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リリー、起こされる

「おい、リリー。いい加減に起きろ。」

 リリーは肩を乱暴に揺すられながら、兄に起こされる夢を見ていた。年に一度はリリーは寝坊をしていた。それはデビュタントの翌日であったり、難しい試験の翌日であったり、力尽きた日は眠りが深くなる。侍女が遠慮気味に揺すった程度では起きない。兄のダニエルに耳元で叫ばれるくらいでないと熟睡状態のリリーを起こすのは難しい。

「人様の前で俺に声を荒げさせるな。朝ならまだしもまだ昼だろうが。」

 リリーは夢の中で思った。まだ甘い。もう少し眠れる。手触りの良い毛布を顔に手繰り寄せて、リリーはまた深い眠りに入ろうとしていた。

「この馬鹿が!!いい加減にしろ!!!!」

 大音量の怒鳴り声にパッと目を覚ましたリリーは、目の前に怒髪天を衝く程に目を吊り上げたダニエルを見た。途端に、今し方クルム公爵に求婚されたことを思い出す。場所は馬車の中である。

「え、お兄様?けどここはクルム領だし、え?」

 慌てふためくリリーはダニエルの肩越しに見える外にサングラスをしたアンと、美しい顔を晒したままの公爵を見つけた。

「公爵様、眼鏡をしてください。」

 でないとアンが倒れてしまう、と続けようとした所で公爵が困り顔でリリーを指さした。

「君の握っているジャケットのポケットにあるんだ。」

 リリーの手元を見れば夢の中で握ってた毛布だと思っていた布は、高級な公爵のジャケットであったことを確認する。手を離すとダニエルがパッと掴んで後ろにいた公爵に手渡した。

「こんな奴に貸さなくて良いのです。ヨダレを付けられかねない。」

「いや、風邪をひいたら大変でしょう。」

 公爵はジャケットを着ることなく眼鏡を内ポケットから出してかけ直すと、アンがサングラスをようやくという様子で外した。

「助かりました。薄暗くて、転けそうになって困っておりました。」

「これからはスペアを常備いたします。」

 ホッとした声のアンと、マーシャが公爵に声をかける。マーシャが着る素振りを見せない公爵からジャケットを受け取ろうとすると、公爵は首を横に振った。

「いや、リリー嬢が風邪をひくといけないから。」

 と、リリーの元へとおずおずと差し出した。

「せっかくの公爵のご好意を無駄にするな。」

 ジャケットをむんずと掴んだダニエルの手によってリリーの肩に掛けられたジャケットは、心なしか皺が寄っている。

「ほら、目が覚めたなら早く降りろ。これから打ち合わせだ。」

 リリーを急き立てるようにダニエルが手を打ち鳴らし、その場に立ち上がったリリーは低い天井に思い切り頭を打ちつけ、もう一度座席に蹲った。


 □□□□□□□□

 馬車から公爵邸の応接間まで、リリーはまた恥を晒した。


「大丈夫ですか?危ないですから、私が部屋まで運びましょう。」

 とダニエルを押し退けて公爵が馬車に足をかけると、ダニエルが馬車の逆側のドアを開けて怒鳴った。

「こんなことで手を煩わせるな。早く立って歩け。」

「いや、急に立ち上がるのは危険だ。そのまま私の肩に手を回して。」

 立ち上がるように命令する兄と、抱き上げようとする公爵に両側を挟まれたリリーは頭の外側の痛さよりも二人のうるさい声に頭痛がした。

「ちょっと打っただけですから、立ち上がれます。公爵様、手を貸していただけますか?」

 双方を立てるためにリリーは公爵に手を伸ばし、ゆっくりと馬車を降りた。途端に左の足首がズキリと痛み、リリーの体が揺れると公爵が支えて足首を見る。

「あぁ、先程捻ったようですね。中で手当てをしましょう。」

 公爵はそう言うと、リリーをふわりと横抱きして歩を進め始めた。リリーが思わず首にすがると、満面の笑みが面前に現れる。

「いや、妹は私が持ちましょう。」

「いえ。私が馬車で連れ出したのが原因ですから、どうぞ先に応接間までいらっしゃってください。」

 うるさいダニエルを後目にリリーを運んでいるとは思えない涼やかな顔で公爵は屋敷の入り口にある階段を上り、エントランスへと入っていく。エントランスは出かける際には無かったはずの色とりどりの花で飾られ、エントランスの中央で待っていたミレーヌが悲鳴を上げた。

