065 専務の涙、再び
数日後。
いよいよ本番の日を迎えた。
つまり、ウェスタニア専務に料理を振る舞う時が来たのである。
最初の試作から何度か調整を重ね、納得のいく味に仕上がったのが昨日のことだ。
だってさぁ、フランたちが生意気に『コクが足りないわね』とか『もうちょっとパンチを利かせたらどうです?』とか『わらわは濃いほうが美味しいと思うのじゃ!』とか言い出すんだもん。
こいつらは俺の料理を食い慣れてるせいか、変に舌が肥えてきやがったようで結構辟易したぞ。
まったくもう、いつから料理評論家になったんだっつーの。
ひとつ僥倖だったのは、迷える子羊たちの中に、たまたまロンデニオン人がいたことだろう。
これ幸いと根掘り葉掘り聞きまくったね。
なんでもこの豚汁と炊き込みご飯のようなものは、向こうでもかなり伝統的で、祝い事なんかの時によく食べる料理らしい。
なので、ロンデニオン各地に幅広く伝わってるものなんだそうだ。
やはり地域によって、味に多少の違いはあるようだが、概ね俺が作ったもので合っていると話していた。
しまいには強引に味見させて意見を聞いたんだから、まず間違いあるまい。
死者に鞭打つような所業ではあったが、彼にはその功績と俺からの感謝を讃えて裕福な家庭に転生させてやろうと思う。
ありがとう!
新しい人生を存分に謳歌してくれ!
と、まぁ、こんなわけでロンデニオン料理のトゥンズーとタキメッシーは完成を見たわけだ。
……アホみたいな名前だが、これが向こうでの正式名称らしい。
まさかとは思うが、遥か昔にロンデニオンへ転生した日本人が豚汁と炊き込みご飯を伝えたとかじゃあるまいな……?
いくらなんでも酷似しすぎだろ。
ともかく、俺たちの仕込みは万全。
あとはマリーが副神界長権限でウェスタニア専務を強引に食堂へ連れて来るのを待つばかりだ。
当初は専務の部屋に乗り込んで、直接料理するところを見せようかと考えていたんだが、どうも神界の個室にはキッチンと言うものが存在しないらしい。
なので、仕方なくいつもの食堂に招待するしかなかった。
問題は彼女が素直に応じてくれるかだよな。
「うー、なんかドキドキしてきちゃった」
「どれどれ?」
「なによそのワキワキさせた手は! 胸を鷲掴みにしようとしないでよ! アキトのエッチ!」
ペシンとフランに手を引っ叩かれた。
緊張をほぐしてやろうと思ったのに、俺の気遣いがわからんとは浅慮なヤツめ。
そもそも寝る時はだいたい毎日触ってますよ?
フランが寝てからこっそりですけど。
グヘヘヘ。
おい、卑怯者とか変質者とか言うな。
男はだいたいこんなもんだろ!?
なぁ!?
うんって言えよ!
「アキトさん。私も緊張してきたんで、胸を触って確かめてください。なんなら脱ぎますか?」
「いいの!? じゃなくて、ここで脱ぐなミリィ!」
マジでゴスロリ服を脱ごうとするミリィ。
なにこれ?
フランヘの対抗心なの?
誰もいなきゃ許可するけども!
「お前たちはユエルを見習えよ。最後まできっちり仕上げようと料理のチェックに余念がないだろ」
「当然ですよ~。やっぱり美味しく食べていただきたいので~」
パタパタと忙しく歩き回りながらも返事をするユエル。
料理の味、盛り付け、配膳位置などを細かくチェックしている。
ほら見たまえ。
この精神。
まさに料理人の鑑だよ!
む。
食堂の一画に重力震を感じる。
いよいよご登場か。
うまくやってくれたなマリー。
「フラン、ミリィ、ユエル。専務が来るぞ」
「えっ、りょ、了解!」
「承知」
「こちらも準備オーケーです~」
ヒョイン
マリアとともに噂のウェスタニア専務が転移してきた。
うひー!
相変わらず貞子みたいな姿で怖ぇー!
あ、でも服だけはちょっとおしゃれになってる。
余所行きかな?
だが、フランは専務を初めて見たもんだから失神寸前だ。
そういやホラー映画が苦手だったな。
こいつ、ホントに女神か?
「いらっしゃいませ、ウェスタニア専務。突然お呼び立てして申し訳ありません」
精一杯格好をつけた声で言う。
ミリィが笑いをこらえてる様子なのはなんかムカつくが。
「…………いえ。こちらこそご招待ありがとうございます。アキトくん……」
意外にはっきりした声で話す専務。
それはいいけど、『アキトくん』……?
「本日は、ウェスタニア専務に料理の試食をしていただきたく思います」
「まあ、私などでよろしいのでしょうか……」
「ええ。専務のためだけにご用意いたしましたので」
「嬉しいですわ。アキトくん……」
なんで『くん』呼びなのかわからんが、快諾してくれたようでなによりだ。
よっしゃ。
ここからが見せ場だぞ。
「フラン、ミリィ、頼む」
「は、はい」
「お任せを」
まずはフランが震える手でお盆に料理を乗せて運んできた。
おい、頼むから転ぶなよ。
落ち着け、ゆっくりでいいから。
「し、失礼します」
ブルブルと器を専務の前に置く。
こら!
そんなに揺らしたら……!
ほっ……なんとかセーフ。
お約束が発動しなくてよかった。
全てのお膳立てが危うく台無しになるところだったぞ。
真っ青な顔のフランに俺の後ろへさがってろと手で合図をしておく。
それにしてもビビりすぎじゃね?
ミリィはさすがに肝が据わっていて、そつなく器を運んでいる。
後輩に負けてんぞフラン。
「ロンデニオンの伝統料理、トゥンズーとタキメッシーです。できるだけオランドル地方の味に近付けてありますので、ぜひご賞味ください」
「…………まさか……本当ですの?」
オランドル地方とはウェスタニア専務の故郷あたりを指す地名である。
そんくらい事前に調べておかないとインパクトがないんでね。
「ああ……いい香り……」
香りを堪能した専務は、シュルリと豚汁をすすった。
「こ、これは……」
目をつむって味わう専務。
そして、その目からは一筋の涙が流れ落ちていた。
ま、目はクソ長い髪に隠れて全く見えないんだけどね。
だが涙は見えたさ。
綺麗な嬉し涙がな。
「…………お母さん……これはお母さんの味ですわ……うっうっ、お母さぁん…………」
よっし!
心の中でガッツポーズを決める俺。
狙い通りだ。
「……グスッ……では、改めていただきますわね……」
専務はきちんと両手を合わせてから食べ始めた。
お行儀いい!
「ご、ごくり……」
「しかし、綺麗に食べるもんじゃのー……」
俺もマリーの意見に同意だ。
フランなんて息を飲んでる。
それほどまでに美しい箸使い。
そして所作。
これはよほど両親の躾が良かったとしか思えないぞ。
食べかたにはその人の品性が一番出るもんだからな。
クチャラーなんて論外もいいとこ。
あれはもう人間ですらない。
俺個人の意見だけどね。
ウェスタニアさんは食べ終わると箸を置き、またも両手を合わせてご馳走様をしている。
俺の内部で彼女の好感度はウナギ登りだ。
見た目は怖いままだがな。
「……アキトくん」
「はい。いかがでしたでしょうか?」
「……まさか、生きているうちに母の料理を再び味わえるとは思いませんでしたわ……だから結婚してください」
「それは良かったです、って、はい!? いまなんて!?」
「…………」
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
俺の問いも専務の返答も、フランたちの絶叫によってかき消されるのであった。




