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リリーは大根役者

 リリーが父親に宛てた手紙をアンに託し、昨夜の振る舞いに対する自己嫌悪に陥っているとマーシャが遠慮気味に公爵から話があると言われ応接間へと案内された。


 ドアが開きリリーが中を見ると公爵の隣には前公爵夫妻、ミレーヌにゴードン、執事にアリソン、ビビアン、ドナ、ブルーベルの四姉妹が横に並んで整列している。皆、沈痛な面持ちでミレーヌの目には涙が浮かんでいる。

 異様な光景にリリーは足を止めるがマーシャに促されて中に入ると、前公爵が一歩前に出て深々と頭を下げた。

「リリー嬢、君を守ることが出来ずに大変申し訳ない。預かった伯爵令嬢を婚約もしていない内から手を出すなどとは貴族の風上にも置けない非道な所業。息子には爵位を返還させ、リリー嬢への償いを「ちょっとお待ちください!!」」

 最終的に一族郎党で自害でもしそうな雰囲気に、リリーは無礼だと思うよりも先に声を荒らげて遮った。話の腰を折られて不満そうな顔をした前公爵は夫人に後ろから背中を叩かれて居住まいを正し、リリーに先を促した。

「こんなに大事になるようなことは何もされておりません。」

「しかし、薬で意識がおかしくなろうとも貴族としての矜恃は守らねばならん。」

 前公爵の強い言葉に深く頷く一同に、リリーはマーシャの方を振り返った。

「薬ってなに?」

「いえ、私もリリー様のお傍にいて聞いておりませんが。」

 一同に背を向けて肩を寄せ合い小声で話すと、マーシャは執事に手招きして呼ぶ。昨夜からの騒動で一気に老け込んだ執事はマーシャに腕を引っ張られ、三人で輪となった。

「薬なんて聞いてないけれど、どうなってるの?」

 マーシャが執事に問いかけると、執事は虚空を暫く眺め、あぁとリリーたちに視線を戻した。

「そういえば誰も報告に行っておりませんね。坊ちゃんのご様子がおかしかったもので、念の為に医者に見せたところなんと酔っ払った状態だったのです。食事はサマー嬢の訪問で中断しましたし、飲酒する余裕などありませんでしたからお部屋を調べました。そうしましたら見知らぬ割れた香炉が発見されまして、無香でしたがそれが原因で坊ちゃんとリリー様が酩酊して一夜の過ちをおかされたというわけでございます。」

「おかしていません!!」

 執事の説明にリリーが反論すると、マーシャが執事の背中を叩いた。

「しかしながら坊ちゃんの秘密部屋で見つかるまで二人きり、リリー様がベッドでおやすみになっていたことは事実でございます。前公爵にとっては過ちかと。」

 思い切り叩かれた背中にも反応せずにつらつらと述べる姿はさすが公爵家の執事だが、血走った目の下の隈によって異常性を感じる姿にリリーは思わず後退りした。

「ちなみにこのお話は隠し部屋の存在を知る、この部屋の我々と残り数名しか知りません。他の者たちはお二人は図書室に居たと思っております。シャロンもそう証言しておりますし都合が良かったのです。」

 気にしない様子で更に付け加える執事にリリーはシャロンの事を思い出した。

「シャロンなら早朝に馬車で実家に返しました。もちろんどんな愚行をしたのか、父親に手紙で軟禁するように命じてあります。」

 気が利く執事に視線を向けると、心得たとばかりに言葉を続ける。

「サマー嬢はサプライズだったの一点張りで、拒否を示さなかったシャロンに罪を押し付けました。坊ちゃんに会いたいというのを無視して、アナベル奥様がお見送りして、きっちり領地の外まで見届けております。」

 大変出来た執事によってリリーの疑問は解決されたが、酩酊状態とはいえ愚行の事実は消えない。だからといって世話になったクルム公爵家には一切の非はない。

「えーっと。」

 グルグルと考え始めたリリーを後目に執事は列に戻り、「香の事をお知らせしておりませんでした。」と深々と公爵たちに頭を下げている。

「知らせていない……そう、婚約することを皆様にお知らせしておりませんでした。公爵様とは昨日婚約の日取りの相談をする予定だったのです。そこまでいったら、婚約したも同然です。二人きりだろうと、キスしようと問題ありません。問題があるならば、一刻も早く婚約してしまいましょう。」

 執事と同じくらいのスピードで捲し立てたリリーは、公爵の元へ走りより自分に出来る精一杯の愛嬌で微笑んでみせた。

「アルフレッド様、私と結婚するのはお嫌になりましたか?リリーは早く婚約して、結婚したいです。」

 頬の筋肉がピクピクと震えるのを必死に耐え、自分のことを名で呼ぶという羞恥に頬を赤らめたリリーに公爵は固まって口元を押さえた。

「リリー様がこう仰っているのです。どうかリリー様のお心を受け止めてくださいませ。」

 呆れるほどに棒読みのリリーに一同が固まる中、しょうがないとばかりに援護をするマーシャにアナベル夫人はにこりと笑った。

「もちろんよ、婚約したも同然の二人ならば問題ないわ。ねぇあなた。」

「う、そうだな。私の早とちりだったようだ。」

 前公爵も夫人に合わせると、ミレーヌが声を張り上げた。

「昨日までお父様とリリー様が二人で会う機会なんてありませんでした。お父様はお手紙でリリー様に求婚なさったの?へたれなお父様なんてリリー様に相応しくありません。即時リリー様への求婚のやり直しを求めます。出来ないのであれば、リリー様への慰謝料を要求いたします。」

