リリー、目撃する
「あら、やっぱりまだおいでになっていないのね。アルフレッド様は私を探して走り回っていらっしゃるんだわ。」
うっとりとした野太い声はリリーが夜会で聞いたことのあるサマー嬢その人だった。ふくよかを通り越した体を高級なドレスに押し込んだ姿はいつも周囲の目を否が応でも集めている。
「それでシャロン、あの女はちゃんと閉じ込めたんでしょうね?」
「はい、サマー様。図書館へ呼び出して、扉を塞いで参りました。」
サマー嬢の足音でかき消されていたが、傍に居るらしい公爵家の使用人シャロンの声がした。
「良かったわ。私がアルフレッド様と仲良くしているのを見てしまっては可哀想でしょう?」
「はい、サマー様はお優しいです。」
自分に対応する時とはまるで別人のようなシャロンにリリーは天を仰いだ。話の内容からして『あの女』とはリリーのことで、手元にあるメッセージカードはシャロンが用意したものなのだろう。ただしリリーがここにいるということは、他の誰かが図書館に閉じ込められている。リリーの眉間には自然と皺が寄った。
「サマー様、私のお願いも聞いて頂けるのですよね?サマー様の言う通りに、奉公に出て公爵に他の女を近づけないように邪魔しました。」
「そう焦らないで。私がアルフレッドと結婚したら、あなたを私の侍女にして、いずれはアルフレッドの子を産んでもらうわ。」
「はい、お任せください。」
部屋の中の楽しそうな二人の会話にリリーは公爵を盗み見た。眼鏡のレンズで眼差しは見えないが、眉はリリーが見た事のないほどに釣り上がっている。その姿はリリーの兄が卑怯な者を見る姿を思い起こさせる。
「あの女、アルフレッドと仲良くなるなんて勘違いも甚だしいわ。お父様の物になったら、顔に痕でもつけてやろうかしら。」
「痕とはどんなですか?」
「一生消えない火傷とか、刃物で額にバツ印とか、楽しそうだわ。」
当の本人にとっては全く楽しくない話を聞かされていると、リリーの両手が生暖かい物に包まれた。視線を落とせば、包んでいるのは公爵のそれである。
「っ!!」
弾かれたように顔を上げると、先程までつり上がっていた公爵の眉が今度は逆に下がって眼鏡と平行に並んでいる顔がぼんやりと見える。
「あの女はお父様に初めてを全て奪われて、傷のある顔で公爵と私の結婚式に参列するの。だって私の義母になるんだから。」
オホホホホと続くサマー嬢の高笑いを聞いてはいるものの、リリーの頭は握られた手のことでいっぱいだった。
少しかさついた手は、サマー嬢が何か言う度に強く握られて少しすると弱まる。目を離せない公爵の眉も上がったり下がったりを繰り返している。リリーにはサマー嬢の声は聞こえても、内容が頭に入ってこない。
「それにしても公爵様が戻って来ませんねぇ。こちらで待ち伏せするのが一番だと思ったのですが。」
「まだ私のことを探してくださっているのかしら。あの女よりも私を優先するのは理解出来るけれど、困ったわ。せっかく隠れてお部屋に来たのにお疲れのアルフレッドを私が癒してあげなくちゃ。」
サマー嬢との会話に飽きたのかシャロンが呟けば、サマー嬢が機嫌よく返事をする。ガシャンと何かが盛大に割れる音がした。公爵から目を背けたリリーは手を離し再び耳を壁につけると、公爵もそれに倣った。
「やだ、ちょっと触れただけなのに落としちゃったわ。」
反省する気もない素振りもないサマー嬢の声と共に、階段方向から複数人の足音が聞こえてきた。
「サマー様、まずいです。きっと使用人たちです。」
シャロンの焦った声にサマー嬢は動揺もせずに残念そうに深くため息をついた。
「しょうがないわね。アルフレッド様との逢瀬はまたの機会にするわ。」
ドアからバタンと音がすると、複数の足音が部屋になだれこんだのが分かる。
「サマー嬢、やっと見つけましたよ。」
うんざりとしたゴードンの声が部屋に響き話を続けようとすると、サマー嬢の声が重なった。
「あら、サプライズが失敗してしまったわ。アルフレッド様はどこにいらっしゃるの?プレゼントを割ってしまったのよ。直接謝らなければなりませんわね。」
ホホホホと堂々と笑うサマー嬢に周囲の空気が悪くなるのが分かる。
