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039 良い年を迎えられますように


「アキトよ、その揚げ物を取ってほしいのじゃ」


 俺の膝の上で小さな手足をバタバタさせている金髪幼女。

 年齢的には10歳前後にしか見えないのだが、なんと副神界長だと言う。


 それが本当なら、ここで逆らっちゃマズいよね。

 機嫌を損ねられでもしたらどうなるかわからんもの。


 なんせ、神界のナンバー2。

 ヘタな言動はできねぇぞ。

 俺がクビになったり、最悪消滅なんてさせられたりでもした日には、フランに女神の力を返すと言う目的も果たせなくなるわけだしな。


 フランたちも、そして他の女神たちも、恐れるかのようにこの少女の一挙手一投足を見守っている。


「は、はぁ、チーズささみですか?」

「うむ! それが食べたいのじゃ」

「どうぞお召し上がりください副神界長」


 俺はチーズささみをいくつか皿に取り、少女の前に置いた。

 だが、どうもそれが気に食わなかったらしい。


 俺の顔を見上げるその頬が、なんでか膨らんでいるのだ。

 黄金に輝く大きな瞳が、なにかを訴えるように俺の目をジッと見つめている。


 やべ、なにか粗相そそうをしちまったか?

 それもヤバいが、すっごい美少女だよなぁこの子。


「アキトよ」

「はい、なんでしょう?」


 努めて冷静を装う俺。

 それでも声が少し上ずった。


 女神たちも固唾かたずを飲んでいる。

 やめてくれよ。


「わらわのことは、マリアベルと呼ぶのじゃ!」

「はいっ、かしこまりましたっマリアベルさま!」

「うむ。さまも敬語もいらぬのじゃがな。それと」

「はいっ」


 今度はなにを言い出す気だろう。

 フランたちの緊張が俺にまで伝わってくるんですけど。

 そこらのチンピラと喧嘩するより、よっぽどビビってるな俺。


 手に汗がにじむ。


「あーん! なのじゃ!」


 ずべべーっと一斉にコケる女神たち。

 つられて俺まで椅子から転げ落ちそうになる。


 そうきましたか!

 こりゃ想定外!


「ほれ、はよう! わらわの胃袋が空腹に泣いておるのじゃ!」

「はっ、では失礼して。あーん」

「あぁーーん! うむんむもぐ……ううーん! 外はサックサクで中はトロっと! それになにやら爽やかな香りが鼻を通り抜けていくのじゃ~!」


 両手で頬を押さえながら俺の上で身悶みもだえするマリアベル副神界長。

 きっと、チーズや大葉の香りのことを言っているんだろうが、その顔はとても幸せそうだ。

 お口に合いましたようでなによりです。


 だけど。

 それ以上我が股間の上で動かないでもらえませんか!

 俺のアレがナニでソレになっちゃいますから!

 なんの拷問これ!?

 ひぎぃ!


「なにをしておるのじゃ女神たちよ。おぬしらも食べるがよいのじゃ」

「ははっ、つつしんでいただきます!」


 真っ先に返答したのはアストレアさんだった。

 デカい胸をゆっさゆっさと振り回しながらペコペコと頭を下げている。


 あのアストレアさんがこれほど恐縮するとは!


 他の女神たちも、おそるおそるではあるが、会食を再開し始めたようだ。

 なんとなく場が収まったようで、俺も少しホッとする。

 別に謹まなくていいですからね。


 しかし、随分突拍子もない子ですな。


「アキトや」

「はい?」

「わらわはのー、ずっとアキトの活躍を聞いてきたのじゃ」

「いえ、活躍なんてしてませんよ」

「謙遜するでない。ぜーんぶアストレアが話してくれたのじゃ。それもまるで自分の彼氏がいかに素敵なのかを語るみたいにの」

「「えぇぇ!?」」


 俺とアストレアさんが同時に叫ぶ。

 思わず顔を見合わせる俺たち。

 瞬時にアストレアさんの顔が朱に染まっていった。


 え、ガチで!?

 嘘でしょ!?


「アストレアはきっとアキトが好きなのじゃなーと思っての。それからはわらわもおぬしのことが気になってのー。時々こっそり様子を見ていたのじゃ」

「……は、はぁ」


 いや、こういう場合はなんて返答すればいいんですかね。

 答えづらくてしょうがないのですが。


 あれ?

 ちょっと待って。

 フラン、ミリィ、ユエルがすっごく怖い顔で俺をにらんでるんですけど!

 俺はなにも悪くないだろ!?

 なんでそんな浮気者を見る目なの!?


「邪神サーディスと戦ったアキトはかっこよかったのー。フランシアとミリアリアを先に逃がして自分だけ残った時なんて、姿は少女だったもののアキトの男気を感じたのじゃー」


 当事者のフランとミリィは大きく何度もうなずいている。

 ああ、そこは納得してくれるんだ?

 照れるぜおい。


「食堂の危機を救った時もずっと見ておったのじゃ。はっきり言って、食堂は閉鎖せよとの声も上では多かったのじゃが」

「えぇぇぇぇ~!?」


 悲鳴を上げたのは当然ユエルだ。

 そりゃそうだよなぁ。

 なんとかしようとひとりで頑張ってたんだもんな。


「わらわもこれまで食事と言うものを重要視してこなかったからのー。じゃから余計に衝撃を受けたのじゃ。あの焼鮭定食の味と、華麗な逆転劇は生涯忘れることはなかろう。あれほど幸福そうな女神たちの顔を見たのも初めての経験なのじゃ」


 今度は女神たち全員がうなずいている。

 そ、そこまで衝撃的だったの?