「まぁお父様、よくやりましたわ。こんな登場の仕方、お姫様を救い出した騎士でしか読んだことがありません。してやられましたわ。」

 隣にいるゴードンの腕を引っ張りながら、ミレーヌは飛び跳ねて溢れる感情を爆発させている。ゴードンや使用人は拍手をしながらリリーたちを出迎えた。

「軽く足を捻っただけです。公爵様、降ろしてください。」

 婚約に浮かれた馬鹿女のように見られるのが耐え難く、リリーは声を張り上げるが公爵の歩みは止まらない。ただ顔を両手で覆い、早く応接間に着くように祈るしかなかった。

「公爵、リリーが困っておりますので私が持ちます。」

 ダニエルが口を出すと、公爵のスピードが早くなった。

「怪我をした本人や家族は、物事を軽く捉えがちです。ミレーヌ、リリー嬢が怪我をした。私が手当てをするから、包帯と水と布を用意してくれ。」

 公爵がミレーヌたちの前を通過しながら命令すると、そこから先はパニックだ。

「まぁ大変だこと。」

「ワタクシが包帯を。」

「私がお水を。」

「私は清潔な布を。」

 アリソンたち四姉妹が四方に散ると、ミレーヌが公爵の横からリリーに声をかける。

「リリー様、お可哀想に。お父様なんかじゃ心配よ。早く医者を呼ばないと。」

 ミレーヌの指示により執事が見習いを医者へ使いに走らせ、その間に公爵は応接間に到着した。随行していたマーシャが扉を開けると、リリーをソファーに座らせ自分は床に膝をつき患部を見つめた。

「そんな大袈裟のことではありませんわ。ただ「貴族には社交が必要でしょう?ダンスや女性はカーテシーを行う場面もある。足は大事な仕事をする一部なのですよ。」」

 リリーの話を遮って諭す公爵の言葉に、リリーはぐうの音も出ずただただ羞恥により赤くなった顔を再び手で隠す他はなかった。

「怪我をしたと聞いたが大丈夫かい?」

「まぁ痛くて泣いているの?」

 知らせを聞いた前公爵とアナベル夫人の声に、リリーは更に手が離せなくなる。

「少々捻っただけだと言っていますが、腫れて痛みは出るでしょう。しっかり冷やさないと。リリー嬢、靴を脱がせますよ。」

 公爵の声に頷くと、そっと左の靴を脱がされ温かい手で足首が触られる。

「いっ」

 少し足を動かされると、思わず声が出るほど痛くてリリーは涙目になりながら手を外した。痛みのある足首を見ると、確かに腫れているようでそこに触れる公爵と目が合う。

「大人しく私に運ばれてくれれば良かったんです。次からは言うことを聞いてくださいね。」

「次はもうありません。公爵様とお兄様が言い争ったからこんなことになったのです。」

 言い返せば、隣からため息が漏れた。リリーが見上げると、そこに居るのはダニエルである。

「よく兄のいる前でイチャイチャと出来るな。」

「してないわ。お兄様、目が悪くなったんじゃないの?こちらで眼鏡を選んで買っていけばいいわ。」

 顔を真っ赤にしたリリーにダニエルが口角を上げて挑発すると、まぁまぁとアナベル夫人が仲裁に入る。

「興奮していると、また怪我をしてしまうわ。落ち着いて。レディの足は旦那様くらいしか見ては駄目なのよ。男の方は外に出ていなさい。」

 騒いでいる間に医者が連れて来られ、リリーは足首の捻挫と診断された。気分が落ち着いたリリーは、自分がダニエルを呼び出したことを思い出し、頭を抱えた。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回は一月八日を予定しております。

よろしくお願いします。

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