032 俺たちを救済せよ!?
目を開けずともわかる。
既に転移は完了していると。
目を開けずともわかる。
潮の香り。
波の音。
「わー、海だー! 綺麗だねー!」
おい。
先に言うなよフラン。
人がせっかくポエムっぽい気分に浸っていたのに。
瞼を上げればそこは海も間近の海岸だった。
白い波が足元まで迫るほどの。
そして空を見上げる。
やっぱりな!!
太陽は見えるものの、空一面が薄く黒い靄で覆われていた。
間違いない。
立っている位置は違えど、ここは前にもフランと訪れた世界だ。
あの時は森の中で、意味不明な花を作らされたっけな。
そもそも、なんの役に立つんだアレは。
「アキト! こっちこっち! 早く隠れて」
いつの間にかフランは、申し訳程度に生えた茂みの中から手招きしていた。
俺はしゃがんでいるフランの後ろに回り、同じようにかがんだ。
そして背中を抱きしめる。
「どうしたのアキト?」
「いや別に意味はないんだけどさ。俺はやっぱりフランが好きだなーと思ってな」
「ホント? えへへ、嬉しいー」
いい香りのする長い金髪へ鼻を埋める。
んー、かぐわしい。
「あっ、来たわね」
「ん?」
フランの視線は、波打ち際に立つ二人の男女へ向けられていた。
男は黒い髪に黒き鎧姿。
女の子は長い金髪にヒラヒラとした花のような服。
彼らには見覚えがある。
前回も森の中で会ったからな。
んんん?
てことは、この二人が俺たちの運命に関わってるのか?
ドォン
俺の思考を遮るような轟音。
それは、金髪少女から放たれた巨大な火球であった。
海の彼方まで飛んで行き、そこで炸裂したのだ。
よく見れば、真っ黒な怪物らしき連中がボチャボチャと海へ落ちて行く。
そうか、あの二人は戦闘中なんだな。
二撃、三撃と火球が宙を舞う。
閃光。
爆発。
逃げ惑う怪物たち。
「ほおー、すごいなあいつら。魔法かあれ?」
「へぇぇー、やるわねぇ」
「なぁ、彼らはいったい誰なんだ?」
「聞いたら驚くわよ」
随分含みのある言いかただな。
フランにしては珍しい。
その時だ。
神力でズームを強化した俺の目に飛び込んできたのは、とんでもない物体だった。
「なにあれ!? でけぇ足!」
「へ?」
そうか、フランには視力強化をかけてなかったな。
ほらよ。
「うわ! なにあのでっかい足!」
フランの反応が俺と同じでちょっと笑ってしまう。
いや、笑ってる場合じゃねぇ。
数十メートルはありそうな漆黒の巨大な人間の足首。
くるぶしのあたりに真っ黒な翼が生えており、バッサバッサと羽ばたかせながらこっちへ飛んでくる。
気持ち悪っ!!
形からして右足なのもなんかキモい!
人体の一部って、巨大化すると得も言われぬ不気味さがあるんだな。
「おっ」
「あっ」
そのバカみたいにでかい足へ、こちらからもバカでかい火球が飛んで行った。
きっと金髪娘が放ったものだろう。
ごめん、足に気を取られて見てなかったんだ。
ドォォォォォォン
火球はあやまたず足に命中し、周囲を舞っていた怪物たちを巻き込んで爆発した。
うひー、すごい威力。
「うそっ! 足が残ってるじゃない!」
「あの足、強いな!」
黒足は止まることもなく、なおも彼らへ接近していく。
だが、二人は動かない。
どうやら金髪の子が失神でもしているようだ。
「フラン、介入しなくていいのか? テレーゼが言ってたのは、あいつらを救えってことかと思ったんだが」
「だめ。できるだけ彼らに任せないと。いくら私たちの運命に関わるからって、勝手に救ったら重大な規約違反になるの。今だって規約スレスレよ」
なるほど。
基本的に神々は世界に干渉してはならないものだからな。
理屈ではわかるんだが、なんでかあいつらを放っておけない気がする。
なんでだろ。
ズゥゥゥン
ああ!
男が黒足の下敷きに!
くそ、やはり助けるべきだった!
すまない、早く決断できなかった俺を許してくれ……
……って生きてる!?
すげぇなあいつ!
「アキトー!!」
はい?
えっ?
あの金髪の子がなんで俺の名を呼ぶんだ?
「来るなフラン!!」
はい!?
あの男はなんでフランを知ってる?
