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066 ついにやったぜ賃金アップ!


 翌日。


 俺は眠たい頭をごまかしながら、普段通りに職務をこなしていた。


 神界では役員クラスになると、フレックスタイム制が適用される。

 ざっくり言うと、好きな時間に始業して好きな時間に終業できるわけだ。


 つまりは重役出勤ってやつ。

 これのおかげで気だるい朝も無理に起きる必要はない。


 はずなんだが。

 それを許さない存在がいる。


 まぁ、フランのことなんだけどね。


 フランは救済部部長のままなので、出勤時間は決まっているわけでして。

 自分だけ強引に起きねばならぬのが癪に障るらしく、隣で惰眠を貪ろうとする俺をなんとか巻き込もうとしてくるのだ。


 最初は普通に起こしてたんだが、だんだん叩き起こされるようになった。

 だが、不屈の精神力でそれにも慣れてしまった俺に、フランはとうとうねっちりとしたキスで攻めてきたやがったんだ。


 さすがの俺もこれには負けた。

 負けるしかなかった。

 まさに連戦連敗。


 しかし敗北感はない。

 むしろ多幸感すらある。


 そもそもこれに反応しないような不能者なら、永眠したほうがマシってもんだからな。


 っつーわけで、ここのところ毎朝普通に出勤してるのです。



 それにしても、昨日は参った。

 いきなり結婚しろとか言い出したウェスタニアさんを、マリーが強引に退去させなかったら一触即発の危機だったぞ。


 ミリィなんて元が正義執行部所属だっただけに、専務と言う肩書を恐れることもなく攻撃スキルを放とうとしてたしな。

 銀髪ツインテが逆立ってるのを見た時には、この俺すらも怯ませる迫力に満ちていたね。

 ついでにゴスロリ服がまくれあがって色々見えてしまったのはラッキースケベだったけど。

 青と白の縞パン、ご馳走様でした。


 そしてあの温厚なユエルでさえ、頬をぷっくりと膨らませてご立腹の様子だった。

 そんな姿もかわいらしくしか見えないんだから、幼女ってのは得だよな。


 フランもアホ毛をブンブン振って猛抗議していたが、こいつは神力を失ってるからいまいち緊迫感がない。


 こんな愉快な連中を俺が止めている間に、マリーはウェスタニアさんをどこかへ連れて転移していったってのが昨日の顛末だ。


 俺はそんなことを思い起こしながら書類に次々と認印を押す。

 このハンコ、見てくれよ。

 総務部から支給されたものなんだけどさ。

 片仮名で『アキト』って彫ってあるの。


 バカみたいだろ?

 こんなんでいいのかよ。

 一応正式な実印なのに。


「アキトー、神事部から連絡よ」


 パチンパチンと書類をホッチキスで止めながらパソコンのメールをチェックしているフラン。

 意外と器用なのが笑える。


「ん? アストレア部長か?」


 俺も判を押す手を休めず問い返す。

 てか、いったい何百枚あるんだこれ?


「うん。救済部に来客があるからよろしくって」

「へぇ?」

「ああ、それはわらわが呼んだのじゃ」


 ソファから手をピラピラさせるマリー。

 こいつ、人が仕事してるってのに、携帯ゲーム機で遊んでやがる!

 しかもうつ伏せに寝そべり、優雅にストローでジュースなんか飲みながらだぞ。


 くそぅ。

 俺も副神界長になりてぇ!

 こんなんで給料もらえるとか有り得ねぇだろ!


「ふーん。で、誰なんだ?」

「見ればわかるのじゃ」


 マリーが言い終わるか終わらないかって時。

 俺の身体に感じたのは、転移の際に生じるほんのわずかな重力震。


 うお。

 もう来たのか。

 やべ。

 お茶の用意もしてねぇや。


 ヒョインと現れたのは一人の女性。


 ショートボブの黒髪に、まつげバッサバサの切れ長な黒い瞳。

 高い鼻梁。

 微笑みを湛えた唇には赤いルージュ。

 豊満な身を包むはクリーム色のスーツ。


 とにかくすっごい美人だ。


 …………で、この人は誰だよ?