「部屋の清掃はいたしますのでご心配なく。兄は別行動ですので、こちらも探さなくてはなりません。サマー嬢は速やかにお部屋にお戻りください。」
有無を言わせぬ物言いをするゴードンに、サマー嬢がいるらしい辺りから立ち上がる音がする。
「はいはい、お詫びには後日王都ですることにいたしましょう。早くアルフレッド様を安心させてあげてくださいな。」
悪びれる様子もないサマー嬢のゆっくりとした足音を聞きながら、公爵を見れば自分の口の前に人差し指を立ててあてている。ここにいることはバレてはいけない。リリーは頷き、静かに息を吸った。サマー嬢が部屋を出ていくと、ゴードンの低い声とシャロンの小さな悲鳴が聞こえた。
「シャロン、お前には色々と聞きたいことがある。連れて行け。」
「私はサマー様にお手伝いするように言われただけで、何もしておりません。お助けください。」
涙声のシャロンとゴードン、他の使用人の足音がドアに向かうと、蝋燭の火が消されて隠し部屋は真っ暗になった。
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「リリー嬢、大丈夫ですか?」
足音が遠ざかると遠慮がちに掛けられた声にリリーは思わず手を伸ばした。公爵の上着らしい布に手が当たり掴むと、先程触れていた公爵の手がリリーのそれに重なり、思わずリリーは布から手を離した。代わりに片方の手で公爵の腕を掴む。
「ごめんなさい、びっくりして掴んでしまいました。皺が出来てしまったらどうしましょう。」
高級な布地を使っているであろう上着に謝ると、公爵の小さなため息が聞こえる。公爵は手探りでリリーの手を見つけると、リリーの手を壁に誘導してくれた。
「そんなものはどうでも良いです。ドアを開けますから、壁に凭れて待っていてください。」
そう言うと公爵は扉を引こうとするがビクともしない。試しに押しても揺すっても扉は開かなかった。
「扉が開きません。最近開いていなかったので、具合がおかしくなったのかもしれない。灯りをつけますから、そのままここで待っていてくれますか?」
「無理です。暗いです。もう置いていかないでください。」
即答するリリーは手探りで再び公爵の上着を見つけ出し、先程よりもしっかりと掴んだ。
「すぐですよ。蝋燭とマッチがありますから、すぐにです。」
公爵に子供を宥めるように話しかけられてもリリーは嫌だと左右に首を振った。見えずとも空気の動きで理解したのか、公爵はんんんと唸る。
「ベッドも机もあるので、リリー嬢が足や顔をぶつけるかもしれないから待っていて欲しいのですが無理ですか?」
公爵の話す理由がリリーのためだと分かっているが、リリーは同意は出来ない。知らない部屋で暗闇の中、一人でいるのは耐えられない。公爵の声が離れていくのを想像するだけでも悲鳴を上げそうだ。
「何でもしますから、連れて行ってください。」
哀願するリリーの言葉に公爵は咳き込み、深くため息をついた。
「私の背中に回ることは可能ですか?」
「はい、何でも出来ます。」
リリーは掴んでいた公爵の手を伝って背中に回り込んで腰に抱きついた。幼い頃に抱きついた覚えのある兄や父とは違う男性の背中だった。
「ちょっと安心します。公爵様の背中は大きいのですね。」
リリーが思ったままに感想を述べると、公爵は咳払いをしたがリリーは気にせず目を閉じた。どうせ暗いならば開いていても閉じても一緒だ。
「それは良かった。ここから前進しますから、ついてきてくださいね。」
こくりと頷くと、体が前に引っ張られ足が自然とついて行く。途中で足同士がぶつかると、公爵の手がリリーの手に重なった。
「失礼、リズムを合わせましょう。右から行きますよ。」
右、左、右、と号令をかける公爵の声に合わせて足を出すとスムーズに進み、立ち止まった先で公爵の手が離れた。
「蝋燭とマッチがありました。明るくしますから、もう少しの辛抱ですよ。」
カサカサと鳴る音を聞きながら、離れた手の分だけ不安になったリリーは腕に力を入れた。
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次回は来週月曜日更新予定です。




