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公爵、怒る

「リリー嬢、もう大丈夫ですよ。」

 優しく促す公爵の声にリリーが目を開くとぼんやりと燭台に乗った蝋燭が灯っている。肩の力が抜けると、リリーは燭台の置かれたチェストの隣にあったベッドに座り込んだ。柔らかいベッドは少し埃っぽいが、高級品と分かるスプリング具合で今すぐにでも寝転がりたいくらいだ。

「サマー嬢も怖いですが、暗闇もとても怖かったです。」

「分かります。私も小さい頃は暗闇が怖かった。ましてや知らない部屋は大人でも怖いでしょう。よく頑張りましたね。」

 同調してくれる公爵に頷きながら、リリーは立ったまま話を続ける公爵の服の裾を引っ張った。

「そうです。まだ怖いので、どうか隣に座ってください。立ったままでは公爵様のお顔が見えていません。ゴードン様たちが見つけてくれるまで、時間はどれくらいかかるでしょうか?」

「ゴードンたちもこの部屋は知っていますが、探す場所としては後回しになるでしょうね。さすがに未婚の令嬢とベッドに座るのは見つかった時に良くありません。私はこちらの椅子に座りましょう。」

 やんわりと手を離されて公爵が机とセットになっている椅子に座ると、リリーが立ち上がった。

「そちらではお顔が見えなくて、余計に怖いです。公爵様が誰かに変わっていたらと想像してしまいます。どうかこちらにしてください。でなければ、私がその机に座ります。」

 泣き出しそうな声を出すリリーを宥めるため、公爵は渋々隣に座った。公爵の重みによってベッドが揺れがおさまると、リリーは体を公爵に向け上着の裾を掴んだ。隣といっても手が触れ合う程に近くはなく、公爵の顔はかろうじて見えるくらいだ。裾を引っ張れば、壁を向いていた公爵もリリーの方を向く。向いてはいるが、いつものように目線は合わせてもらえない。

「リリー嬢は、いつもよりも感情が豊かなようだ。」

 言動への批判をオブラートに包んだような公爵の表現にリリーは唇を尖らせた。

「どうせ公爵様よりも子供ですし、婚約者に逃げられるほど魅力もありません。ましてやサマー嬢の話で怖がればいいのか、怒ればいいのか分からないくらいに混乱しております。」

「確かに酷い話だ。君の顔に傷をつけようとするだなんて。」

 眼鏡に手をかけて眉を上げる公爵にリリーは首を振った。

「いえ、サマー嬢と公爵様が結婚してシャロンに子供を産ませる話の方です。」

「それはどういうことかな、リリー嬢。」

 眼鏡のつるを触りながら公爵は首を傾げてリリーに続きを促す。

「ご安心ください。私は顔に傷でもつけられようものなら、それを証拠に兄が慰謝料を巻き上げてみせます。ですから、公爵様はお相手の方とお早く婚約を済ませてください。」

「ですから、話が見えません。なぜリリー嬢がガット公爵と結婚する前提のお話をするのでしょうか?」

「ですから、今日は私との結婚話を無かったことにするというご相談に呼ばれたのでしょう?そうなったら私は恐らくガット公爵の元へ嫁ぎます。」

「……リリー嬢、それは誰が伝えたのです。確かに私がリリー嬢と婚約しなければ、あの男はリリー嬢を手に入れるでしょうが。誰があなたにそんな話を吹き込んだんですか?」

 眉間に深い皺を作った公爵は眼鏡の下から目頭を押さえ、強く揉んだ。問いかけというよりは独り言に近かったが、リリーは会話を続ける。ここ二ヶ月で一番長く続いた会話だ。最後に公爵には理解のある女性だったくらいの印象は残したい。

「いえ、私がそう判断しました。サマー嬢が乗り込んでくるくらいですから、やはり私では役者不足だったと痛感しております。」

 偏頭痛持ちかと心配になるほど顔を顰める公爵を前に、リリーは裾から手を離して頭を下げた。

「もっとミシェル夫人くらいに完璧な女性であれば、サマー嬢だって近寄って来なかったでしょう。後任が誰かは気になりますが、公爵領の皆様の幸せを願っております。」

 この明るさと狭さでカーテシーは行えないのが申し訳ないが、旅立つ時にすれば良いだろう。おまけに公爵はリリーに先に告げられたのが不快なのか、目を閉じていて見てもいない。

