7.不審な騎士
「それにそこの子ども!第三騎士団長たる私を悪人だと言うか!!!」
先程使った炎の魔剣を投影するようにフライア・エリスロースの内側から燃える熱は、子どもに飛んだ。
しかし子どもがふるふると首を振れば、冷静になって自省出来たのだろう。
フライア・エリスロースは穏やかな声色に変えて、子どもに語り掛けた。
「すまない。声を荒げ、驚かせたな。その隣の男のせいで苛立ったのだ。君は何も悪くない。いや、それより先程本意ではないとはいえ、私が剣で君に切り掛かることになってしまった。子どもを襲うなど悪人と言われても仕方がない行いだ。怖い想いをしたであろう。改めてそれを──なんだ?」
少女が首を振るたびに、肩までの黒髪はよく揺れた。
「子ども。違う」
「は?」
「失礼ですよ、エリスロース嬢。こんなにも美しい大人の女性ですのに。あなたの目はおかしいですね」
「アバラン、貴様っ!まだふざけるかっ!」
怒鳴り声は届いていように、イースも子どももフライア・エリスロースを見ずに、二人で深く頷き合っている。
「貴様っ!もう我慢がならん。貴様がそれを続けるならば──」
苛立つフライアの声を遮り、出て来たのはまた呑気な声だ。
今のフライア・エリスロースの気持ちが、胃が痛いくらいにカシアにはよく理解出来ていた。
「それにですね、エリスロース嬢。こちらの女性は、悪人ではなく『嫌なやつ』と言ったのです」
「貴様!私を知らないと言ったかと思えば、再三そのように呼ぶとは。しかも嫌なやつだと?やはり貴様はここで叩きのめしてくれる。その黒猫は邪魔だ。地に下ろせ!」
カシアはフライア・エリスロースが役目を代わってくれることは期待してはいけないのだと、少し前に抱いた甘い考えを撤回させた。
この二名の団長は、混ぜると爆発する薬液と同じ。共にあると、厄介事が増えていくだけ。
よく覚えておこう──。
魔術師団に第三騎士団から依頼が入ることは今までは稀だったが、この様子では早々に次回があると考えたカシアは、抱いたばかりのフライア・エリスロースへの勝手な希望を捨てていく。
とは言っても、カシアは目のまえで繰り広げられている彼らの不毛な会話に参入したいとも思わない。
それはフライア・エリスロースの後ろに控える騎士たちも同じ想いなのだろう。
今にも飛び掛からん気配漂う上官を止める騎士は一人もいなかった。
眺めたことで、カシアは彼らの一人と目が合うことになる。
青みが掛かった髪色をしたあの騎士は、確か第三騎士団の第五区隊長ディラン・ハワード。
カシアはお互いに苦労しますね、という気持ちで彼を眺めたが──。
「いい。あの赤いの。知らない」
「そうだったのですね。早とちりをしてしまいました。申し訳ありません。では嫌なやつとはどなたのことか、教えていただけますか?」
カシアを見る隊長の視線は、同志へのそれとは違っていることをカシアは鋭敏に感じ取った。
イースと子どもの会話は、今は聴取として捉えられる内容に変わっている。
普段を知らず、今の様子だけを見ていれば、イース・アバランの方が一人怒鳴り散らすフライア・エリスロースよりずっと真面な上官に見えなくもない。
違いますよ。
いつもはこうではありません。
あなたたちと同じように私も日々苦労しているのです。
第五区隊長含めた騎士たちにそう知らせたいカシアだった。
今後付き合いが続くなら、今のイースが通常だと思われては困る。
「それ──茶色の」
全員が少女の視線を追ったが、フライア・エリスロースの後ろに騎士は複数。
茶色が髪色を示すとすれば、該当者は三名。
誰のことかとイースがまた問うことを周囲は待っていたが、先に少女は言った。
「草の魔法。誘拐犯」
「彼が誘拐犯ですか。それは嫌なやつですが、悪人でもありましたね。それであなた様は良いと──そうでしたか。また早とちりをして彼女に訂正を促したこと、謝罪しましょう。申し訳ありません。あぁ、エリスロース嬢も。先ほどは要らぬ訂正を申し出てしまいました。謝罪いたします」
すぐに怒り出すかと思われたフライア・エリスロースは、そうしなかった。
「は?うちの騎士が誘拐犯だと?」
「オリバーが誘拐?」
騎士団の上官たちは、仕事への意識は高く持っているようだ。
カシアがそれを羨ましいと思った瞬間、大きな声が響く。
「騎士相手になんと無礼な!フライア団長、貧民街のガキ共の言葉など、信用には値しません。ディラン隊長も、どうかこんなガキ共に惑わされませんように!」
カシアの内に生じた一瞬の羨望は消えていた。
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