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33/79

033 開店5分前


「んー……もうちょい濃いほうがいいかなぁ……」


 電灯の半分を消した薄暗い食堂の厨房。

 俺は一人でブツブツと呟きながら鍋をかき混ぜる。


 異界の俺たちを救ってから今日まで、ダシ作りに没頭しているのであった。


 なんせ、いよいよ明日は新メニューを追加するんでな。


 本来はひとつひとつの料理に、あまり手をかけるべきではない。

 社員食堂形式でやっている以上、某牛丼店のように早くて安くて美味いものが求められる。


 だからこれは俺のわがままだ。


 ダシなんてのは、よほど味にうるさい奴くらいしか気にしないもんだしな。

 でもね。

 見えない部分だからこそ、こだわりたいわけよ。


 つってもやはり葛藤はある。


 俺が出張業務などで不在の場合だ。

 当然レシピは残していくが、面倒なダシをユエルに作らせるのは可哀想なんだよね。


 なので、絶賛改良中なのです。

 できれば味を落とさずに、もっと簡便化を図りたい。


「あれ~? アキトさん、まだ残ってたんですかぁ~?」


 ひょっこりと顔を出したのは噂のユエルだった。

 なんちゅうタイミングだよ。


「ユエルこそ。どうしたんだこんな時間に」


 そう。

 今は業務時間外。

 つまり夜だ。


 フランやミリィは先に帰らせた。

 今頃きっと飲んだくれているだろう。

 ユエルも帰ったはずだったんだがな。


「へへ~、やはり明日のことが気になりまして~。食材やレシピのチェックをしにですね~」

「ははは、考えることは俺と同じか」


 ユエルはこう見えて責任感が強い。

 いや、和装の幼女にしか見えないんだけどさ。


 それでも長いこと一人で食堂を切り盛りしていた経験は伊達ではないのだ。

 なので、俺の中でのユエルは評価が高い。

 店を持ってる母親の背中を、ずっと追ってきたからね。


「なら丁度いい、ダシの味をちょっとみてくれないかな」

「はいはい~、いただきます~」


 踏み台を使っても俺より低いユエルへ、ダシを入れた小皿を手渡した。

 シュルリと飲み干すユエル。


 なぜかその小さくて赤い唇にドキリとさせられる。

 んー、おませさん!


「どうだい?」

「美味しいです~! 味に深みもありますし~……でも、昨日までのとちょっと違う感じがしますね~」


 ほう、いい味覚をしているな。

 さすが食堂課課長。


「どっちが美味いと思う?」

「う~ん、わたしはこっちの方が好きですね~」

「よかった。狙い通りだな」

「どういうことですか~?」

「昨日までのは複数のダシをブレンドしてたんだ。でも手間が半端ないだろ? で、今日のは二種類だけにしてみた」

「ほぇ~?」


 不思議そうな顔で目を輝かせるユエル。

 くっそ、かわいいな。


「昆布ダシと、トビウオを焼いて乾燥させた、いわゆるアゴダシだな」

「トビウオ、ですか~」

「うん、これをベースにすれば和食の幅も広がるし、調理時間も短縮されると思う」

「ふわぁ~、さすがわたしのアキトさん! すごいです~!」

「いやいや、ははは」


 賛辞を受けて悪い気がするはずもない。

 ましてやこんなかわいい子からとか。

 俺の鼻も急激に高くなるってもんよ。


 ま、食堂課長のお墨付きもいただけたし、このダシで行くとしますかね。

 おっと、レシピを書いておかないとな。

 まずは昆布を洗う、と。


「アキトさん~……」


 ふと目を落とすと、踏み台の上でしゃがみ込んでるユエルが。


「どうした!? 腹でも痛いのか?」


 慌ててユエルの目線までかがむ。

 ダシが女神の体質に合わなかったとしたらまずいことになるな。


 チュッ


「!?」

「へへへ~、キスしちゃいました~」

「なんだよいきなり」

「彼女なんですからキスくらい普通にするものではないですか~」

「そりゃそうだが」


 なんだろう。

 この異様な背徳感は。

 自分がとんでもなくいけないことをしているような気になってくる。


 日本なら間違いなくアウトだろうな。

 実年齢はどうあれ、見た目は100%幼女だし。


 いや。

 この場合、合法ロリになるのかな?


