リリー、秘密を作る
「湖にボートを出した公爵は中央で伯爵令嬢に跪いて求婚したの。『リリー、どうか私の妻となってくれ。一生涯愛すると誓うよ。』そうしたら伯爵令嬢は『あぁ愛しいアルフレッド!!喜んで結婚するわ。あなたと結婚するために私は生まれてきたの。』こうして湖の中心で二人は口付けを交わし、将来を誓い合った。で、どうかしら?」
「ミレーヌ様は恋愛小説に傾倒し過ぎですよ。まずボートで跪くのは危険です。」
「リリー!!アルフレッド!!なんて呼んでないじゃないですか。お嬢様は公爵様って言ってます。きっと夜会でバレますよ。」
「というより、誰がこの会話を聞いていたことにするんだ?兄とリリー嬢のどちらかが言ったことにするには無理があるだろ。」
マーシャ、アン、ゴードンにダメだしをされたミレーヌは、可愛らしい頬をプクリと膨らませて足をジタバタとさせた。途端に三人からはしたないと注意が入り、ますますご機嫌ななめになる。
リリー達を乗せている馭者になるべくゆっくりと屋敷に戻るように事前に伝えておいたミレーヌたちは、公爵の求婚を見た後に大急ぎで撤収し二人が戻ってくるまで婚約を好意的に広める作戦会議をすることにした。
「シンプルに『森でピクニックをしていたら、お父様が湖でリリー様と手を取り合っているのを偶然見つけたの。』くらいで良くないですか?」
「アン、それじゃロマンチックが足りないわ。」
アンの似ていない自分の物真似は指摘せず、ミレーヌはゴードンの手を両手で握ると上目遣いでじっと見つめた。
「もっとキラキラしたお話を広めたいの。その方がクルム公爵家にだって利益になるし、リリー様だって令嬢たちの憧れの的になるわ。ゴードン、どうにかならない?」
ゴードンは握られていない片方の手でミレーヌの頭を撫でた。
「まずクサイ台詞は諦めろ。少し考えがある。ミレーヌが選んだドレスを最大限に活かすから譲歩してくれ。」
「えぇ〜、せっかく昨日から考えていたのにもったいないわ。お父様にしては良いシチュエーションを用意したんだから、皆に広めなくちゃ。」
「それは広める。しかし下手に動くとリリー嬢に迷惑がかかるから、我慢しろ。」
「……ゴードンが出来なかったら、私が動きますから。」
フンとそっぽを向いたミレーヌの頭を表情も変えずに撫で続けるゴードンを見たアンは小声でマーシャに問いかけた。
「いつもあんな感じなんですか?」
「ミレーヌ様を止めるのがゴードン様はお得意なんです。叔父としても婚約者としても有能でしょう?」
知り合ってから日の浅いリリーではミレーヌを止めることは到底出来ない。求婚現場を盗み見るという大胆なミレーヌに便乗しながらも令嬢らしからぬ行動に驚いていたアンは、穏便にリリーに結婚してもらうためにゴードンのサポートに回ろうと茶菓子の準備をするためドアに向かった。するとノックが聞こえ、返事よりも前にドアが開いた。
「ゴードン坊ちゃん、お客様がいらっしゃいました。ミレーヌ様も応対するようにと旦那様が仰っています。」
執事からの予定の無い来客の知らせに各々が不思議そうに思う中、現れた人物にアンは目を丸くした。
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「つまり、湖にミレーヌ様が潜んでいたと?」
「えぇ。正確には森の中で私たちのことを見ていた、が正しいでしょうね。」
馬車の中、リリーは小声では話がしずらいからと公爵に自分の隣に座るように強請った。事情を知っているのか分からない馭者から席は遠くなり、顔を寄せれば公爵の声が聞き取れる距離になる。
「異性との距離が近いです。悪いところですよ。」
公爵の苦言に、リリーは意外そうな顔で応える。
「あら、求婚していただいた関係なら問題ないかと思います。別に誰とでもこの距離で話すわけではありませんから。」
真顔で話すリリーに公爵は諦めたとでも言うように、体を寄せた。
「続きをどうぞ。」
