美少女は言い回る
「私に新しいお母様が出来るの。伯爵令嬢のリリー様よ。お父様にピッタリの人なの。私も大好き。」
教会に商会、リリーと訪れたことのあるカフェや孤児院にミレーヌは言い回った。
ある人はすぐに納得し、ある人は悔しがり、訝しんだ。
ミレーヌはその様子を記憶して、馬車に戻ると丁寧にノートに書き記す。大体二つに分かれるというゴードンの予想通りの結果にミレーヌはほくそ笑んだ。
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孤児院の院長は納得した。
あのご令嬢ならば、公爵とも仲良くなるだろうと。
公爵は先代と同じく、民を大事にする人物だ。
孤児院への支援は他領よりも多く、子供たちは貧することなく暮らしている。
しかし、様々な人を知る院長は公爵に何か足りない物を感じていた。人に言えるほど的確ではなく、ただの直感である。公爵の最愛の人、ミシェル夫人と結婚してもそれは変わらない。簡単に言えば熱意だと言えるし、そう出ないとも言える。貴族らしい笑顔と振る舞いは今まで院長が見た中で、最高レベルのものである。しかしアナベル夫人のように行動に主体性が見えない。それが貴族たるものだと、院長は理解していたつもりだった。
アナベル夫人に同行した令嬢は可もなく不可もない容姿の令嬢だった。庶民の着る服に袖を通すと、所作は貴族だが見た目は商家のお嬢様と大差はない。心の療養にクルム領に来たという言葉から察するに、貴族社会に傷つけられた彼女をアナベル夫人が保護したようだ。
その割に孤児院での彼女は活発であった。令嬢のお手製だという紅茶のクッキーは子供用に通常よりも甘く作ってあった。
「子供の頃にもっと甘かったらいいのにって思っていたので、改良してみました。」
恥ずかしそうに院長に話す彼女は、年少者からクッキーを奪う者を見つけると話途中で走り去った。職員によると、年少者と奪った年上の少年のどちらにもクッキーを与えて仲直りさせたらしい。また母を亡くした少女には絵本を読み聞かせ、少年たちの追いかけっこにまで付き合ってくれた。
「兄に怒られるので普段は出来ませんが、気分転換に丁度良いです。また伺っても宜しいでしょうか?」
問いかけに是と答えると、彼女は夫人を伴わずに二週に一回のペースで孤児院を訪れるようになり、子供たちと親しくなった。中でも恥ずかしがり屋の引っ込み思案な少年は三回目には令嬢を独占したがる程に懐いた。
「ぼく、リリー様のじゅうしゃになる。」
その決意に反応したのは、毎回同行するミレーヌ嬢だった。
「よい心がけよ。一緒にリリー様をお守りしましょう。」
年下とはあまり接したことがないミレーヌ嬢は孤児院では戸惑う姿が多く、リリー嬢の後ろを追うばかりであった。にも関わらず、リリー嬢という共通点を見つけた少年と意気投合し、活発に交流している。ミレーヌ嬢からアナベル夫人へと話が通り、少年は十歳になるのを待って公爵家へと庭師の見習いとして入ることが決まった時には子供たちは夜に眠れないくらいに興奮していた。従者ではなく、庭師であるのは令嬢の勧めらしい。
「お庭が綺麗な方が、リリー様は嬉しいって。」
令嬢のいる伯爵家ではなく、公爵家だという時点で薄々は勘づいていたため、ミレーヌ嬢の知らせに院長は特に驚きもしなかった。
「リリー様なら、公爵様は幸せになるに違いない。」
ミレーヌ嬢の話が半分ほどしか本当でなくとも、公爵の行動は通常とは逸脱している。院長は令嬢への婚約祝いを考えながら、婚約発表に大騒ぎする子供たちの元へと向かった。
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せっかくのチャンスをものにできなかったことに商人は腹を立てた。