 見ればわかるはずじゃって言ってたけど、さっぱりわかんねぇ。

 俺は問うように答えを知っているはずのマリーを見やる。


「誰じゃお主?」


 ズベンとコケる俺とフラン。


「おいぃぃぃ! お前が呼んだんだろぉぉぉ!?」

「だってわらわも知らぬんじゃもの!」


「……おはようございます。アキトくん、マリアベル副神界長、フランシアさん……」


 笑みを湛えたまま言う謎の美女。


 ん?

 アキトくん?


 って、おい。

 まさか。


「節制の女神ウェスタニア、参上しましたわ……」

「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


 あの床まで伸びた貞子みたいな髪は!?

 曲がった猫背は!?

 病んでるとしか思えないあの陰気さは!?


「何事ですか!? 敵襲ですか!?」

「どうしたんですかぁ~!?」


 俺たちの絶叫に驚いたのか、迷える子羊裁定室からはミリィが、食堂からはユエルが飛び出してきた。

 フランから説明された二人もついでに絶叫している。


 そら驚くわな。

 いくらなんでも様変わりしすぎだろ!

 元は貞子だったのに、なにをどうしたらこうなるんだ!?


「と、取り敢えず、専務にお茶を淹れてくれフラン」

「あ、そ、そうよね! 任せて」


 フランは戸惑いながらも給湯室へ吹っ飛んで行った。

 客人をもてなすにはフランのお茶が最適だろう。

 お茶だけは天才的に美味いからな、あいつ。


 ウェスタニア専務だと名乗る美女を上座のソファへ案内し、俺とマリーが下座へ腰かける。

 紅茶を用意したあと、フランとミリィ、ユエルはこそこそと隅っこへ移動していった。


 必要以上に離れず、俺たちの会話が聞こえる程度の距離だし、さすが女の子は噂好きってところか。

 いや、昨日の一件もあるから、余計なライバルが増えないように牽制しているだけかもしれない。


「あ、冷めないうちにお茶どうぞ」


 俺が促すと、専務はなんとも繊細な手つきで角砂糖とレモンをカップへ入れた。

 この人、やっぱり立ち居振る舞いがきちんとしているな。


「美味しい……お茶なんていつ以来かしら……」


 ほぅ、と遥かな過去を思い出すように遠くを見ながら、いかにも甘そうな吐息を漏らすウェスタニア専務。

 薄く口紅のついたカップに、少しドキリとする俺。


 大人の色香ってやつですかぁー?

 これがフランたちだと、綺麗と言うよりどうしても先にかわいいって単語が浮かぶもんな。


「ところでウェスタニアよ、ずいぶんと様子が変わったようじゃが」

「あら、副神界長が昨日おっしゃった通りにしただけですわ……」


 自分で問うておきながら渋面になるマリー。

 おい、なにを言ったんだ。

 ってかマジでこの人ウェスタニアさんなんだ!?


「わらわは、賃金の改善をせよ、と言っただけじゃぞ」


 おお、マリーは賃金交渉をしてくれたのか!

 やるじゃないか。

 さすが副神界長は俺らの味方だよな!


「それはつまり、節制の女神であるわたくしに節制をやめよとおっしゃったわけですわよね……?」

「ま、まぁ、端的に言えばそうなるかの」

「と言うことは、それがわたくしとアキトくんが結婚する条件であると……ならばわたくしも決意をして髪を切るしかないではありませんか……」

「なんでそうなるのじゃ!!」


 なんでそうなったの!?

 俺はなんにも聞いてないよ!?


