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054 専務の涙


「へ?」

「は?」

「はい~?」


 あんぐりと口を開けるは、俺の愛する女神たち。

 すなわち、フラン、ミリィにユエルである。


「じゃーかーらー、わらわもアキトのお嫁さんになったのじゃと言うておろうが」

「?」

「?」

「??」

「言葉がわからないフリをするでないのじゃー!!」


 先程から繰り返されるこのやり取り。

 どうやらフランたちは過酷な現実を受け止めたくないようだ。


「アキトもなんとか言ってやっておくれ!」


 うへ。

 とうとうお鉢がこっちに回ってきたか。


 やだなぁ。

 どうせキレられるんだろうなぁ。



 俺とマリーは、資料室からこの救済部長室へと戻ってきた。

 既に就任パーティーの後片付けも終わり、みんなで一服していたところらしい。


 他の女神たちは帰ったらしく、残っていたのはいつもの三人娘のみ。

 アストレアさんも帰っていたし、これ幸いとマリーが大々的に婚約(?)を発表したってのが今の状況である。

 確かに彼女が知ったら烈火のごとく怒り狂いそうだ。


 ん?

 資料室で遭遇した専務はどうなったかって?


 それなー。

 一応説明しておくよ。


 マリーの話によると、彼女は【節制を司る女神】ウェスタニアと言うらしい。


 そのウェスタニア専務なんだが、資料室に現れたと思ったら、なんの前触れもなくさめざめと泣きだしたんだよね。

 あの幽霊みたいな外見で突然すすり泣きされてみろ。

 完全にホラーだったぞ。

 俺の背筋がザワつくほどにな。


 ただ、気になることがひとつ。

 ウェスタニアさんは、泣きながら何事か呟いていたのだ。


 無意識に神力で強化される俺の聴力。

 いけないとわかっていても、つい聞き耳を立ててしまうのは人間の悲しい習性さね。


 それはそれはか細い声だったが、俺にははっきりこう聞こえた。


「……シクシク……お母さぁん……お母さんのご飯が食べたいよぉ……シクシク……」


 ────と。


 彼女はそんなことを呟きながらひとしきり泣いたあと、静かに資料室を去って行った。

 なんだか聞いていた俺まで切なくなっちまったよ。

 あまりにも悲痛でさ。


 マリーに聞いたところによれば、このウェスタニア専務さんこそが経理部と財務部を掌握しており、俺たちが薄給である原因だってことなんだけどね。

 ああ見えてがめついタイプなのかなぁ。


 ま、そんなことがあったってわけよ。



「何度言えば理解するのじゃ! わらわとアキトはもう恋人関係なのじゃぞ!」

「あー、あー、ちっとも聞こえないですー」


 ああ……まだやってたんだこのコント。

 しかしフランの現実逃避っぷりもすごいな。

 両手で耳をパタパタさせマリーの声をシャットダウンしてやがる。


 ……ミリィとユエルに至っては、床で丸くなってるし。

 え?

 まさか……死んだふり!?

 なんの効果があるのそれ!?


 いや、これは逃避の究極形かもしれない。

 って、こんなことで死なれちゃ困る。


「フラン、ミリィ、ユエル、聞いてくれ。マリーも恋人になったのはまぎれもない事実です!」

「「「がーーん!!」」」

「ガーンじゃねぇよ。なんでこんな時だけ息が合うんだお前ら。ともかく、これが現実なので各自納得するように! 以上!」


 一方的だし、すまないとも思っているが、そう宣言する。


「ぶーぶー! 横暴! アキトは横暴よ!」

「アキトさんは尻軽野郎です!」

「マリアベルさまは、わたしとキャラ属性がかぶってます~!」


 キャラとか属性なんて言うなよユエル……

 大丈夫。

 二人ともかわいいからな。

 もちろん、フランとミリィもね。


 あと横暴はいいとして、尻軽野郎ってなんだ!?

 元はと言えばミリィが重婚に関する規定はないからって、俺を押し切ったからこうなったんじゃねぇか!


