8.静寂を切り裂く絶叫
挙動の怪しい騎士を眺めながら、カシアは一体何に巻き込まれてしまったのかと考える。
第三騎士団からの依頼は二点。
何らかの魔法で隠された貧民街の三番口に続くこの通りを出現させること、そしてどんな魔法も全て反射するという謎の物体をどうにかしろという内容だった。
それだけのことならば、カシアは今日のところは部下の誰か一人を出動させるだけに留めていただろう。
本件はイースの関わり無しで終わらなかったであろうが、イースを部屋から引っ張り出す時は、カシアが状況をすべて把握してからでも十分だった。
しかし依頼書をカシアに手渡した来た人物は、厄介な伝言を添えたのである。
『王太子殿下が、魔術師団長に出動を願うと仰せです』
書類を運び、そう告げたその者は、王太子の侍従の一人だ。
だからカシアは、今日こそはイースが面倒事を起こさずに、どうか早くこの仕事が終わりますようにと、いつも以上に強く願った。
もうその願いが叶わないことを、カシアは認めるしかない。
そもそも王太子は、貧民街にいる闇魔法使いの存在を知っていて、それでイースが出るよう指示した可能性もある。
ならばそのお守りとして魔術師団からはカシアだけが共に出るところまで予測していたはずだ。
団長、副団長の両名が魔塔を空けようと、カシアの部下となる魔術師たちは困らない。
そこは騎士団と違うところ。
団長であるフライア・エリスロースがここにいるならば、第三騎士団の副団長は必ず騎士舎に残っている。
それさえ王太子の思惑の内だろうか。
カシアにイースが出ない策を講じる時間を与えないように、例の侍従は期日の直前に依頼書を渡してきた。
自分の主君が急に依頼を決めたせいで、振り回してしまい申し訳ない。言葉に出さずとも、彼はそんな顔と態度を見せた──。
自分の主君でなくとも、王族を悪くは言えないよなと、カシアは同情さえしていたのだけれど。
まんまと策に嵌められていたわけである。
しかし今の状況はどうだろうか?
この場で騎士の問題が生じることまで、王太子が把握していたとは考えにくいカシアだ。
ならばこの件だけは関わらずに済ませることが出来るのではないか。
どう見てもこれは第三騎士団内で処理する問題。魔術師団が関与する必要性は感じない。
王太子もこれは認めるだろう。
カシアは苦々しく思う。
きっとこれも叶わないから。
イース・アバランが、黒髪の少女から視線を離さない。
この短時間の接触で、そこまで気に入ってしまったのか。
ここでカシアの思考が別の疑問に流れた。
大人の女性だとイースは言った。
背が低く現れた瞬間から子どもだと思い込んでしまったが、大人の女性と聞けばそう見えて来ないことも……カシアはそれで納得出来なかった。
顔付きも幼く、大人と聞いてもなお、少女は子どもに見ることも出来た。
カシアの思考は迷走する。
子どもが大人ぶっているのではないか。イースは子どもの機嫌を取ったに違いない。
カシアがそんな結論に至っている間も、カシアの上官は真面な魔術師団長のような顔をして少女に聴取を続けていた。
「彼に誘拐された方は、どうされているでしょう?──それは良かったです。お元気であることは何よりですから。えぇ、誘拐犯は悪人で、罰せられなければなりません。そのためには詳しく状況をお尋ねしたいのですが──悪人を裁くときには、詳細を調べるものなのですよ──捕まえてこの通りに?そういうことですか。──出来ましたらその方にも、お話を聞けますと有難く思います──それは有難いですね。お願いできますか?」
少女の黒髪が軽く揺れた直後だ。
「ぎゃあああああああ!!!!!」
突然静かな通りに絶叫が轟く。
カシアは風で耳に蓋をしながら考えた。
分かりやすい予告をしてくれるように、よくよく頼むところからはじめようと──。
それから突然現れることも。
突然人を連れて来ることも。
いいことではないのだと、根気よく教えて差し上げなければ──。
子どもと思っているからだろうか。
妙な指名感も抱きつつ、カシアの中でこの少女と長く付き合うことになるという予感は決定に移りつつあった。
カシアは風で耳を塞いだまま、新しく現れた子どもを観察していく。
今度は子どもか大人かと迷うことはない。
背丈はイースの腰に届くほど。
短髪の少年は、白シャツと薄茶色のトラウザーを着用していて、街の子どもと変わらない容姿をしていた。
そして微弱ながら、その小さな身体の内側に巡る魔力を感じる。
この少年は、ただの子どもだ。
カシアも騎士たちも、同じ結論に至ったであろう。
闇魔法使いが誰か──。
カシアたちが見ていることにはまだ気が付いていないようで、少年は叫び終えると休む暇なく少女に向かい喚き立てていく。
「クロイ!この馬鹿!声を掛けてからにしろって、いつも言われてんだろおぉぉよぉぉぉ!!!どうせお前だって分かっていても、急にあの闇に包まれたら怖いんだからなぁぁぁ!!!──いや、別に怖くないし!俺は怖くないけどな!他の皆が困るだろうよ!それに怖くなくても、驚きはするんだからなぁぁ!お前のそれは、何も見えないし、何も聞こえないんだぞ!誰だって驚くだろ!いいか、いきなりはやめろ!分かったな!!!本当に分かってんのかよ?クロイはいつも──ってなんだよ、これ!どうして騎士がここにいる!」
カシアたちの存在に気が付いた少年が、右腕を真直ぐ前に伸ばし指差した。
「しかもあいつ!この間、俺を捕まえた奴がいるじゃねぇか!また俺を捕まえに来たのか!!!」
少年の指が示した先は、先ほど挙動不審な態度を示した茶髪の騎士に違いなかった。
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