すれば、リリーはミレーヌのことを公の場では呼び捨てにしなければならない。リリーならどうにか出来そうではあるとマーシャは思っている。

「お前も許しを得るがいい。その前に非礼を詫びてからな。」

「ダンスもリリーを際立たせなければいけませんよ。間違っても足など踏ませないように。」

「本当に領地は私とゴードンとお母様とお祖父様、お祖母様で楽しく暮らしても構わないので、結婚だけはしてくださいね。」

 着席する許可はしないままに前公爵は手を振って、アルフレッドに退室を促した。

 □□□□□□□□

 マーシャが続いて部屋を出ると、アルフレッドは恨めしげに立ち止まった。そのまま近くの空き部屋にマーシャを呼び込み、深くため息をつく。

「ミレーヌは私の結婚相手は自分の母にならなくても良いと言っていたよな?」

「はい、確かにそう言ってらっしゃいました。」

 マーシャが同意すると、アルフレッドは詰め寄った。

「父も母も、王都なり領地なり自分たちとは離れて住めば良いと言っていたんだ。なのに、私が見つけた宝物を取っていこうとする。ひどいだろう?」

「リリー様が予想外に皆さんに愛される方でしたから、しょうがありません。それにリリー様は物ではございません。坊ちゃんが見つけたから坊ちゃんのモノという訳でもないでしょう。」

 にこやかながらも明確に反論するマーシャにアルフレッドはたじろいだ。同意か、そうでなければ言葉を濁すこの使用人がアルフレッドの意見を否定している。いい歳になっても無自覚に甘えていたアルフレッドには衝撃的だった。

「既に旦那様と奥様とミレーヌ様には了解を得ておりますが、もしアルフレッド様がリリー様とご結婚されない場合、私はエルバ伯爵家で働くこととなりました。」

「は?」

「残りの人生はリリー様にお仕えしたいと思います。坊ちゃん、今までお世話になりました。」

 気心の知れているはずのマーシャのトンデモ発言にアルフレッドは固まった。いつものようににこやかだと思っていたマーシャの顔だったが、よく見ると目が笑っていない。

「理由は何か聞いてもいいか?」

 一生クルムにいると言っていたマーシャの心変わりが気になり、つい問いかけると分からないのかと言わんばかりに目を見開かれる。

「坊ちゃんがご迷惑をおかけしたお詫びにリリー様に尽くそうと考えております。私では慰謝料の一部にもならないでしょうが、クルム公爵家としての誠意の一部として……」

「ちょっと待て。婚約したばかりなのに、皆揃って破談の話ばかり「坊ちゃんが冷たい態度をとるからです!!これでは一夜の過ちの責任をとって結婚しようとしていると評判を立てられても嘘だとは言えません。」」

 見せかけの笑みすら消し去りマーシャがこめかみに青筋を立てながら怒鳴りつけると、アルフレッドは驚いた。ここまで怒るマーシャを見たことはない。

「いいですか?リリー様にはもっとお優しく、本人に分かるように接して下さい。周りが分かるだけではいけません。」

「分かった。」

 アルフレッドが頷いているのに、マーシャは納得がいかない様子で前に一歩進む。

「リリー様は少々ご自分に対する他人からの感情に鈍い方ですから、はっきりした意思表示をお願いいたします。」

「分かったよ。」

 マーシャの気迫に負け、すっかり肩を落としたアルフレッドをしっかり立たせるとマーシャは背中をパンと叩いた。

「公爵としての自覚もお持ちください。使用人が見ております。ふがいないお姿ばかりであれば、心が離れていくこともございます。リリー様が坊ちゃんの態度をどのように思うのか、しっかりと考えて行動くださいませ。」

 深く頭を下げたマーシャが部屋から出ていくと、アルフレッドは壁にもたれかかり低く呻いた。

「ひとまずリリー嬢に詫びを入れて、それからどうすればいいんだ?公爵としての姿?ゴードン、助けてくれ。」



 □□□□□□□□

 アルフレッドがこんな態度になったのは、リリーと離れた期間が長かったからだけではない。王都から馬車で帰る道中、ゴードンが席を離れたタイミングでダニエルに言われたことが引っかかってしまったからだ。


「妹にはいつ手を出してくれても構わない。子が出来るタイミング以外にエルバ伯爵家から文句を言わないことをお約束します。」

 アルフレッドが驚いてダニエルを見ても、揶揄う様子のない表情でダニエルは続けた。兄とは思えない暴言である。

「どう思ってくれても構わない。その方が貴方の覚悟が決まるでしょう。そして多分あれは安心する。」

「しかしそれではガット公爵と変わりない。」

 アルフレッドの反論に、ダニエルは呆れたように苦笑いを浮かべた。

「あれとは違うでしょう。貴方は夫としての義務を放棄などしない。数年で妻とした妹を放り出したりはしない。むしろ離さないだろう。」

 アルフレッドは黙るより他なかった。確かに結婚してしまったら最期の時までリリーを手放せる気がしない。

「だから貴方なら口を出す気は無い。妹を貴方好みの妻に育ててやってください。」

 ゴードンが戻ると会話は終わり、それからずっとアルフレッドの頭の中ではダニエルの言葉が回り続けている。

 だからリリーと目が合わせられないし、手も触れられない。どうしてもその先を考えてしまう自分がいる。しかしマーシャや家族に問い詰められた通り、今のままではもし結婚出来たとしてもリリーから引き離されるかもしれない。それを防ぐには関係を良好にする以外に解決方法は無さそうだ。

「プレゼントは花束か?それとも何を贈ればいいんだ?」

 元既婚者とは思えない呻き声を上げながら廊下を歩くアルフレッドを使用人たちは見て見ぬふりで見守っている。


読んでいただき、ありがとうございます。

ダニエルとしては、「こいつリリーを意識しまくって、戸惑うんだろうな。その方がリリーは幸せだろうし、まさか本気で手は出さないだろう。元既婚者だし。」というような心情があります。まさか人見知りで目が合わないくらいに動揺するとは思っておりません。

次回は来週月曜日の更新を予定しております。

よろしくお願いします。

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