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078 このお婆ちゃんやらかしすぎです


 まるで安らかに眠っているかのような真っ黒なローブ姿の小さなお婆ちゃん。

 本当にこの人が魔界長なんだろうか?


 髪は真っ白。

 顔はシワクチャ。

 枯れ枝のような手足。


 うむ。

 どう見てもただのお婆ちゃんだ。


 だが、なんて言うんだろ。

 雰囲気。

 そう、雰囲気だな。


 この婆ちゃんは、数千年もよわいを重ねた魔女の威厳や雰囲気を持っているのだ。

 となれば、やはり魔界長で間違いないのだろう。


 しかしまぁ、うちの元神界長といい、この魔界長といい、どちらも年寄りが仕切ってたとはねぇ。

 道理で旧態依然としたシステムのままだとは思ってたんだよ。


 そんでも神界はまだマシなほうだ。

 割と新し物好きな副神界長マリーの尽力で、カミンやカミッターなどのSNSがあるくらいだしな。

 食事が例の女神丼しかなかったあたりは驚愕したが、それは俺が改善し、大躍進を遂げたからよかろう。


 などと考えていると足の痛みもどこへやら、フランが俺の背から降り、倒れ伏す老婆の顔をつついている。


「つんつん、反応がないわね。ショックで永眠しちゃったのかしら。ねぇアキト、今回は胸をつんつんしないの?」

「するかっ! 婆さんの乳をを触ってなにが面白いんだ! それに魔界長がそう簡単に死ぬかっ! お前はさっきから勝手に死んだと……」

「ぬ……いかんいかん……床で寝るのはアタシの悪い癖じゃわい」


 床で寝てたの!?

 じゃなくて。


 しゃべった!

 でもなくて。


 老婆は何事もなかったかのようにむくりと起き上がった。


 バカな。

 妨害装置の効果で、この婆ちゃんからは魔力を全く感じないぞ。

 なのに悠々と身体を起こすなんて……


 元神界長ゼノウルス爺ちゃんもそうだったけど、やっぱり魔界長ともなれば魔力などなくとも動けるもんなんだな。

 さっきの美人魔族なんて動けないどころか目すら見えてなかったのに。


「なんじゃお前たちは?」


 エッチラオッチラと髑髏ドクロまみれの椅子へよじ登る婆ちゃん。

 ちっこい癖にそんなデカい椅子を作るから……


「あー、えーと……伝言を預かってきました。ほれ、フラン」

「え? 私!? んーと、んーと……なんだっけ?」


 俺どころか魔界長までズッコケてる。

 なかなかユーモアに理解のある婆ちゃんだ。


 それはいいがフラン!

 お前は鳥頭か!


「あっ! そうだそうだ、魔界長さま。全魔族46名は全て無事なれど、なんかの妨害で魔力がなくなっちゃって戦闘不能でありまーす!」


 言い終わると鯱張った敬礼をするフラン。

 うむ、三等兵以下の報告だな。

 後半適当すぎるし。

 これほど伝言ゲームに交ざっちゃいけないヤツは初めて見たぞ。


「……あいわかった。やはり彼我ひがの戦力差が……」


 ブツブツと呟き始める魔界長。

 てかさ。

 俺がいることになんの不信感も抱かないんですかね?


「魔界長の婆さん。お悩みのところ申し訳ないんですがね。本題はここからなんですよ」

「そうよそうよ! 覚悟なさい!」

「……ほう?」


 さして動揺した風もなく、俺たちを見つめる魔界長。

 肝が据わってやがる。

 さすがだ。


「名乗りを挙げるのよアキト! 私は副神界長、救済の女神フランシア! その、そっ首ぃ、あ、落として見せましょ~う!」


 歌舞伎役者かっ。

 見栄を切るな見栄を。

 変な番組見すぎなんだよお前は。


「俺は神界長の火神秋人ヒカミアキト……じゃなかった、秋津火吐大神アキツヒトノオオカミだ」


 俺の言葉に、口と目を丸くする婆ちゃん。

 ふっふっふ。

 やっと驚いてくれたようだな。


「ほうほうほう! ゼノウルスのジジイはようやく代替わりしたのかえ! ほっほっほっほ、老骨には神力封印がよほどこたえたと見える! ほっほっほ! ざまを見るがよいわ!」


 口元に手を当て、心底楽しそうに笑う魔界長。

 その割に、目はなんだかちょっと寂しそうだ。

 なんなんだよ。


「我が名は魔界長ヘルラエル。気さくにヘルちゃんと呼んでもよいぞ」

「呼ぶかっ!」


 いかんいかん。

 いつもの癖で、ついツッコミを入れちまった。


 そういやゼノウルスさまも似たようなことを言ってたな。

 年寄りってのは似るもんなのか?


「ほっほっほっほ。若さとは無謀な物。そして、それ故に無知な物よ」


 なんだ?