「アキト、すまぬ。こやつは昔から思い込みが激しくての。節制のためだからと散髪代もケチるような女じゃ」

「まあ! 失礼ですわよマリアベル副神界長。倹約、とおっしゃってください」

「あれのどこが倹約じゃ! 食堂部の予算までケチりおって! なぁにが女神丼じゃ! あんなもんを食わされていては、豊穣の女神ユエルとて食材の具現もできなくなるに決まっておろう! アキトが神界にこなかったら今頃どうなっておったか!」


 な、なるほど。

 現世に降臨してこのかた、ユエルはあの女神丼しか食べていなかったのか。


 具現において重要なのはイメージだ。

 つまり、食材の味も形もわからないんでは、出しようがないってことだな。


「そうは言われましても……それが主神さまのご意向でしたもので……最低限の栄養さえ摂れれば良いと……」

「「はぁん!?」」


 思わず気色ばむ俺とマリー。


 おいおい。

 主神さまってのはそこまでろくでもないのか?


 我が子も同然、いや、ほぼ我が子であろう女神たちに、最低限の栄養でいいって?

 ふざけんなよ。


「じゃが、ウェスタニアよ。もうこれでわかったじゃろう。お主、アキトが作った母親との思い出の料理はどう感じたのじゃ?」

「……ええ。まるで幸だった時間を取り戻したようでしたわ……」

「実はの。ロンデニオンのお主が住んでおった生家で、母親の声が聞こえたのじゃ」

「……なんですって!? それは本当なのですか!?」


 マリーから目で促され、頷く俺。


「はい。わずかな時間の顕現でしたが、あなたの母と言ってましたよ。ウェスタニアさんのお母様のおかげで、あの料理のレシピと、これを見つけることができたんです」


 俺は懐から、巻紙を取り出す。


「たぶん、これはお母様からあなた宛ての手紙でしょう」


 俺は専務の震える手を取って、そっと手紙を渡した。

 ウェスタニアさんは蝋の封印を割り、文面に目を走らせる。


 言っておくが、俺たちは内容を知らない。

 そして、読まずともわかった。


 ウェスタニアさんの切れ長な瞳が大きく開き、ボロボロと大粒の涙を流したからだ。


「お母さん……」


 口元を押さえ、嗚咽を我慢するウェスタニア専務。

 なんでかフランたちやマリーまで貰い泣きしてるし。


 やめろぉ。

 俺まで泣きそうになるだろ!


「……重ね重ねありがとうござます、アキトくん…………節制とは自らを律し、他の人々に幸せを分け与えること、と母から叱られましたわ。そしてわたくし自身も幸せにおなりなさい、と……」


 はらはらと涙を流したまま俺の手を取るウェスタニアさん。

 今までの陰気な雰囲気もどこへやら、まるで憑き物が落ちたような晴れ晴れとした笑顔。

 これが本当のウェスタニアさんなんだろうな。


「節制の女神ウェスタニアの名に於いて、賃金のアップをお約束いたしますわ……!」

「「「「「!!」」」」」


 思わず顔を見合わせる俺たち。


 やった!

 やったぜ!!

 さらば貧乏神!!


「わーい! やったねアキト! あれ食べてー、これも食べてー、うぅーん! ワクワクが止まらないわね!」

「アキトさん! これで広いお部屋へ引っ越せますよ! アキトさんと私の愛の巣が……ぐふふふ」

「さすがアキトさんです~! 広いキッチンが欲しいですね~!」

「これこれ! わらわも褒め讃えるべきであろう! 尽力者なんじゃぞ! でも、とりあえず、うわーい! 新作ゲームが買えるのじゃー!」


 まだ貰ってもいない給料で妄想を始めるフランたち。

 皮算用もいいとこだが、気持ちはわかる。


「ですが、わたくしはアキトくんとの結婚はあきらめていませんからね……!」

「「「「「えぇー!?」」」」」


 喜ぶ俺たちに水を差すのも忘れないウェスタニアさんなのであった。




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