 しかしまぁ、ミリィによる一方的な全員恋人宣言をされてからと言うもの、みんながやたらとキスしたがるのには参った。

 欲求不満なのか、それとも三人娘の中で競い合ってでもいるのだろうか。

 俺的には嬉しい限りなので文句はありませんが、せめて時と場所を考えてください。


「アキトさん~、もう一回してもいいですかぁ~?」


 これだよ。

 でも、心の中でヒャッホウと叫んでる俺がちょっとだけ情けない。

 非モテ時代が長かったからね!


 勿論、断る理由なんてない。

 二人でイチャイチャしながら、レシピを文字通り煮詰めていくのであった。



 ほんでもって翌日。


 午前中の業務を速攻で終わらせ、救済部全員が厨房へ集合していた。


「えー、新メニューは回転率重視の料理となっています。なので、フランとミリィは注文と配膳に集中してください」

「はーい」

「はい」


 俺の訓示に、一応は神妙な顔でうなずく二人。

 着なくていいのに、両人ともメイド服を装備していた。

 かわいいし似合ってるからいいけどさ。


 く言う俺も、母親の店を手伝っていた時に着ていたコックコート姿なんだけどね。

 これを身に纏うと、気持ちがビシッと引き締まるんだよ。


「たぶん、注文は新メニューに集中すると思うので、ユエルは対応よろしくな」

「お任せを~! がんばるぞい! です~!」


 おお、やる気充分。

 ぞい、の意味はさっぱりわからんが。


「よーし、お昼まであと少しだな」


 俺も気合を入れ直そうとした時だった。

 急激に厨房内の空気が張り詰めたのだ。

 む、これは凶兆。


「お邪魔するわ」


 ユサリと胸を揺らしながら厨房へ転移してきたのは、黒いパンツスーツ姿のアストレア神事部長だった。

 相変わらず眼鏡の奥では鋭い目が光っている。

 だが、美人だしスタイルもいい。

 身なりときつそうなオーラで色々損するタイプの人ですな。


 見ろよ。

 フランどころかミリィやユエルまでしゃちほこばってるじゃないか。


 勿体ない。

 俺はアストレアさんが結構優しい人で、かわいらしい部分もあると知っているだけに余計そう思う。


 しかしまた、神事部長さんが何でこんな場所へ?


「ひとつ、私のところへ情報が入ってきたのよ」

「情報、ですか」

「ええ。言うか言うまいか悩んだのだけれど、伝えておくことにするわ。どうやら、お忍びで上のかたがたが食事にいらっしゃるみたいよ」

「「「「ええ!?」」」」


 上!?

 上って、重役だろ?

 まさか専務とか!?


「緊張しないで普段通りにしているほうがいいと思うわ」

「はぁ、でもどうしてわざわざ俺たちにそれを教えてくれるんですか?」


 俺の問いに、なぜか少しだけ頬を赤らめるアストレアさん。

 こういうところがかわいいと思うんだけど、自分じゃ気付いてないのかな。


「それは、あなたたちの頑張っている姿が嫌いではないからよ。アキト、あなたならこの神界に新しい風を起こしてくれると信じているわ。私も新メニューに期待してるから、頑張ってね」

「は、はい」


 アストレアさんはそう言い残し、笑顔で少し手を振りながら転移していった。


 初めて名前で呼ばれた気がする。

 なんだか無性にうれしくなってきたぞ。


「むー!」

「ムッ!」

「むぅ~」

「な、なんだよ」


 すっごい怒り顔の三人娘。

 みんなでほっぺを膨らませているのが怖いってよりもかわいい。


「美人にはすぐデレデレするんだから! アキトのバカ!」

「してねぇよ!?」

「そうですか、アキトさんはきつめのかたがお好きなんですね。これからはきつく当たりましょう」

「なんでだよ!」

「わたしもあのくらいおっぱいがあればアキトさんは喜んでくれるのでしょうか~?」

「俺、そんなに胸ばかり見てた!?」


 ジリリリリ


「あー、もう! 時間になっちまったじゃねぇか! 各自持ち場を頼んだぞ!」


 昼休みがついにきた。

 俺たちの闘いは、ここから始まる。


 なーんて、大げさに言ってみました!



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