 なんなんだこの余裕は。


 贔屓目に考えても追い詰められているのはそっちだろうに。

 どうしてそんな風に笑っていられる。


「ヘルラエルさんよ。こっちも遊んでる暇はねぇんです。神々の封印はどうやったら解けるのか話してもらいますよ」

「ほっほ、なんじゃい、そんなことのためにわざわざ魔界まで乗り込んで来たのかえ。無力な年寄り相手にご苦労なこった。ほれ、そこの端末に赤いボタンがあるじゃろうて、それを押せば神どもの封は解ける」

「フラン」

「わかったわ」


 俺はヘル婆さんから目を離さず、声だけでフランを促す。

 フランも珍しく察しがよくて助かるぜ。


「もうひとつ、聞きたいことがあるんですがね。地球を狙ったのはあんたか?」

「ほほほっほ、そうじゃ。アタシが【絶氷ぜっひょう】の魔界長スキルを施した」


 魔界長スキル!?

 なんか強そう!

 こっちも神界長スキルとかないのかな!?


「んで、その理由は?」

「簡単なことよ。文化レベルの高い人間ならば、良質な悪感情を放つからじゃわい。それは我らの大きなかてとなる」

「本当にそれだけ?」

「な、なんじゃい。それだけじゃもーん」


 もーんじゃねぇよ。

 ちっともかわいくねぇぞ。


「もう用は済んだじゃろうて、とっとと帰ってゼノウルスに『馬鹿め』と伝えるがよい」


 やはりなにか婆ちゃんの言動には違和感を覚える。

 神族に封印を施した、まではいい。

 問題はなぜそのあとすぐに攻め込まなかったか、だ。


 神々がいるから魔族は滅亡に瀕しているんだろ?

 だったら積年の恨みも相当なもんだろうに。


 なら神々を逆に滅ぼせば魔族は繁栄できるんじゃないの?

 それをしないってことは、なんらかの策略でもあるんですかね。


 ここはいっちょ、カマをかけてみるか。


「あ、思い出した。ゼノウルスさまから魔界長へ伝言を頼まれていたんでした」

「な!? な、な、なんじゃ、はよう言うてみい!」


 この動揺振り。

 なにかあるのは間違いない。

 それもゼノウルスさま絡みでだ。


 ここからは俺の博打になっちまうが、イチかバチかも嫌いじゃねぇぜ。

 カマかけのコツは、あたりさわりがないようでいて、含みや思わせぶりを混ぜ込むことだ。


「えーと、あなたに会いたいとおっしゃっていましたよ。二人きりで話したいことがあるとも言っていましたね。なんでも、お二人の過去と未来に関係するとか」

「えぇー!? ほ、本当かえ!? あわわわ、ど、どうしよう! じゃが、なにを今更話す気なんじゃい。はっ!? まさかあの時の約束を……!? いやん!」


 大ビンゴ。

 見ろよこの慌てぶり。

 まるで恋する乙女だ。


 あんのクソジジイ。

 絶対この婆さんと過去になにかあったんだよ。


 それも男女の間柄でな!


 おおかた付き合うだけ付き合ってポイした、とかなんだろう。

 びっくりするほど好色な爺さんだからね。


 現神界長たる俺の権限をもって、のちほどゼノウルスさまは説教コースの刑に処す。

 余計なことしまくりやがって。


 アホみてぇな痴話喧嘩の結果がこれなら、いくらなんでもこじれすぎだろ。

 どうすんだよこの後始末。

 俺は知らんぞ。


「あっ、これかな。ポチっとな」


 フランもようやく婆さんに言われたボタンを見つけたらしい。

 ふー。

 これで女神たちのことは一安心だ。


 とか思ったとき。


 うしろへ引っ張られるような感覚に襲われた。

 慣性の法則だろう。

 つまり、この魔界が移動を開始した……のだ?

 なんで!?


「おい婆さん! 頬を染めてる場合じゃねぇって! なんで魔界は動き出したんだ!?」

「いやん! いやん! そんな! …………へ? あぁぁ!? まさかボタンを押したのかこの阿呆あほう!」

「なに!? 俺たちを騙したのかこのババア! 神々の封印が解けるってのは嘘かよ!」


 思わず詰め寄った俺。

 婆さんの薔薇バラ色だった頬が一気に青ざめる。

 それほどに重大ななにかが起こったのだと読み取れた。


「封は間違いなく解ける。神々なら数時間もすれば動けるじゃろうて」

「魔界はどうなる?」

「…………神界もろとも地球へ落下するじゃろうのう……」

「「はぁぁぁ!?」」


 驚愕するしかない俺とフラン。

 なに考えてんだこの婆ちゃん!


「なんでそんなことしたの!? バカじゃねぇの!?」

「じゃって、未だにゼノウルスのことを愛してるんじゃもーん! 添い遂げられないなら、いっそ巻き添えに心中してやろうかと思ったんじゃわい! どうせ放っておいても我らは滅亡を待つのみじゃわ! ほれアキトとやら! さぁ殺せ! そのあとお前たちも死ぬがのう! ほーっほっほっほっほーだ!!」


 やけっぱち気味に床で大の字になるヘルラエル魔界長。

 呆然とするしかない俺とフラン。



 どうすんのこれ!?




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