024 豊穣の女神が俺たちに救済を求めているようです
とある日の救済部長室。
鳴り響くは昼休みを告げる福音のようなベル。
ジリリリリリリリ
「んー? もうお昼かー」
「お腹空いたねー」
トントンと書類をまとめてから席を立つフラン。
俺は椅子の背もたれを使って、グーっと伸びをした。
書類整理は肩がこる。
しかもこの仕事、総務部から回ってきた……いや、押し付けられた、かな。
俺たち救済部とは何の関わりもない部署の書類なのだ。
お陰で子羊たちの裁定は、課長のミリィに任せきりとなってしまっている。
いくら人手不足とは言え、困ったもんだ。
でも悪いことばかりじゃない。
こうやって小さくとも他部署に恩を売っておけば、後々に色々と融通が利くようになるのだ。
うへへへ、俺ってば策士~。
「ひいいぃっ!」
奥の給湯室からフランの悲鳴がする。
どうせまたなにかやらかしたんだろう。
もう慣れっこです。
「どうしたフランー? ヤカンでもひっくり返したのかー? 火傷には気を付けるんだぞー」
引き出しに文房具をしまいながらのんびりと尋ねた。
すると、フランはまるでゾンビのような足取りで給湯室からフラフラと出てくる。
青白い顔にも縦線が入っていて、本物のアンデッドみたいだ。
「あのね……怒らないで聞いてね……?」
「んー? 俺は大抵のことじゃ怒ったりしないぞ?」
「そ、そうよね……アキトは優しいもんね…………えっと、お弁当をアキトの部屋に忘れて来ちゃった。てへっ」
「三つとも?」
「三つとも」
「昼飯どうするんだこのアホー! せっかく早起きして作ったのに!!」
「うわーん! やっぱり怒ったじゃないーーー! 私も食べたかったのよーーー!」
床に寝転がって泣き伏すフランは放っておこう。
しかし、どうしたもんかな。
普通なら転移して取りに戻ればいいじゃんって話なんだがね。
ところがそうは行かないんだ。
俺の部屋はなぁ、南向きなんだよ!
部屋一杯に燦々(さんさん)とお日様が差し込むんです!
そんな場所に半日も弁当を置き去りにしてみろ。
絶対悪くなってるはずだ。
そんなもん、食えると思うか?
くっそー!
俺渾身の力作だった、から揚げがぁぁぁ。
食いたかったぁぁ。
「アキトさーん。私の分もお弁当を作ってくれたと聞いて、参上いたしましたよ。さぁさぁ、どこですか私のから揚げは。ジュルリ」
隣の部屋からミリィが手もみをしながら現れた。
ただでさえ紅い目を血走らせ、ガチでよだれを垂らしてやがる。
一度メシを作ってやってから味を占めたなこいつめ。
よーし、ミリィにも残酷な現実ってやつを突きつけてやろう。
「ミリィちゃん」
「ちゃんはやめてください。ド変態ロリコン野郎。で、なんですか?」
「こいつ! 誰がロリコンだ! 暴言を放ったことをすぐに後悔させてやる。いいか、美味しい美味しいから揚げ弁当は、お前が敬愛するフラン先輩の手によってお釈迦となった」
「は? 言っている意味が全然わかりませんが」
「日差しのきつーい部屋に何時間も放置された弁当はどうなると思う?」
「食中毒コースまっしぐらに決まってるじゃないですか……はぁぁ!?」
「察したか。はっはっは、ざまぁみろ!」
「な、なんということを。お弁当だけが生きる楽しみだったのに……」
がっくりと膝をつくミリィ。
ふはははは、己の浅はかさを悔やむがいい!
ぐはっ、そういや俺も食えないんだった。
ざまぁみたのは俺でした!
三人で苦悶しているそんな時。
コンコン
「あ、あのぉ~、救済部のかた、いらっしゃいますかぁ~?」
ドアをノックし、顔をのぞかせたのは、栗色の髪に三角巾を被った割烹着姿の小さな女の子だった。
幼女になった時の俺くらいか背丈がない。
どう見ても10歳前後だ。
まさかこの子も女神なんだろうか?
それとも、子羊がまさしく迷い込んできたとか?
