公爵弟が仕切る
「ひとまず騒ぎも収まったということで。リリー嬢、兄からの求婚を承諾されたということで宜しいですね?」
別の応接間に用意されたソファーに座らされたリリーは、この場を仕切るゴードンに確認されおずおずと頷いた。ミレーヌと公爵がリリーの両側に、正面には前公爵夫妻、主賓席にはダニエル、反対側にはゴードンがいる。
「大変お騒がせいたしました。本日アルフレッド様より求婚を受け、承諾致しました。」
リリーの目線の先には包帯がぐるぐるに巻かれて倍ほどの太さになった自分の左足があり、思わず顔を顰めると途端にミレーヌが抱き着いてきた。
「可哀想なリリー様。せっかくの良き日に、ドレスが台無しですわ。」
と嘆いているが、当初ぐるぐるの『ぐ』くらい巻いた医者に文句を言った当人である。「痛々しいわ。もっと。」と言われた医者が『ぐる』くらいに巻くと、今度は公爵が「もっと固定した方が良い。彼女はよく動くから。」と続けることを促し、『ぐるぐ』で医者が止めようとするとダニエルが『いや、想像の倍は暴れるから』と笑いながら言ったことで、やけくそ気味に『ぐるぐる』と巻かれたのだ。数日たって外す時にも顔を合わせるであろう医者に、リリーは申し訳ない気持ちでいっぱいである。
「おめでとうございます。早速婚約の手続きを進めます。リリー嬢がダニエル殿を呼んでくださったおかげで、手間が省けて助かります。」
ご機嫌なゴードンを後目に、リリーはダニエルの冷たい視線をミレーヌに視線を向けることで見ないふりをした。
父親に手紙を送った時、リリーはクルム公爵家に醜態を詫びて修道院に入るつもりでダニエルを呼んだはずなのに婚約手続きのために呼んだことになってしまっている。兄には先程二人きりで短い弁明をしたが、もちろん怒られた。手紙の文面を考える暇もなく焦っていたため、言葉足らずだったことは否めない。公爵邸にたどり着いた時の表情は緊迫したものであったとアンから聞いて、リリーは身を縮めるしかないのだ。兄と共に来た従者は既に兄の手紙を持って王都に戻ったという。
「リリー嬢、聞いていらっしゃいますか?」
「はい?」
名前を呼ぶゴードンの声にハッとしたリリーの前には書類が置かれ、隣の公爵からペンを差し出された。それを受け取れば、ミレーヌが指さす隣には公爵のサインが書かれている。
「ここにお名前を書いてくださいませ。」
早く早くとミレーヌに急かされながらリリーが名前を書くと、執事が恭しく受け取り前公爵の元へと持って行った。
「これでリリー様が私のお母様になるのですね。ミレーヌは幸せです。」
嬉しそうに抱き着いてくるミレーヌを受け止めながら、美少女の抱擁にリリーは目を細めた。義母になる実感はないが、ミレーヌと共に居られるのはきっと幸せに違いない。
「ミレーヌ嬢、まだ油断は出来ませんよ。結婚まで気を緩めずに、リリーを守ってやってください。」
前公爵に続いて署名したダニエルの言葉に、ミレーヌの頬は膨れる。
「あら、もちろんです。お母様になったあとも守り続けますわ。ダニエルおじ様、いつ王都に戻られますか?リリー様の小さい頃のお話、教えてくださいませ。」
「ゴードン殿が帰る時に共に馬車に乗せていただきますよ。ではリリーが木に登って降りられなくなった話の続きを夕食の時にでもしましょう。」
「まぁ!!」
親しげに会話をするミレーヌと兄の姿に驚くリリーに、公爵はそっと耳打ちした。
「リリー嬢からのご家族宛の手紙をお届けする時に、ミレーヌからの手紙も渡していたのです。ダニエル殿は、文通する仲ですよ。」
「では私のここでの暮らしや昔の話を二人は知っているのでしょうか?」
リリーは青ざめた。こちらでは慎ましく暮らしていると家族には報告していたが、ミレーヌに連れられてお菓子を頻繁に食べに行っていることが兄に伝わっているだろうか。兄は幼少期のリリーの失敗をどこまで話しているのだろうか。二人の様子からして、不安しかない。