「リリー嬢。ここ二ヶ月で手紙やミレーヌからあなたの良い所を知りましたが、悪い所を今一つ知りました。」

 リリーが公爵の低い声に顔を上げると、カチャリという音とともに公爵が眼鏡を外した。素顔は評判通り大変美しいが眉間の皺が恐ろしい。アンは目が焼けると言っていたが、リリーには背中に冷や汗が出るほどに震えがきた。

「あなたはどうやら自己評価が低い。尚且つ周囲の話を聞かない。判断を誤る。」

 欠点は一つではなく、三つ言われたとは反論出来ずリリーは公爵から目を逸らそうとすると頬に両手をあてられて正面を向かされた。

「勘違いをして、確証を得ないまま相手を傷つけ、自己完結する。」

 六つ目を言われたところで、リリーは口角を上げた。何故こんなにもクルム公爵が怒るのか、理解出来ない。しかし人形のように美しい顔が、自分への怒りで人間らしい表情をしている。そこが面白い。

「何で笑っているのですか?」

 不満げに尋ねる公爵の頬をお返しと言わんばかりに両手で包み込むと、リリーは微笑んでみせた。

「こちらに滞在して二ヶ月。行きの馬車でしかろくにお話ししていなかった公爵が目を見て会話してくださるのがおかしくて、最後に良い思い出になりました。ガット公爵に嫁いだら、サマー嬢を私が食い止めますわ。」

「だから勘違いの自己完結だと言っているでしょう。」

 むぎゅっと手に力を入れた後、公爵はリリーの頬から手を離し、深く長いため息をついた。

「今日あなたを部屋に呼んだのは、求婚しようと思ったからです。」

「あら?」

「言わずとも物事は進むかもしれませんが、私はあなたと結婚したいと伝えたくて呼び出したのです。」

「ミレーヌ様のご様子がおかしいのは?」

「私の意気込みの察しがついたのでしょう。恐らくリリー嬢以外の屋敷の者は皆分かっています。大体サマー嬢が乗り込んだのは、シャロンが婚約が近いと報告したからでしょう。見当違いにも程がある。」

「だから今日はゴードン様もいらっしゃったのですか?」

「ええ、婚約を見届けるつもりのようでした。」

「………………申し訳ございません。」

 話をしながらも公爵の柔らかい頬に手をあてたままだったリリーは、ゆっくりと手を下ろし頭を下げた。

「先に用件を言っていただけたら、勘違いはしませんでした。」

「夜にプロポーズしますと伝えるのは、私が耐えられません。」

 キッと整った顔で睨む公爵に、リリーは再度頭を下げた。反論を即座に打ち消されリリーに不満はあるが、ミレーヌや使用人のことを想像して口を噤んだ。きっとアンですら公爵の味方をするだろう。

「で、結婚していただけるのですか?それともガット公爵の元へ行きたいと?顔を傷つけられ、数年後には捨てられる運命と分かっていてあの男に嫁ぎたいと?」

 断るなんてことは許さないと言わんばかりの圧に、リリーは小さな声で「公爵様の元へ嫁ぎたいです。」としか答えられなかった。やっと圧を緩めた公爵が眼鏡をかけ直そうとする動きを、ふとリリーが腕を引っ張って止める。

「今日は欠点ばかりみせておりますが、もう一つ増やしてもよろしいでしょうか?」

 おずおずと述べるリリーに公爵はさっぱり見当もつかずに首を傾げた。

「何でしょう?」

 公爵に先を促されると、リリーはもじもじとしながら視線を合わせた。

「女性からお願いするなど、ふしだらと思われるかもしれません。今ここで公爵様に初めてをもらっていただきたいのです。」

読んでいただき、ありがとうございます。

今週も月水金に更新予定です。

よろしくお願いします。

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