公爵の弟、回想する
「リリーが可愛すぎて辛い。」
「確かに可愛らしい方ですね。」
王都に向けて馬車が走り出した途端に頭を抱える兄にゴードンはため息をついた。アルフレッドは穏やかで優しく有能なゴードン自慢の兄である。
その兄がまさかこんなにも恋愛に奥手だとは思わなかった。
使用人を含めて家族全員が婚約破棄された伯爵令嬢を見初めたと聞いた時には、『アルフレッドは傷ついたうら若い令嬢を年上らしくスマートに口説き落とし、幸せな再婚をする』と思っていたのだ。
リリー嬢の前に立つ兄には『スマート』という言葉が存在しない。バタバタと音を立てながらビクついている少年となってしまう。ミレーヌは疎か、使用人も両親もヤキモキしているらしくゴードンに愚痴る始末だ。
いや、俺とミレーヌの仲立ちの時にはスマートだったじゃないか!!
弟と娘の婚約話を冷静に扱った兄が、何度会っても意中の女性と満足に会話が出来ていない。ゴードンはもう一度深くため息をついた。
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結婚と同時に引き取られたミレーヌがクルム公爵家に来て一年ほど経つと、縁談の話がひっきりなしに届くようになった。公爵家の一人娘でおまけに美少女ともなればそれは当然のことで、誰を婚約者にするのか皆が頭を悩ませていた。六歳の可愛い姪を誰に託すのか、ゴードンももちろん共に悩んだ。
「大前提はミレーヌを未来永劫大事にすること。次に金目当てではなく、民を幸せに出来ること。その次が国に尽くせることかな。」
兄の言葉に両親もミシェルもゴードンも同意した。ミレーヌと顔合わせをした同年代の少年たちは帰る頃には皆ミレーヌの虜となったが、肝心のミレーヌの表情は優れない。
「ミレーヌどうした?何か嫌なことでも言われたか?」
ゴードンが領地に定期報告に戻った際に食事中に伯父として心配したゴードンに幼いミレーヌは唇を尖らせて、抱っこを要求した。もちろん抱っこした。食事も粗方終わっていたし、目の中に入れても痛くない可愛い姪のお願いだから当然である。
「私、ゴードンとけっこんしたい。」
その言葉を聞いた父は慌ててゴードンからミレーヌを取り上げ、孫に不埒なことをした犯罪者のようにゴードンを睨みつけた。
「父上っ!!」
焦ったゴードンを無視して父はミレーヌを床に置き、頭を撫でて問うた。
「ゴードンに抱っこ以外されてはいないか?嫌なことはされていないか?」
「はい、会うといつも抱っこしてくれます。ミレーヌはゴードンが大好きです。」
にこにこと答えるミレーヌに「そうか」と頷いた父はゴードンを見て、威厳のある表情で頷いた。
「無実のようだ。」
「おいっ!!」
外見は兄に似た顔で穏やかそうに見えるが、実際のゴードンは好戦的な性格である。喧嘩を売られたのであれば、父であろうとも容赦はしない。椅子から立ち上がり腕まくりをすると、ミレーヌから「がんばって」と声をかけられる。それに父が眉をひそめ、立ち上がろうとすると
「まぁまぁ、二人ともミレーヌが見ているからって張り切らないでくださいな。」
正真正銘穏やかな母に仲裁に入られた。そんな中、ミレーヌの父である兄は腕組みをしながら考え込み、隣のミシェルはそれを面白そうに見ている。
「確かにゴードンも候補に相応しいか考えてみよう。」
その言葉に使用人も含めて「は??」と声が出る中、ミシェルとミレーヌはハイタッチをして喜んでいた。
質疑は一問一答形式でと言われ、ゴードンはうんざりとしていた。
自分以外の家族が横一列に並んで椅子に座り、その中央にはミレーヌが座っている。その横には父と兄、端を母とミシェルが座った。それに対して自分は一人。真ん中に用意された椅子に座ると、父の眼光が鋭く突き刺さった。
「家柄などは飛ばして、まずは現在心に想う女性はいますか?」
「おりません。」
のんびりと問うアルフレッドにゴードンは食い気味に答えた。兄は知っている。意中の女性など学生時代までしかいない。その女性とだって学生らしい甘酸っぱい想い出はあるが、卒業するまでに別れている。卒業してからは仕事に忙殺され、たまに現れるのは良くて金目当て、悪くて兄目当ての女である。兄の次に公爵家を継ぐと言われてもそれまでは土地無しの男爵の爵位しか持たない。娘思いのまともな親ならば他を探すだろう。
「では次に、破棄、解消も含めて今まで婚約者はいらっしゃいますか?」
「おりません!!」
兄の問いに再び強めに答えると、ミシェルが堪えきれずに腹を抱えて笑いだした。当然である。それは至極まともな反応で控える使用人の中にも俯いて震え始める者が何人もいる。
「ええと、ミレーヌのことはどう思われますか?」
次の兄の問いにゴードンは一瞬黙ったのちに口を開いた。
「まず顔がいい。次に頭が良い。家族とも使用人とも良好な関係が築けていて、クルム領についても意欲的に学んでいる。食べ物の好き嫌いがない。大人に対して自分が前に出ずに操る才能がある。虫にも嫌悪感なく触ることが出来る。目下の者に対しても公平に扱うことが出来る。」
首を軽く下げ手の指を折りながら事実を述べていたゴードンは言葉を切るとミレーヌを見た。
「正に公爵令嬢の鑑だな。」
ミレーヌは驚いた後、恥ずかしそうにミシェルにくっついて顔を隠したが、ゴードンは事実を述べただけである。周囲を見渡すと呆れ顔をした両親と使用人、くすくすと笑うミシェルと特に気にかけた様子もない兄が質問を続けようとしている。
「ではご自分についてはどう思われますか?」
この言葉にゴードンはストンと無表情になった。