自領の次期公爵が子供を産めない令嬢と婚約した時から、商人は自分にも運が回ってきたと歓喜した。領地内でも三本の指に入るほど大きな商会を取り仕切る商人には、三人の娘がいる。三人とも母が違うが三者三様にタイプの違う魅惑的な娘だ。どこぞの金持ちと結婚させる気でいたその娘を公爵の妻にするチャンスがやって来た。商人は長期の計画を立てることにした。
病弱だという令嬢と結婚した時に公爵に娘を披露したが、全くの無関心で反応は無かった。商人にとっては想定内。でなければ、どれだけ美しい令嬢だろうとメリットの無い恋愛結婚などしないだろう。養子を迎えたことは想定外だったが、後で追い出せば良い。見目麗しい公爵を手に入れようと騒ぐ娘たちを諌めて、勝負の時を商人は待った。
そして数年待つと、商人の予想通り公爵は愛妻を失った。そろそろ声をかけようかと思った矢先、悪名高いガット公爵令嬢が公爵の後妻に名乗りを上げた。魅力もなければ、かなりの年上であり、公爵に愛される可能性などない。ライバルの商会が愛娘を使用人として送り込んだと聞いたが、商人の娘よりも格下である。ガット公爵家とは揉めたくない。商人は進路を少し変更して妾の座に娘を押し込むことにした。公爵家との商談に娘を一人ずつ連れていき、誰が一番有力かを見定めることにした。三女に手応えを感じた商人は娘を着飾らせて何度も公爵家へと出向いた。そして公爵が娘の瞳の色と同じエメラルドの指輪を注文すると一人で祝杯をあげた。
にも関わらず、その指輪は商人の知らない伯爵令嬢の元へ贈られたらしい。
「とても良い指輪をありがとう。これからもよろしくね。」
上機嫌の公爵の養女を見送った後、商人が使用人に八つ当たりを始めると長女が来てせせら笑った。
「あら、お父様。ご存知なかったの?ミシェル夫人がお亡くなりになってから王都にばかりいた公爵様が最近こちらに戻っていたのは伯爵令嬢が滞在されているからよ。伯爵令嬢の瞳はあれよりも綺麗なグリーンだったわ。令嬢と色が同じだから興味を持ったのかもね。」
「お前、どこでその伯爵令嬢を見たんだ?」
使用人に部屋から出ているように指示を出すと、商人は長女に詳しく聞こうと椅子に座った。
「ミレーヌ様とケーキが美味しいカフェに一緒にいたのよ。婚約者が使用人と駆け落ちした可哀想なご令嬢がクルム領に来ていると聞いて、何か売れる物があるんじゃないかとカフェに金を握らせていたの。そうしたらミレーヌ様が見知らぬ娘を連れてきたと連絡があったから、影から様子を伺ったの。所作が貴族様だったから、間違いないわ。ミレーヌ様とはしゃいでいて、あまり落ち込んでいないご様子だった。だからもしかしたら縁談かと思っていたのよ。サマー嬢に比べたら何倍も綺麗よ。」
三人の中でも冷静な長女は一度商人に同行すると「自分では公爵を落とせる自信が無い」と告げて、商人の片腕を夫にすることに決めた。それを馬鹿にしていた三女はミレーヌ嬢を見送った後、ショックを隠せずに泣きながら自室へと戻っている。
「いつから自分の妹では公爵の目に止まらないと分かっていた?」
商人が問いかけると、長女は棚から商人のコレクションしているワインを取り出した。
「あんな妹に落ちるような方ではないでしょう。むしろミシェル夫人の方がチャンスはあったかもしれない。今は私以外でも振り向かせるのは無理だと思うわ。」
商人の前にワインをグラスと共に置き、向かいに座った長女はクスクスと笑った。
「一昨日には公爵と伯爵令嬢が二人で夜に同じ部屋に閉じ込められたって噂もあるし、伯爵令嬢もなかなかやるわね。お父様も早く切り替えて、我が商会のために動きましょう。お祝いの品の用意は私に任せて頂けるかしら?」
長女がテキパキと祝いの品の候補を挙げると、商人の頭は冴え始めた。
「一夜の過ちの責任とサマー嬢からの逃避か。なるほど、公爵様は妾を作っている場合ではないようだ。我が商会が一番乗りでお祝いをするぞ。」
呆れた目をする長女は商人に何も言わず、早めに商会を継ぐように動くことを決心した。
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