 いやまぁ、俺も俺で優柔不断なのかもしれないがな。

 ぶっちゃけ、反省はしてます。

 後悔はしてませんが。


「話はまとまったようじゃな」

「どこが!? 全然だけど!?」


 腕組み仁王立ちで、うんうん頷くマリー。

 なにひとつ解決してねぇってのに、なんなのその自信あり気な笑顔。


「では、これからアキトの部屋で二次会としけこむかのー!」

「あの狭い部屋に5人も!?」

「よいではないかー! わらわだけアキトの部屋にお呼ばれしたことないんじゃもーん!」


 なんだかマリーがチビッコ悪代官に見えてきたぞ。

 だが、それほど悪い考えではないかな。


 パーティーじゃほとんど飲み食いできなかったし。

 正直言って物足りない。


 マリーを招待するいい機会でもあるか。

 ワンルームに5人はきっついけど。


「わかったわかった。ただ、夜も遅いからあんまり騒がないでくれよ」

「わぁい! もちろんなのじゃー!」

「フランたちもそれでいいか?」


 仕方なさそうに頷く三人娘。

 フランはともかくとして、ミリィやユエルは来たくないなら神界にある自分の部屋に帰れるんだよな。

 それでも付き合ってくれるあたり、なんとも健気だ。


 神力を失ったフランは自室への転移もできない。

 毎度誰かに送り迎えしてもらうのも面倒だってんで、俺と同棲……いや、居候するようになったわけよ。


 こんな説明、今更されてもって思ったろ?

 俺も思った。

 言う機会がなかなかなくてな。


「なにか食べたいものがあったら作ってやるからリクエストしてくれ」


 俺の言葉にパッと目を輝かせる4柱の女神。

 現金なもんだ。

 仏頂面よりはよっぽどマシだけど。


「えーとね、えーとね! 焼き鳥! ……は昨日食べたから……えーと、えーと」

「私はですね、先程たらふく食べましたのでスイーツを所望します。甘すぎず、それでいて幸福感を得られるような……」

「わたしは~、おつまみが欲しいですね~。日本酒に合うような~」

「わらわはの! わらわはの! んー、ぷりんが食べたいのじゃ!」

「だー! いっぺんに言うな! ツッコミが追い付かないだろ! とりあえず俺の部屋へ行くぞ!」


 きゃいきゃいと騒ぎ始めた4人をひっ捕まえて俺の部屋へヒョインと飛んだ。

 そして、そのまま明け方まで宴は続くのであった。



 翌朝。


 飲みすぎて死体のように転がって眠る女神たちを置いて俺は外に出た。

 出勤や通学途中の連中に混じって、テクテクと歩く。


 なんでって、講義に出席するためだよ。

 忘れかけていると思うが、一応これでも学生なんでな。

 まぁ、出席日数がやばいってのもある。


 それにしてもムチャクチャ寒いんですけど!

 もう4月も終わりだってのに、この寒さはおかしいだろ。

 寒すぎて桜も咲かないらしいぞ。


 ってか、ここ、東京だぜ?

 なのに、『最高』気温が氷点下って明らかに狂ってる。


 ニュースでも言ってたけど、どうやら地球規模で異常気象に見舞われているようだ。

 なんでも、南半球のブラジルですら雪が降ってるとか。


 あんだけ騒いでた地球温暖化はどこ行ったのって話だよ。

 今後ますます気温が低下するかもと言ってたぞ。


 まさかとは思うが、そんなことになっちまったら、地球全体が凍り付いて氷河期に……

 いや、ヘタすりゃスノーボールアースになるかもな。

 もしそうなれば、人類はきっと滅んでしまうだろう。


 あー、やだやだ。

 そんな未来はまっぴらごめんだ。


 んん……?

 …………滅ぶ……?


「なに難しい顔してるのよ?」

「それがさ。この異常な気象はもしかしたら……って、うわぁ!? フラン!?」

「うん? なぁに?」


 いつの間にかフランが俺の横に並んで歩いていた。

 ちゃんとコートを着込んでいるあたりが偉い。

 そして人目もはばからず腕を組んでくるし。

 しかし、フランの接近に気付かないほど俺は思考に没頭してたのか。


「いやいや、なんでお前がここにいるの!?」

「アキトが行く場所なら私も行くに決まってるじゃない。それに、なるべく離れたくないんだもん(私の見てないところで浮気とかされたらいやだしね)」


 なにかよからぬ思念を感じた気もするが、なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

 なんでドヤ顔なのかは意味不明だけど。

 でも連れて行ったら行ったで、知り合い連中がうるさそうなんだよね。


「待て待て、俺は学校に向かってるんだぞ。お前の嫌いなお勉強をしにな!」

「ふーん。じゃあ、私も付き合ってあげるね」

「えぇぇぇ!?」



 冗談でしょ!?




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