まだ弁当ロスを引きずりメソメソと泣いているフランがその子に気付いた。
どんだけから揚げ食いたかったんだよ。
「ひっく、ひっく、私のから揚げぇ……グスッ、あれ? 食堂部のユエルじゃない。どうしたの?」
「食堂部!? そんな部署あったっけ!? まぁいいや、お嬢ちゃん、こっちにおいで」
「アキトさんが言うと変質者にしか聞こえませんが、説明しであげましょう。一応、社員食……あっ、女神食堂がここにはあるんですよ」
「いま社員食堂つったろ!? あと、人を変質者呼ばわりすんな!」
「言ってません、言ってませんとも。それでですね、その食堂ときたらこれがまた……」
「びえぇぇ~~ん! 食堂部を救済してくださぁ~~い!」
「「「はい?」」」
俺は泣きわめくちっこい女神を椅子に座らせ、タオルで顔を拭ってやった。
だって、涙と鼻水ですごいことになってたんだよ。
「ほら、チーンして」
「ちーん! ずびび……ご迷惑をおかけしてすびばせん……」
ユエルの世話をする俺をジッと眺めるフランとミリィ。
せめて手伝えよ。
「……なんだか親子みたいでちょっとだけ萌えるわねー」
「フラン先輩、私も同意見です。アキトさんにこんな萌えがあったなんて……新境地です」
「萌えんな萌えんな! アホ言ってないで、フランはお茶を淹れてくれ。ミリィは新しいタオルを頼む」
ユエルも落ち着き、お茶で一息ついた。
それを見計らっておもむろに話しかける。
「えーと、ユエルだっけ。俺はアキト、よろしくな」
「よろしくお願いいたします。わたしは食堂部部長、豊穣の女神ユエルです。アキトさんたちの活躍はかねがね耳にしておりました~」
「いやー、そんな、活躍ってほどでもないわよー」
「なんでお前が照れるんだフラン」
「むふん、私がいなければ救済部は末端のままでしたからね」
「ドヤ顔すんなミリィ!」
それにしても、こんなちっこくてのんびり喋る子が豊穣の女神とはな。
しかも食堂部の部長だってよ。
肩書だけなら俺と同じってことか。
マジでわけわかんねぇな神界は。
「んで、食堂部を救済してくれってのはどう言うことなんだ?」
「それがですねぇ~……うぅっ、グスン……食堂にずっと閑古鳥が鳴いておりまして~……ひっくひっく、いよいよ閉鎖の危機なんですよぉ~!」
「よーしよしよしよしよし、泣くな泣くな」
「アキト、それは犬をあやす時よ……」
「……すまん、なんかこう、つい」
確かにこれではムツ〇ロウさんだ。
でもなぁ、泣いている小さい子を放っておけるほど鬼畜でもないんだよ俺。
あ、フランは例外な。
よく嘘泣きされるんだ。
「このままでは、私、クビになっちゃいます~! びぇぇ~ん!」
「女神にクビとかあるんだ!?」
「あるわね」
「ありますね」
「マジで!?」
さも当然とばかりに大きくうなずくフランとミリィ。
謎が深まりすぎだろ。
クビになったら普通の人になっちゃうわけ?
それはともかく、ユエルの頼みをなんとかしてやりたいとは思う。
「つまり、食堂を繁盛させてくれってことなのかな」
「そうみたいね」
「ですね」
「ふむ、確かに俺たちは救済部だが、他部署を勝手に救ってもいいのかねぇ? 神界の規定で禁じられているとかあったりするんじゃないの?」
「さぁー?」
いや、そんなでっかい瞳でキョトンとされても。
全くフランはアホかわいいなぁ。
ミリィならまともな回答をしてくれるだろうと、そちらへ視線を向ける。
彼女はいかにも、やれやれあなたは無能ですねと言った風に答えてくれた。
失敬なやつだ!
「特にそう言った記載はありません。我々も総務部の仕事を手伝ったりするじゃないですか」
「なるほど、そういやそうか。なら、遠慮なく行こう。ユエル、俺たちで良かったら手伝うよ」
「本当ですかぁ~!? う、う、う」
「? どうした、腹でも痛いのか」
「う、う、嬉しいんでずぅ~~~!!」
あらら、余計に泣いちゃった。




