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ずっと君を愛している



 もうここにはいられない。夫婦の寝室に置かれたため、二人の夫婦生活が生々しい。キスをする音も聞こえるし、くすくすといった小さな笑い声も聞こえる。


 それだけならいいが、何をしているのか丸わかりの音が部屋中に響いていた。もちろん俺は猫用の籠の中だ。見ることもできず、夜の夫婦生活によって生み出される音だけが絶えず響いていて、毎日悶々としている。人間だった時の記憶から俺を見つめる彼女の姿を思い出し、ぎりぎりと歯を食いしばった。


 本気でここから出て行くことを考えねば……!


 一度、冷静になれる場所へ避難すべきだ。反撃はよくよく戦略を考えてだな。

 あー……、頼む、プリシラ。もうちょっと声を抑えてもらえないだろうか。俺の神経がすり減ってしまう。


 何度目かの挑戦で籠の蓋を開けた。二人は新婚特有の駄々甘い空気の中で酔いしれているので、俺が抜け出したことにも気が付かない。そのことを辛いと思ったり、ほっとしたり、様々な感情に翻弄されながら、そっと部屋を出た。とぼとぼと廊下を歩いていれば。窓際に何かがいた。


 思わず足を止めてそちらをじっと見つめた。

 月明かりの中にいたのはアイリだった。柔らかな光を浴びて、アイリの横顔が浮かび上がる。金に近い茶色のふわふわした毛が光を反射してとても美しかった。そしてその凛とした横顔に、何かがよぎる。


 なんだ、これは?


 不思議に思ってもう一度彼女を見るが、その感覚が生まれることがなかった。首を捻っていたが、何も変わらないので諦めのため息を付く。俺はこの雰囲気を壊したくなくて、そっとその場を離れようと後ろを向いた。


 ごん。


 なんだ???


 いつの間にか床に沈んでいた。背中に圧力を感じて顔を上げれば、そこにいるのはアイリだった。


『もう我慢できない。ちょっときてちょうだい』

『え、アイリ、喋って……?』


 激しい混乱にどうしていいのか、わからなくなっていた。アイリはふんと鼻を鳴らすと、俺を転がしてのしかかってきた。

 下から彼女を見上げると、ものすごく怒っているのがよくわかる。理由はわからないが、怒っている。本当に怒っている。これは絶対に反論してはいけないレベルだ。


『どうしようもない王子様ね』


 蔑むようなセリフに脳天が直撃された。

 ああ、どうして気が付かなかったのか。


『それでも愛しているのだから、わたしもどうしようもないバカだわ』


 鼻先に噛みつかれた。きっとキスなんだろうけど、細い歯が刺さって地味に痛い。

 俺は引きずられるようにして彼女の部屋に連れていかれた。


 ごめん、と謝ることもできずに俺は彼女の好きにさせていた。だってどうしようもないだろう。どうしようもない王子だと罵られて初めて一致したなんて。


 アイリーンは王妃となってからはとても優しい女性としてふるまっていたが、元々はそんな柔な性格をしていない。綺麗な思い出に隠されてしまったが、出会った頃のアイリーンはよく剣を振り回して俺を追いかけていた。

 そのたびに言われたのが、穀潰しだ。手が出るのも早かった。もちろん、女性だから乱暴をしたと言っても大した痛みなどないのだが、アイリーンに構ってもらいたくて何度かわざと失敗したこともある。


『……』


 今回の間違いは可愛い失敗では済まされない気がした。色々言い訳があるのだが……。

 うん、黙っておこう。


 俺は俺の命を守るために、沈黙する。



******


「可愛いわね、ふふ」


 そんなプリシラの幸せそうな呟きを聞きながら、俺も子育てに奔走していた。つい6カ月ほど前に産まれた我が子は3匹。俺に似たブルーグレーの毛をした男の子、アイリに似た茶金の毛をした男の子、一番下がアイリに似た女の子だ。どの子も可愛いが、どうしても大人しくしていない。アイリは出産後、とても眠いのか今もゆったりと籠の中でお昼寝中だ。


 プリシラにも子供が産まれた。結婚して1年後のことだ。不思議なことに、プリシラとアイリはほぼ同時に産んだのだ。種族の違いで妊娠期間が異なるにもかかわらずだ。


 だがそんなことに悩んでいる暇はない。やんちゃで怖いもの知らずの長男が見つからないのだ。長女はのんびり屋で自分の籠で昼寝中。次男は教育的指導中で俺の足の下だ。次男に体重をかけたまま、長男を見つけようときょろきょろするが見つからない。仕方がなく次男の首を咥え、アイリの寝ている籠へと戻る。


