リリー、覚悟する
「リリー嬢、夕食後に私の部屋まで来てくれないだろうか。伝えたいことがあるんだ。」
次の土曜日の朝。リリーがミレーヌと共にクルム公爵を出迎えると、いつもは目を逸らす公爵が真剣な目でリリーに告げたことでミレーヌが飛び跳ねた。来週しか来ないはずのゴードンがそれを見て馬車から飛び降り、慌ててミレーヌの口を塞ぐ。その間に公爵はリリーから目を逸らし、足早に屋敷に入っていった。
「お前は騒ぐな。話を大きくするんじゃない。」
バタバタともがくミレーヌとゴードンの騒ぎもリリーの耳には届かなかった。
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「婚約するお話は無かったことにされるかもしれないわ。」
マーシャに促されて部屋に戻ったリリーはソファーに座り、呆然と呟いた。
「そんなわけないでしょう。」
アンが即座に否定すると、マーシャも頷くがリリーの調子は変わらない。
「だって部屋になんて呼ばれたことはないし。公爵はお優しいから皆の前ではなく私に伝えて」
「普通呼びませんよ。年頃の令嬢を独身の公爵が自室になんて。」
「目が合ったわ。」
「それが普通なんですけどね。」
「お手紙をいただけなかった。」
「お話しすればいいことを書いていただけでしょうが。」
「ゴードン様までいらっしゃったわ。」
「それは私にも分かりませんよ。」
アンと言葉を交わす度にリリーの体はズルズルと倒れていき、ついにはソファーの座面に顔をつけた。見るに見かねてマーシャが割り込む。
「最近のリリー様とご主人様は私から見ても良好なご様子でした。いきなり関係が壊れるなどありませんわ。」
「王都で私の悪い噂でも聞いたのかもしれないわ。もしかしたらもっと条件の良い令嬢が見つかったのかも。」
好転することなく落ちていくリリーにアンが声を張り上げた。
「分かりました。私が公爵様に聞いて参ります。お嬢様は療養先を変えた方がいいですか?って。」
「止めて。夕食後までお時間をくださったのよ。ちゃんとお話を聞きに行って受け入れるわ。二ヶ月もお世話になったんだもの。それだけで十分よ。」
意味の無い声を出しながらうずくまったリリーを見て、アンとマーシャは深くため息をついた。婚約を断られる根拠もないのに、確定されている公爵が可哀想だ。リリーはミレーヌが何を言おうとしたと考えているのか。二人の頭にはそう浮かぶが、リリーには関係ない。
「ブルーベルたちに申し訳ないわ。素敵なドレスをいくつも作ってくれたのに。」
しばらく座面とお友達をしていたリリーはノロノロと起き上がり、少し皺の寄った自分の服を見つめた。スカイブルーのワンピースはリリーの体にぴったり合わせられ、裾のレースも可愛らしい。
クルム公爵家にはお抱えのデザイナーのブルーベルとお針子のビビアンとドナがいる。三人はミシェル夫人のメイクと着付けを担当していたアリソンの姉妹たちで、街で活躍した後に店を息子たちに任せて公爵家に仕えるようになったという。服が少ない理由を察したアナベル夫人に命じられた三人はリリーの好みを聞きながらも、似合うドレスを数着と普段着のワンピースを何着も作ってくれた。アンはもちろんミレーヌもマーシャも前公爵夫妻も、公爵も手紙で褒めてくれた。正直手放したくない。
「慰謝料代わりに頂いて帰りましょう。」
「嫌よ。そんな図々しいこと出来ないわ。」
ヤケになったアンに唇を尖らせて抗議し、もう一度ソファーに寝転がったリリーに侍女二人は盛大にため息を吐き出した。
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「可愛らしいお嬢様、デザインを担当させて頂きますブルーベルと申します。」
「お針子のビビアンです。」
「同じくドナにございます。」
アリソンに良く似た三人の老婆は年など関係なく目を輝かせて、リリーを囲んだ。たじろぐリリーにお構い無しに上から下まで見たあと、ぐるぐると周囲を回り始めた。
「腕も足も長くて羨ましいわ。」
「スッキリとしたドレスが似合いそう。」
「淡い色が似合うわ。」
「ピンクよりもローズね。」
輪の外にいたアリソンがパンパンと手を叩くと、三人の口と動きは止まりリリーに向かってニヤリと笑う。