「クルム公爵家のただの次男です。」
ミレーヌの時とは異なる簡潔な答えに、両親もミシェルも苦虫を噛み潰したような表情となった。低すぎる自己肯定感に使用人もひいている。どうにも越えられない優秀な兄を持つ手前、公爵家の男にしては卑屈であると自覚しているゴードンはやらかしたと顔を顰めた。
「そんなことありません。ゴードンは優しいし、頭も良くていっぱい色んなことを知っています。お父様だって知らない草や虫のことをミレーヌに教えてくれました。馬に乗るのだってお父様よりも上手だし、本だってミシェルよりもマーシャよりもたくさん読んでます。」
隠れていたミシェルから離れたミレーヌがゴードンに駆け寄り抱きつくと、にこにことアルフレッドは微笑んだ。
「ミレーヌが一番ゴードンのことを知っているようだ。弟の結婚相手に相応しいと思うよ。」
ミレーヌの婚約者選びだったはずの悪ふざがいつの間に自分の話になったのかゴードンがはて?と首を傾げると、ミレーヌが目の前で不満気に眉を寄せた。
「ミレーヌが相手では不満でもあるのですか?」
可愛く拗ねた姿に苦笑いして、ゴードンはミレーヌを膝に乗せた。つい頭を撫でると、ミレーヌのへの字口が緩んでいく。
「血の繋がりがないことが周知の事実でも、伯父と姪は近すぎると思います。」
確かにミレーヌは可愛いが、それとこれとは別である。貴族はゴシップが大好きだ。当たり障りないどこぞの侯爵家あたりがミレーヌには望ましい。
「私とミシェルを使えば問題ないよ。『二人には子供が望めないから、弟と娘を結婚させる』私がこう言えば、ロマンス好きなご婦人たちはメロメロだ。」
夫たちも妻の手前、表立っては口に出せない。兄の提案に確かにとゴードンが頷くと、ミシェルが笑い始める。
「ゴードン。アルはお前とミレーヌをくっつけて、自分は楽隠居しようと画策しているんだ。気をつけろよ。」
ミシェルの言葉に兄は微笑むだけで肯定も否定もしない。しかし兄にとって沈黙とは肯定だ。
「させないよ。俺はあくまで後継だから、兄さんには死ぬまで公爵を名乗ってもらわないと。」
「当然よ。お父様には元公爵なんて名乗らせないから。」
ゴードンと膝に乗ったミレーヌが追い討ちをかけると、使用人たちも黙って頷く。アルフレッドは小さくため息をついてから先程よりもにこにこと微笑んだ。
「まぁそれは二人の成長によるところが大きいね。精々私が引退出来ないくらいの出来損ないになってくれ。」
兄の言葉にイラつきを覚えたゴードンは翌年から領内の改革に、ミレーヌは一層勉学に励んでいる。
「出来が良すぎても引退は出来ない。」
色々と仕事を増やした今、アルフレッドが引退出来ることはない。
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兄に好きな女性が出来たことで、領地に引きこもるのではないかとゴードンは心配していた。が、杞憂なようだ。仕事を口実に領地に戻るものの、リリー嬢と向き合えない兄はその時間を仕事に費やした。結果として仕事の進みは著しく良い。そしてリリー嬢から手紙をもらうようになると、兄の機嫌が良くなり更にスピードが増した。おまけに手紙に書いてあるリリー嬢の日常からヒントをもらって思いついた仕事も順調に進んでいる。リリー嬢様様である。
このリリー嬢という女性の事がゴードンには理解できない。ゴードンにとって婚約者に結婚直前で逃げられるという行為は、相手が誰であれ(サマー嬢だったと想像としてみても)ショッキングな出来事だと思っている。にも関わらず、リリー嬢はあまり動じていない。
「いや一週間くらいはショックでしたよ。」
と本人は言ったが、侍女は好物を食べゴロゴロとして一週間後には次の見合いのことを話していたというほどのショックの軽さである。
「そこがリリー様の良い所よ。起こった事よりもどうするかを考える力があるの。私がゴードンに逃げられたら湖に沈んでしまうかも。」
リリー教の信者となったミレーヌが熱心に同意を求めるので、とりあえずゴードンは頷いている。
達観したマーシャの補足によると「貴族令嬢の務めが果たせないのは困るけれど、逃げた婚約者と恋愛感情を持っていた訳では無い。ガット公爵と結婚しても生家にも婚家にも利益が無いので出来ればご遠慮願いたい。」というのがリリー嬢の本音だそうだ。
では兄についてはどうかというと、『お互いに利益があり、令嬢としての使命を果たさせてくれる素晴らしい方』とミレーヌはリリー嬢の言葉を意訳した。
兄が焦がれる当の本人はあくまでも政略結婚のつもりであり、アルフレッドの好意には微塵も気付いていない。それでも距離を縮めようとしているのだが、タイミングが合わないのかその速度は馬ではなく亀のスピードでミレーヌをヤキモキさせている。
「そろそろ年上の元既婚者としての威厳をみせねばならないのでは?」
ミレーヌからも兄の背中を押すように言われているからと、肩を落とすアルフレッドをゴードンは挑発した。
「でなければ、『こんな陰気な公爵、サマー嬢に食われればいい』と見放されますよ。」
リリー嬢というよりもその後ろに控える侍女のモノマネになってしまったが、兄は弾かれるように姿勢を正した。
「それは困る。次こそは、次こそは二人で話をしてリリー嬢に求婚してみせる。」
ピンチに立ち向かう主人公のように拳を握る様子に、ゴードンは「そこまで気合いを入れなくとも、普通にすれば良いのに」と心の中で笑った。
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