「での、アキトがフランシアたちとお付き合いを始めたと聞いてすごく胸が痛くなったのじゃ、その時になってわらわも自分の気持ちに気付いてしまっての……たぶん、アストレアも同じはずじゃ」

「えっ!? な、なにを言い出すのですか副神界長さま!」

「へ?」


 マリアベルさまの言葉で、一気にザワつく食堂内。

 え?

 え?

 なにこれなにこれ。

 このパターンはまずい、やばい。


 アストレアさんといい、マリアベルさまといい、なんでここの女神たちはいきなり色気付いてんだ!

 他に男の神もいるだろうに!

 ……あれ?

 そう言えば主神さま意外見たことないや。

 いや、厳密に言えば主神さまも声しか聴いていない。


 って、そんなことはどうでもいい!

 どうすんのこれ!?


「わらわは、アキトの………………料理を愛してしまったのじゃ」


 ズコーーー!


 本日二度目の全員大コケ。

 無駄に溜めた間はいったいなんだったんだ!

 絶対告られると思ってましたとも!

 なんだかホッとしたようなちょっと寂しいような、複雑な気分だよ!


「ま、本当はアキトのことが好きになったんじゃがの」

「はい? なにか言いました?」

「なんでもないのじゃー」


 小声で聞き取れなかったが、まぁいい。

 それほど俺の料理が好きなら、そろそろ隠し玉を出してやろうじゃねぇか。


「マリアベルさま、俺は少々席を外しますね。もうひとつ料理をお出ししたいので」

「おお? そうか、わかったのじゃー、楽しみに待ってるのじゃー!」

「フラン、ミリィ、ユエル。手伝ってくれ」


 待ってましたと三人娘が厨房へとついてくる。

 

「例のアレをつくるのね!」

「そうだよフラン。なんせ大晦日なんでな。よし、人数分の器を出してくれ」

「はーい」


 俺は寸胴にたっぷりの湯を沸かす。


「ミリィは天ぷらの準備。ユエルはめんつゆの用意を頼む」

「了解です」

「任されました~」


 うむうむ。

 みんな、手際もよくなったね。


 もうおわかりだろうが、大晦日に食べるものと言えば年越し蕎麦そばだよな。

 へっへっへ。

 実は朝から蕎麦を打ってたんだぜ。


 蕎麦粉は上質な一番粉いちばんこ

 こいつで打つとな、蕎麦特有のザラザラな食感が消えて、ツルツルとしたのど越しになるんだよ。

 美味いぞー。


 それを極限まで細切りにする。

 だが、あまりに細すぎると、ゆでた後にくっつきやすくなっちまう。

 この加減が難しいわけよ。

 くっつくのを避けるためのポイントは、たっぷりの湯で踊らせるようにゆでるのさ。


 そして載せる具材は天ぷらだ。

 大ぶりの車海老と、野菜や海鮮がたっぷり入ったかき揚げの二種を用意した。

 うーん、贅沢。


 ゆで上がった蕎麦を器に入れ、アゴダシからつくった熱々のめんつゆをそそぐ。

 そこへ揚げたての天ぷらを華麗にオン。


 刻んだネギと、少量のミツバを加えてフィニッシュ!


「はい、お待ちどう! 特製天ぷら蕎麦だ!」

「わぁー! 美味しそう! ねね、アキト、食べていい?」

「いいわけあるかっ! まずはマリアベルさまとアストレアさんにお出ししてこい!」

「ぶー、わかったわよー」


 とてとてとお盆を運ぶフラン。

 頼むから途中で転ぶなよ。


「これはなんじゃ? うどんに似ておるようじゃが」

「天ぷら蕎麦です。アキトの住む日本では、大晦日に必ず食べるのが風物詩なんです。なんでも、細く長く生きられるように長寿を祈願して……」


 ほう。

 やるじゃないかフラン。

 まさか由来までご存じだったとはな。

 しかも淀みなくスラスラとマリアベルさまに説明してる。


 ……いや、ジュルリジュルリとよだれをすすっているあたり、自分が食べたいだけだなありゃ。


 よし、これで全員に行き渡っただろう。

 俺たちも戻って食べるとするか。


「んんんん! 美味しいわこれ! 私、うどんより好きかも!」

「天ぷらサクサクしてておいひい!」

「おつゆにひたして柔らくなったのも美味しいわよ!」

「ズルルルルッ! ズゾゾッ! ズズーーーーッ! シャクシャクシャク! ズズゾゾゾゾゾ!」


 歓喜の女神たち。

 賞賛の声が、まるで賛美歌にすら思えるほど。


 そして最後のすさまじい音は間違いなくアストレアさんだ。

 食べかたがいちいち豪快すぎるわ。


「アキト、アキト! はよう、わらわを膝に乗せるのじゃ! アキトと一緒に食べたいのじゃ!」

「はいはい、お待たせしました」


 ペシペシとテーブルを叩いて催促するマリアベルさまがとってもかわいらしい。

 すっかり定位置と化した俺の膝。

 そこでマリアベルさまは、とても美味しそうにお蕎麦をすするのであった。


 そんな顔を見ているだけで、俺も嬉しくなっちまう。

 たまにはこんな大晦日があってもいいもんだね!



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