『へえ、父上ってやっぱりバカでしたね』

『そうよ、仕方がないわ』


 籠に近づいていくと小さな声だが会話が聞こえてくる。ため息交じりのアイリの言葉に固まる。


『父上って人間に変身できるとか思っていたりして』

『あり得るから笑えないわ』


 ぼそぼそと聞こえてくる二人の会話。内容からすると、アイリと長男だ。

 恐る恐る、次男を引きずり近寄ってみる。


『母上~! 父上が聞いているよ~』


 のんびりした声で次男が告げた。驚きに自分の咥えている次男を落としてしまった。


『なんだ!?』

『お前、喋ったらダメだろう? 父上に気づかれたじゃないか』


 長男がひょいっと現れた。


『これ以上黙っているのは父上が可哀そうだよ』

『何年も母上に気が付かなかった父上への制裁なんだから、可哀そうでいいんだよ!』


 どういうことだ?

 アイリがアイリーンだったことはわかっている。だが、子供たちはどうして喋っているのだ?


 あまりの現実にうまく処理できない。


『ねえ、もう父上とお話してもいいの~?』


 いつの間にか長女が隣に立っていた。まだ眠いのか目がしょぼしょぼしている。


『まあ、バレてしまったのは仕方がない』

『お前たち……本当にお前たちなのか?』


 信じられなくて呟けば。長男が鼻で笑った。


『こんな摩訶不思議なことになっているのはすべて父上の願望が強かったから。しかも猫に生まれ変わるなんて中途半端さが父上らしい』

『願望……確かにもう一度生まれ変わって幸せになりたいと思っていたが』


 お前たちは範囲外だろう?


 そんな声なき声を呟けば、気の毒そうに長女がぺろりと俺の頬を舐めた。


『父上ったら変なの。父上がいて母上がいて、子供たちがいて初めて幸せだと思っていたことに気が付いていなかったの?』

『え?』

『しかも、母上を間違えるし。真実の愛がいかに信用ならないか理解したね』


 辛辣に言ってくるのは長男だ。

 あれ、長男、生まれ変わって性格きつくなっていないか?

 もっと大らかでにこにこしていたような気がしたんだが。


『僕は元からこんなものですよ? 人畜無害の笑顔を浮かべている方が危険が少なかっただけで。父上知らなかったのですか?』


 わざとらしく俺の知る長男の口調で話された。愕然として長男のすました顔をまじまじと見つめた。


 長男がそんな性格だったなんて知らない。


『兄上はすっごく裏表が激しいよ?』


 当たり前のように次男が笑う。ちらりと長女を見ればこちらも反論はないらしい。


『ほら、それ以上お父さまをいじめないの』


 アイリが子供たちを(たしな)めた。子供たちを見る目は優しいが、俺はそれどころではない。


 どうしたら切り抜けられるだろうか。もちろん、俺がアイリーンを間違えたこともそうなのだが、気が付いてもずっと黙っていたこともまずい気がした。


 ああああ、本当にこれはどうしたらいいんだ?


『ねえ、積もる話が沢山あるわよね、レオ?』

『あ、ああ。あああああ、そうだ。ちょっと仕事が』


 恐ろしい笑顔を見つめ、俺は冷や汗をかいた。


『仕事だって』

『もうちょっと上手な言い訳が思いつかないのかな?』

『猫のお仕事って、なんだっけ?』


 子供たちの話す声がするが俺は声が出せなかった。一歩一歩近づいてくるアイリに恐怖が募る。いや、ここで引いたら駄目だ。ちょっと間違ったくらいではないか。ありったけの愛情を示せば、きっと言いくるめられる!


 覚悟を決めると、俺はアイリを押し倒した。そのまま反撃を許さず体を床に押し付けたまま、べろべろと頬を舐める。


『れ、レオ!?』


 初めて狼狽えた声を上げた。よし、いける。視線だけで子供たちを出て行かせて、俺はこの溢れんばかりの愛情を理解してもらおうと頑張った。


『こんの、バカ! 子供がいるんだから場所を選んで!』


 渾身の一撃をもらったが、にやりと笑った。

 どうやらアイリは俺の失敗を許してくれるようだ。



 うん、愛している。

 きっと次も一緒になろう。








追記:

『ところで、プリシラはどうしてあんなにアイリーンに似ているんだ?』

『この子爵家、どうやらひ孫の誰かが起こした家のようだから似たんじゃないの?』





Fin.




最後までおつきあい、ありがとうございました。


ブクマ、評価、感想もありがとうございました。少しでも楽しめたら嬉しいです。



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