先を促されたリリーは、公爵の態度を気にもせずに話を続ける。
「何故場所が分かったのでしょうか?」
素朴な疑問をぶつけるリリーに、公爵は眉を下げた。リリーは勘が悪い。
「私が昨日ボートの準備をしていたからですよ。これみよがしに求婚するとアピールしましたから、覗きに来るとは思っていました。ミレーヌはあなたが大好きですから、私の審査していたのでしょう。飛び出て来なかった所をみると合格のようですね。」
「そんな、ミレーヌ様はお父様の事が大好きです。私が粗相をしないか心配だったに違いありません。」
本心で断言するリリーに、公爵は緩く首を横に振った。
「ひとまずそれは置いておいて。やけに遅いこの馬車も恐らくミレーヌに加担していると思います。ですから屋敷に戻って大騒ぎをされても、慌てないように。」
聞き分けのない子供に言い聞かせる態度はまるで兄のダニエルのようだとリリーは思いながら、首を縦に振った。こうしないと、ダニエルは説教じみた解説を長々とするのでリリーにとってはほぼ反射である。頷いたリリーに安堵のため息をついた公爵を見て、リリーは悪戯心がむくむくと湧き上がった。
「公爵様、私面白くありません。どこで求婚されたか明かす前に皆が知っているなんて、一つくらい二人だけの秘密があっても良いとは思いませんか?」
「何を仰りたいんでしょう?」
リリーから離れようとする公爵のジャケットの裾を掴むと、リリーはにっこりと微笑んだ。
「改めて求婚されたのですから、キスだってやり直すべきではありませんか?お互いに不意打ちでしかしておりません。あれがキスだったか、よく分かりません。」
あっけに取られた公爵は暫し考えたあとリリーの手に自分のそれを重ね、もう片方の手をリリーの腰に回した。
「……思い切りの良さは、酔っていたからではなかったようですね。目を閉じて。」
「一度も二度も変わりませんわ。」
リリーが楽しげに目を閉じると、一昨日と同じ感触の唇が押し付けられた。三秒にも満たない時間で離されると、そのまま公爵の胸にリリーの顔は押し付けられた。暖かい体に抱きしめられて、リリーが背中に片手を回すと公爵の腕が力を込めた。リリーの力が抜けて、公爵に凭れ掛かると公爵は口を開いた。
「必ず大事にします。ガット公爵にも誰にも渡しません。あなたが政略結婚だと思おうが、私はあなたを愛している。」
公爵が甘く囁いた後に聞こえてくるのは、リリーの規則的な呼吸音のみ。嫌な予感がした公爵が、少し体を離すとリリーの寝顔が見える。
「坊ちゃん、リリー様からの返事が聞こえませんが。」
溜まりかねた馭者が外から問いかけると、うんざりとした声で公爵は言葉を返す。
「寝ているよ。というか、聞こえてたのか。」
「お二人とも途中から普通に話していらっしゃるからばっちりですよ。リリー様は昨日から緊張して、お疲れだったんです。熟睡するのも無理はない。十八の娘に大の大人が意地悪した罰が当たったんですよ。」
馭者のニヤつく表情まで分かる声色に、公爵はリリーの髪を撫でてダンマリを決め込んだ。アリソンに教えを乞うたアンが手入れをしているおかげか、すこぶる撫で心地が良い。ミレーヌが見つけやすいからと指定したのだろう赤いドレスもリリーに良く似合っている。首元が広く開いていて、ここには繊細なネックレスが似合うことだろう。既に発注をかけているネックレスのデザインを思い浮かべて、心を落ち着かせる。好きな相手にキスを強請られるという幸福を奪われないように、これからは上手く立ち回らなければならない。
「リリー様にお渡ししたエメラルドの指輪。坊ちゃんが二ヶ月探した品だって、ちゃんとお伝えしなくちゃダメですよ?」
「いや、別にいい。彼女の指を飾れるだけで十分だ。」
公爵の答えに馭者はこれみよがしのため息をついてみせ、更にゆっくりと馬を歩かせることにした。
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