「公爵様は中身を確認していらっしゃいますか?」
幻滅されるであろうお転婆話に肩を落としたリリーを、公爵はクスクスと笑った。
「読んでいませんが、何となく分かりましたよ。」
色良くない返事にリリーが恨めしげに公爵を見上げると、パンパンとゴードンが手を叩いた。
「各自脱線が著しいですよ。この書類を王家に提出して、無事に受理されれば正式に婚約となります。続きまして、今後の作戦についてご説明します。ミレーヌは部屋を出ていなさい。」
ドアを指さして退出を促すゴードンにミレーヌは頷き、リリーに美しいカーテシーをしてみせた。
「ではもうすぐお母様になるリリー様、それにダニエルおじ様。また夕食の時にお会いしましょう。」
あっさりと部屋を出たミレーヌを不審がる様子を見せるリリーにゴードンが苦笑いで説明する。
「ミレーヌは父親の再婚を喜ぶ『何も知らない』令嬢の役割を全うするので、気にしないでください。これから教会や贔屓にしている商会に婚約することを広めに行くのです。」
「けれど万が一、王家に認めていただけなかったら?」
受理されてからでも良いのではと暗に伝えると、ゴードンはリリーに笑いかけた。
「既に陛下はこの件を了承済みですよ。もし問題があったとしても、ミレーヌが話を広める方が早い。王家やそれに近い貴族に反対されて嘆き悲しむミレーヌを見て、領民はどう思うか分かりますか?」
「王家やそれに近い貴族に反感を抱く、か。誰がガット公爵に加担しているかも分かる良い手法ですね。」
ゴードンの問いかけにダニエルが答え、二人で笑い合う姿を見てリリーは背筋が震えた。
「馴れ初めは『婚約者に逃げられた伯爵令嬢が、妻を失った公爵と出会い、互いに心を癒し合える存在となって恋愛に発展した』という内容で統一をしてください。まぁ貴族ですから、勝手に皆さん裏は読んでくださいます。」
よくある恋愛小説のあらすじのような馴れ初めとなるらしい自分と公爵の結婚にリリーが遠い目をしている間に、ゴードンはサクサクと話を進める。
「一部の貴族や商人たちにはリリー嬢がガット公爵に、アルフレッドがサマー嬢に狙われているのは周知の事実ですからそれも使いましょう。サマー嬢が領地を訪れた翌日に求婚なんて、何かあったと言わんばかりですからね。」
アナベル夫人がウキウキとした様子でゴードンに提案すると、もちろんだと言わんばかりにゴードンが頷く。
「さすが恋愛小説愛好家の母上だ。サマー嬢のサプライズのせいで、誤ってリリー嬢を図書室に閉じ込められました。そこに兄もいたことにしましょう。」
「つまり、二人は密室で一夜を明かしたと。」
夫人が嬉しそうに話しながら、ハッとしたようにリリーを見た。小説ではなく、現実に目を向けたようだ。
「けれどそれではリリー嬢の名前に傷がつくわ。」
未婚の男女が同じ部屋にいたというのは、ゴシップ大好き貴族たちの格好の餌である。
「構いませんわ。だから短期間に決まったと思わせた方が、皆さん納得もするでしょうし。婚約者に逃げられたという汚名よりも、よっぽど名誉です。」
リリーがあっさりと受け入れると、室内にいるどの顔も苦虫でも噛み締めたような表情になった。
「本当にあなたは自己評価が低いんですよ。」
隣の公爵から漏れ出た言葉に、リリーは首を傾げた。過ちを犯してしまった令嬢に公爵が責任を取るというのが当然の流れだと思うのだが、何がそこまで嫌そうな顔をさせるのか。
「アルフレッド、貴方がどうにかするのですよ。」
アナベル夫人の言葉に深く頷く公爵の表情の意味が、リリーにはさっぱり分からない。
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無事に始められました。
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