2、モヤモヤする事
「はぁ…結局聞けなかった」
何事もなく終わってしまった。
あの後、発表用紙を忘れましたと言うと、先生に「佐竹くんが珍しいね」と言われた。だけど、珍しいからと言って見逃してくれるほど先生は甘くはない。授業終わりに「次の授業の前に時間をとるから、犬塚くんと佐竹くんは最初に発表しようね。」と言われてしまった。当然といえば当然だ。僕はこの時、心の中で、ありがとう犬塚っ!と叫んだ。
その後はほんとに何事もない、いつも通りの授業だった。しいて言うなら、科学の授業は出席番号順の並びでいつも座るため、丸山さんの席が教室より近づいたくらいだ。
「丸山さんっ!」
僕は声をかけた…と言いたいところだけど声ををかけたのは僕ではない。浅草だ。
「何か?入る部活決めてる?」
僕は二人の会話に耳を傾けた。決して盗み聞きではない。教室にいたら普通に聞こえてくるんだ。
「特にないかな」と返した丸山さんに対して、浅草は自分も部活に入っていないのに部活勧誘をている。陸上部はかなりの人手不足みたいだ。
会話をしている二人は楽しそうだ。僕も女子だったら良かったのかな?
リュックに帰るための荷物を詰めながら、そんな馬鹿らしいことをボーと考えていると、
「ねぇ…浅草さん…」
突然、丸山さんが会話を遮った。
僕は不思議に思い、動かす手を止めて顔を上げた。
そこでは、丸山さんが浅草に何か耳打ちしているようだった。小声で話しているから、僕には口パクにしか見えない。
浅草は大きく目を見開き、丸山さんを見つめた後に、
「どうしたの…急にっ?」
と不思議そうに言って困ったように笑った。
「ううん。何でもないよ。」
そう言って、丸山さんも微笑んだ。
何を話したんだろ?
「もう部活だから行くねっ!良かったら見に来てっ!」
そう言うと、浅草は手を振って教室から出ていった。
ーーーー
僕は部活に入っていない。
この学校は僕が通っていた中学校の近くではないため、他クラスにはほとんど友達がいない。作るきっかけがないんだ。
一人で下駄箱に向かうと、やはりぼっちの僕からは友達といっしょに下駄箱に行く人が目にはいる。
その中には、筆で力強く「集中」と書かれた文字がプリントアウトされているTシャツを着ている人達がいる。とても楽しそうに騒いでいる。
あれはたしか、卓球部の練習着だ。
部活…かぁ。
僕はさっきの光景を思い出していた。
あれ?…浅草?
下駄箱の前には浅草が立っていた。
さっきとは違い、部活をするため体操着姿だ。
もうとっくに部活を始めているものだと思っていた。
「浅草?」
僕は声をかけた。
さっきの会話がなんとなくで気になったのもある。
浅草はなぜか無反応だ。
それどころではない、自分の靴を持ったままピクリとも動かない。顔色も少し悪そうだ。
僕は心配になり、
「百笑っ!」
と、さっきより大きめに声をかけた。
「えっ…。」
百笑は呆然としてこっちを向いた。
僕を見て、百笑の目に光が戻っていくのを感じる。
「あっえっ!?ゆうくんっ!!いつからいたの!?」
「さっきからずっといるよ。」
「ほんとにっ?!」
全然声をかけていたことに気づいてなかったみたいだ。
うそっ!と言って、靴を持ったまま一人でテンパっている。
いつもの浅草だ。良かった。
「どうしたの?固まってたけど…」
「え?ちょっと考え事してて。」
…考え事…?
「浅草が?」
「えっ?なにっ?もしかして、私には悩みがないと思ってた?」
思ってた。
浅草でも悩み事があるんだな。
「ほんと、心外っ!」
浅草は少しムスッとしながら、靴を履き替えていく。
もうなんだか、大丈夫そうだ。
「にしても…ゆうくんから話しかけてくるなんて珍しいねっ!しかも、百笑って懐かしっ!」
いつもは避けてるからな。
…百笑……か。
えっ!?
僕はバッと周りを見渡した。はぁ…良かったぁ。犬塚やクラスメイトの皆に見られてない。
いつの間にか百笑って、呼んでたんだな。
僕は今になって気がついて、はぁと息を吐く。
「良かったね。」
百笑はそっけなくそういった。
すべてお見通しのようだ。
浅草はそのまま言葉を続けた。
「私としては、中学の中盤あたりから急に「浅草」って呼ばれ始めて違和感しかなかったから「百笑」って呼ばれる方がしっくりくるし、前みたいに話しかけてくれて嬉しいんだけど…」
懐かしそうにそう話す。その姿は本当に嬉しそうだ。
浅草はそう言うとしばらく黙ったまま目を伏せていた。
その瞳が少し揺れ動く。
そして顔を上げ、僕を見つめる。
「あんまり、喋らないほうがいいかもしれないね。」
そう言った浅草の顔は、とてと寂しそうで、悲しそうで…静かに微笑んでいた。
「じゃあねっ!心配してくれてありがとっ!」
いつものように笑顔で明るく、彼女は何事もなくグランドへとかけていった。
あぁ、僕が拒絶してたからだ。
誰だって、あらか様に避けられたら傷つくよな。
浅草にしなくていい気遣いをさせてしまったことに、「悪いことをした」という罪悪感が胸にたちこめた。