「何着作って良いの?」
「普段着を五着、デイドレスと夜会用をそれぞれ二着。」
アリソンが指を折りながら答えると、三人はテキパキとリリーの着ている服を脱がせる。
「まぁなんて太っ腹。」
「張り切っちゃうわ。」
「まず何色にしようかしら。」
ビビアンとドナがメジャーを持ち、ブルーベルが測った数値を紙に書き記す。あっという間に測り終えたビビアンとドナがニマニマと笑いながらリリーに服を着せ、ブルーベルはサラサラとスケッチを始めた。
「ワンピースはすぐに一着お持ちします。色は何にいたしましょう?」
アリソンがリリーに問いかけると、ドナが色見本を手元に見せてくる。
「いえ、そんな作って頂くなんて、結構です。アリソンの姉妹を紹介すると言われただけなので。」
そんな話を聞いた覚えのないリリーは後ずさりしながら首を振り、手も振る。
「あらあらまあまあ、そんな遠慮なさらずにアナベル様と坊ちゃんが贈りたいと仰るんですから受けてしまいましょう。このピンクなんていかがかしら。」
「いやねぇ、ローズよ。もっと深い色の方が似合うわ。」
「最初は青の方がすっきりと品が良いわよ。」
自己主張の強い三人に追い詰められ、あっという間に壁に背中をくっつけたリリーはマーシャに助けを求める。が、苦笑いで首を横に振られた。
「この方々は強いので、私では敵いません。どうか選んでやってくださいませ。」
『何が』強いのかは分からないが、リリーは必死に色見本から一色を指さした。
「最初はこれにします。後は持ってきた服を見てから三人で決めてちょうだい。」
張り上げた声にようやく三人は黙り、その色を見ると満足気に頷き合う。
「中々趣味が良いようで安心致しましたわ。」
「そうねぇ、これなら合格ねぇ。」
「ではこれに合うボタンを用意しなくちゃ。」
「「「では、失礼いたします。」」」と声を揃えて我先にと出ていった三人の後ろをアリソンがついて行き、部屋はようやく静かになった。
「四人ともここ最近お仕事が少なくて、暮らしに飽きていたので助かります。」
リリーはマーシャの言葉の意味を考え、ミシェル夫人の担当であったと気づいた。主を亡くした寂しさを紛らわせるにはドレスを縫うのは良い気分転換になるだろう。
それから三時間でリリーの元にくるみボタンをアクセントにした出来たてのワンピースを持って戻った四人は完璧にリリーにフィットさせると、次の普段着の構想を練り始めた。
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「つまり坊ちゃんから婚約を断られた後に逃げやすく、尚且つそのままベッドに寝転がっても良い服を選んで化粧をしろとワタクシにリリー様は仰るのですね?」
リリーの希望を聞いたアリソンは青筋を立てながら微笑んで問いかけると、学園で一番怖かった教師よりも強い威圧にリリーは涙を浮かべながら頷いた。五分前に機嫌よく部屋を訪れて本日の化粧を担当するとリリーに告げたアリソンは想定とは真逆の希望を聞かされ控えるマーシャに視線を送るが、諦めたように首を振る二人には眉を釣り上げた。
「では張り切らせていただきます。」
有無を言わせぬ様子でアリソンが選んだのは、柔らかな素材で作られた紺のワンピース。化粧は薄化粧に見えるようにしっかりと、口紅は発光を抑えた落ち着いたピンクで五割増薄幸の美女リリーが完成した。
アリソンが部屋を去ると、アンがまじまじと見ながら呟いた。
「このお嬢様なら婚約者に逃げられたら身を投げそうです。」
「どうせやけ食いしたわよ。悪かったわね。」
頬を膨らませると二割ほど薄幸さがなくなるが、ワンピースの色とシンプルさが際立ち庇護欲をかきたてる姿になった。
「アルフレッド様がリリー様にお別れを告げるとは思いませんが、こんな女性に言えたら男失格です。私も暇をもらってリリー様について行きますから、気を確かにもってくださいませ。」
マーシャの慰めにより、気持ちが和らいだリリーは頷き夕食へと向かった。
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今週は月水金と更新します。
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