やばい、なにがなんだかわからない。
「あの二人、別の世界の私たちみたいなの。黙っててごめんねアキト」
「はぁ!? なにそれ!? ドッペルゲンガー!? 確かに見た目はちょっと似てるけどさぁ!」
「落ち着いてよ。まぁ、厳密に言えば違う存在なんだけどね。でもあの子たちになにかあったら、間違いなく私たちも何らかの影響を受けるはずよ」
「マジかよ……じゃあ、余計に救けないと!」
「…………」
急に黙りこくるフラン。
くそ、後ろから抱きしめたままなんで顔は見えない。
だけど、どんな表情をしてるかはわかっちまった。
これでも彼氏だからな。
たぶん、血が出るほどきつく唇を噛んでる。
救ってあげたい。
だが、神々の規約がそれを許さない。
救済を司る女神のフランは、彼らが俺たちの運命に無関係だったとしても、きっと救いの手を差し伸べるだろう。
優しい子だからな。
だったら、俺に出来ることはその背中をそっと押してやることじゃないのか。
なんのための救済部部長だよ。
全責任くらい俺が取ってやる!
「部長権限を行使する。救済の女神フラン、彼らを救ってやってくれ! 主神様に怒られる役は俺が引き受けた!」
「アキト…………うん! アキト愛してる! そう言ってくれるって信じてたよ! 幽星体分離!」
フランの身体がくにゃりと倒れた。
そして、その身体から半透明になったフランがゆらりゆらりと脱け出て……
「ぎゃー! お化け!?」
「違うわよ! これは簡単に言えば幽体離脱! あの子に乗り移るから神力の供給は頼むわね!」
「お、おう! 気を付けるんだぞ!」
「うん!」
フランは、黒足の下敷きになった男を助けようと、決死の覚悟で杖を振る金髪少女のほうへふわふわと漂って行った。
本当に大丈夫か?
どう見てもただの浮遊霊だぞ。
うわ!
幽霊状態なのに、ちゃんとパンツまで再現されてる!
ご馳走様フラン!
幽体となったフランは、重なり合うように少女の中へ入っていく。
途端に虹の輝きが辺りを支配した。
少女の杖が形を変えて花開き、頭上に【LEGEND RARE】の文字が浮かぶ。
うおおお!
なにあれかっちょいい!
てか、レジェンドレアってなんだ?
なんも変わったようには見え……ぶはっ!
アホ毛!
フランのアホ毛がすっごい伸びてる!
2メートルくらい!
うははははは!
おっと、笑ってる場合じゃなかった。
神力の供給も忘れちゃいけないよな。
フランは黄金と化した瞳を輝かせ、高らかに告げる。
「我が真名、フランシアの名に於いてここに断ずる! 深淵より這い出る者、滅せよ!」
ぬおぉぉぉぉ!
俺の身体から急激に神力が持って行かれるぅぅぅぅ!
ダイソンかお前は!
どんだけすごいスキルを使う気だコラアァァァ!
「天の御使い! その喇叭を吹きしに星々の力を我に与えたもう! おお! 神よ! 大いなる福音ここに来れり!!」
フランの詠唱に伴って、巨大な魔法陣が彼女の背後に展開していく。
黒足なんて目じゃないほどでかい。
って、おいおい。
デカすぎやしませんかねぇ!?
これじゃ俺もあの男も、そして残されたフランの肉体もスキルの効果範囲内に───
「第四聖典 明けの明星!!!」
俺も彼も黒足も、圧倒的な輝きに包まれた。
莫大なエネルギーの奔流。
まるで極太のビームだ。
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
完全にシンクロする俺と彼の絶叫。
黒足など、とっくの昔に一瞬で消え去っている。
なのに、フランの背後から上空へ移動した魔法陣からは無数の光弾が降り注いだ。
ボッコボコにされる俺と彼。
なんだこりゃ!
追撃か!?
既に敵なんていないっての!
「「フラン! もういい! やめて! 俺が死んじゃう!」」
またもシンクロ絶叫。
彼は逃げ回っているが、俺はそうもいかない。
痛くてもジッと我慢するしかないんだよ!?
残ってた神力はフランの肉体保護に全部使っちゃってるからね!
あとは俺が身体を張ってフランをカバーするしかないの!
どれほどの時間を我慢に費やしただろうか。
ようやく流星群のような光弾が止んだ。
このアホ娘!
とんでもねぇスキルを使うんじゃねぇぇぇぇ!
少女の身体から抜け、ふにょんふにょんと戻ってくるフラン。
髪はグチャグチャ、目はグルグル。
服はよれよれ。
幽体なのにそこまで再現するのかよ!
「し、死ぬかと思ったわ……」
「こっちのセリフだからな!? あんな大技を出しやがって!」
自分の身体に戻ったフランを抱き起こす。
うむ、特に外傷は負っていないようだ。
俺が身を挺したお陰だな。
あっちの二人も無事だったようで、人目もはばからずイチャイチャしてら。
……俺には彼がキスを迫る少女にアイアンクローをかけているようにしか見えないんだが。
色んな愛情表現があるもんだねぇ。
「ねぇ、アキト。頑張ったご褒美が欲しいなー」
「おう、なにが食べたい?」
「わーい! って、違うのー! チューしてよー!」
唇を尖らせて迫り来るフラン。
こっちもか!
お互い苦労するよな、もう一人の俺よ。
それでもまぁ、せがまれたらしちゃうんですけどね。




