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現実はなんて辛いんだ



 誰よりも輝いていた。愛されている女性の輝きは宝石よりも美しい。


 白いドレスはウエストから徐々に下に向かって広がっている。すらりとした体つきをしたプリシラにはとてもよく似合っていた。派手ではないが、丁寧な刺繍が裾に向かうほど細かく施してある。その刺繍はプリシラが刺したものだ。


 生まれ変わる前のアイリーンも手仕事が得意であったが、プリシラも素晴らしい腕をしていた。貴族令嬢が手仕事をたしなみとするのは当然ではあるが、その出来栄えは本職の施したものと遜色はない。

 夜遅くまで一人で縫い上げると言って作っていた姿を思い出し、胸が痛む。彼女はそれだけロバートと結婚することを心待ちにしていたのだ。側に俺がいるのに、彼女の愛はロバートただ一人に向けられた。


 いつまでも過去を忘れず持ち続けているのは俺だけだ。その現実が身を切るほど辛い。


 晴れ渡った空の下、ロバートにエスコートされ祝いに駆け付けた人々に挨拶をする。今のプリシラは子爵令嬢だ。国王としての過去の自分たちとは違いささやかな結婚式であったが、皆が喜び、笑顔で祝ってくれる。


 その暖かな空気に居た堪れなくなった。アイリーンが亡くなった時の次は平民として、と言ったその言葉がずっしりと重くのしかかる。きっとアイリーンも何の駆け引きもない幸せが欲しかったのだと思う。


 俺は生まれ変わって記憶が戻ったが、プリシラはアイリーンとしての記憶を取り戻さなかった。そこに俺たち二人の間に本当に愛があったのかがわからなくなってきた。


 いや、俺は今でも愛している。


 どす黒い思いが小さな猫の胸の中を渦巻いた。その黒いものが体から出て彼女の夫となった男を引きちぎりそうだ。じっと幸せそうな笑顔を見せるロバートを憎々しげに睨みつけていた。一人、一人と客が帰っていく。帰宅する客の挨拶を夫婦となった二人で受けている。その様子を少し離れた位置に座ってじっと見続けた。


 プリシラの心から俺への愛がなくなってしまったんだろうか。


 思考がどんどんと暗く落ちていく。俺自身もおかしくなっている自覚はあった。だが止めることができない。


 この世界に生まれて、プリシラに再び巡り合って5年。


 俺は何のために生まれ変わったのだ。ただひたすらに愛するアイリーンともう一度幸せな人生が送りたかったからだ。


 あの時代は本当に大変だった。政治が乱れ、民は貧困にあえぎ、守るはずの国は他国の侵略にも耐えられなかった。そこから父と異母兄たちを排除し、他国の兵を退け、もう一度国としての基盤を作り上げた。


 15歳になった時、異母兄の策略により一番他国の侵略が多い辺境に追いやられた。


 俺は父親である国王の寵姫の息子で、3番目の王子だった。母親の身分が高ければ問題なかったのだろうが、母親は男爵家の令嬢だった。平民でなかっただけよかったとは思う。

 平民と変わらない暮らしをしていても一応貴族だ。それなりの体裁は整う。特に王妃になるわけではない。側室として後宮に入っただけだ。

 国王の寵愛があったから、金銭的な不自由はなかった。夜会も茶会もそれなりに開かれ、その都度、ドレスと宝石も新しいものを強請(ねだ)っていた。母親は女としての野心が強く、生まれた俺のことも駒ぐらいにしか思っていなかった。


 俺には王妃の子である王太子や他の側室の子である異母兄に負けるなと、常に最高の教育を用意した。それなりに能力のあった俺は母親の機嫌を損ねない程度に実力をつけた。それがよくなかったのだろう。異母兄たちにとって目障りになっていった。母親が俺を王にしようと画策していたことも後押しして、とんとんと調子よく王都追放になった。母親は罪人として毒杯を飲んだ。


 追放先がいざこざの絶えない辺境で、俺の管理を任されたのが辺境伯だ。辺境伯の娘がアイリーンだった。初め、アイリーンは俺のことを毛嫌いしていた。何も知らない、穀潰(ごくつぶ)しの王子だと。何故か腹が立った。異母兄たちにバカにされても怒りを感じることはほとんどなかったのに、アイリーンにバカにされるのは嫌だった。


 悔しさに沢山学んだ。体も鍛えなおした。そして周りを見てみればあまりのひどい国の有様に愕然とした。王都の王宮にいては知ることのない現実だった。


 そこから3年、自分のできることをとただひたすらに突き進んだ。いつの間にか、俺を罵っていたアイリーンは側により、俺の目の行き届かないところを埋めてくれるようになった。想像以上の辛さに立つこともできず(うずくま)れば、優しく包み込んでくれた。


 彼女がいたから、やってこれたような人生だ。出会って4年目には結婚し、子供もできた。辛くて大変なことも多かったが、辺境での暮らしはさほど悪くはなかった。


 俺の人生が一変したのは、父と異母兄たちがアイリーンと子供たちに刺客を送ってきたからだ。あれほどの怒りを感じたことは人生で初めてだった。

 やられる前にやってしまおう。既に国はボロボロでいつ崩壊してもおかしくない状態だ。アイリーンの父親である辺境伯の伝手と自分が作り上げてきた繋がりを使って、王都に戻り父と異母兄たちを(しい)した。

 実の父と兄たちを手にかけた王など認めぬ、恥知らずな簒奪者(さんだつしゃ)とも言われたが、腐った貴族たちの罵り声など俺の心には響くものはない。俺に逆らうのなら、処分するまでだ。


 アイリーンを手放せずに子供たちと一緒に王都に呼び寄せた。王位についたからといっても、これからも茨の道だ。


 だがそれでも。

 俺たちは愛し合っていた。彼女と子供たちを守らなくてはという思いが、辛い現状を乗り越えさせてくれた。


 だから、彼女ともう一度。

 もう一度、出会って今度こそゆったりと幸せになりたかった。


 なのに現実は俺ではなく、ロバートが彼女の隣に立っている。彼女も微笑みながら彼に惜しみなく愛を返している。


 俺が一番望んだ穏やかで幸せな時間。


 目の前の光景をどうしても受け入れられない。







 そうだ、彼女を俺のものにするために閉じ込めてしまおう。綺麗な離宮を立てて、宝石で飾って。彼女の足には足かせをつけて。誰の目にも入らないように、俺だけの宝物。いつまでも大切に閉じ込めて、寂しくないように側にいる。泣くこともあるかもしれない。それでも……。







「レオ」


 いつもの優しい声で名前を呼ばれた。思考の海にどっぷりはまっていた俺は何も考えずにふらふらとプリシラに近寄った。彼女の手の届くところへたどり着けば、ひょいっと体が持ち上がった。そして、男の持っている籠に入れられて蓋をされる。


「今日からここが寝床よ。ごめんね、しばらく我慢してね。用意したお部屋はアイリが気に入ってしまったの。あなたたち二人がもう少し仲良くなったら一緒の部屋にするから」


 ふおおおおお!


 なんと、閉じ込められたのは俺の方だった。




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