 何故か父親に赤の他人へ支払う慰謝料を請求する美少女という不思議な光景は、ゴードンがミレーヌを抱き抱えることで終わった。「どうせなら婚約者っぽく抱っこして!!」と騒ぐミレーヌを肩に担いだゴードンは、リリーに深く頭を下げドアへと向かいながら兄に言い放った。

「ミレーヌが納得のいくように事を収めてください。もちろん結婚する方向でお願いします。後は私に考えがありますから。もっとスマートに片付けてくれれば、騒ぎにならずに済んだものを……」

 ぶつぶつと呟きながら去っていくゴードンの様子に固まっていたリリーは、背中を見送ると我に返って公爵から手を離した。

「ひとまずお二人でお話をしてください。誰も聞きやしませんから。」

 年の功なのか、アリソンの一言で前公爵や使用人は応接間から退出した。


 □□□□□□□□

「こんな大事になって申し訳ございません。私がベッドで眠らなければ良かったのに。」

 皆が居なくなればリリーはフワフワの絨毯が敷かれた床に跪き、頭を垂れた。

「いや、寝かせたのは私だ。それにあの部屋に隠れたのも私だし、部屋に呼び出したのも私だ。サマー嬢が来ている段階で中止にすれば良かった。」

 同じように公爵も膝をつくと、リリーの肩を掴んで体を起こした。眉は八の字に下がり、眼鏡のフレームと同化している。

「私が部屋に行かなければ、サマー嬢に公爵は襲われていました。お酒を飲んだ時に公爵がどうなるか、きっとシャロンから情報が漏れていたのですね。」

「いや、あれはサマー嬢が男を落とす常套手段なんだろう。私は酔うと口が悪くなるだけだから。」

 絨毯に腰を下ろした公爵は深くため息を吐くと、口を尖らせた。

「リリー嬢にだって言ったでしょう?」

 公爵のフランクになった言葉と表情に戸惑いつつ、思い返す。

「一つと言いながら何個も私の悪い所を仰ったことですか?」

「それです。口が止まらなくなる。だから酒は控えているのに、あんな場所でリリー嬢に文句を言ってしまうなんて。」

 うんざりしたような口調の公爵の態度に、リリーは思わず吹き出した。

「公爵の口は悪くありませんわ。私の兄の通常ですから、気にもなりません。」

 兄、と聞いた公爵はチラリと上を見てからクスクスと笑いだした。

「確かにリリー嬢の兄上は口が悪い。サマー嬢の事を『厚塗りお化け』とと評していた。ゴードンが隠語として使いたいと気に入っていたな。」

「厚塗り!!いくら何でも言い過ぎです。ほら、兄の方が酔ってもいないのに口が悪いです。公爵様のなんて大して問題ありません。」

 令嬢に対してとは思えない単語を言う兄を想像して、リリーは公爵を疑いもしなかった。兄は父の前だろうが、母の前だろうが顔色一つも変えずに言う。

「そんな兄ですが義姉の前では言わないようなんです。」

 おっとりとしながらもやり手の義姉に兄はベタ惚れで、色々と小細工をして夫という地位を勝ち取った。義姉を前に悪口を言う兄を使用人たちも目にしたことが無いという。

「そうでしょう。だから私がリリー嬢に悪態をついたことが問題なんです。私の妻になる人だ。」

 リリーは同意を求める公爵に曖昧に頷きつつ、心の中では首を傾げた。兄にとって義姉は最愛の人である。妻になるだけの自分には公爵は悪態をついても良い。寧ろそんな夫婦は山ほどいると聞いたことがある。外面は良くても暴力を振るう夫もいる。公爵が粗暴な人物だとは到底思えない。

「明日、改めてプロポーズをします。返事を考えておいてください。」

 公爵が立ち上がりながら言った言葉を理解もせずにうっかり頷き、リリーは思わず公爵を見上げた。悪戯が成功した子供のように笑って、リリーに差し伸べられた手を掴むとぐいと体が上に引っ張られる。

「何故、今言うのですか?」

「おや、あなたが事前に言えと言ったではありませんか?」

 リリーの抗議も意に介さないように笑うと、公爵はエスコートするように応接間のドアへとリリーを誘導していく。

「公爵様、昨日までとはまるで態度が違います。」

 リリーが立ち止まると、公爵も足を止めて微笑む。

「昨日は恥ずかしい姿を見られましたし、リリー嬢の寝顔を見ていたら人見知りもしなくなりました。妻になっても目も合わせられなかったら、嫌でしょう?」

「それはそうですけれど。」

 リリーが口ごもると、公爵に歩くように促され付いていく。

「私はミレーヌに批判されないくらい素晴らしいプロポーズをあなたにしなければならないので、これから準備をしてきます。精々心を整えてくださいね。」

 扉の向こうで待機していたマーシャに送り届けられたリリーは、どこかに向かう公爵の背中を見ながら「ずるい。」と呟いた。

読んでいただき、ありがとうございます。

次回は月曜日を予定しています。

寒くて、乾燥が酷いです。身体にお気をつけください。

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