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残念な天才魔術師団長の初恋  作者: 春風由実


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75.受難のときの再来


「王城で禁じられている転移魔法を使って、夜会を抜け出したイース団長が、ご活躍されたというお話はよく分かりました。それで──」


 カシアはいつも通りに人の部屋で遅い朝食を取り始めた上官に聞いた。


「どうしてクロイさんを膝に乗せているのですか、イース団長?」


 今朝はいつもより大分遅くに起きてきたイースが、席についてしばらく、魔法で食事が運ばれたところにカゴいっぱいにパンを抱えたクロイが現れた。


 今日は朝早くから、エリーがパンを焼いてくれたのだと言う。


 それについては有難く受け取ったカシアだったが。

 当たり前のようにイースはクロイを抱き上げ、自身の膝に乗せてしまった。


 それからクロイはずっとイースの膝の上にある。

 食べにくいであろうに、器用に、そして美しく、イースは自分の食事も取り続けている。


 嫌がる素振りがまったく見られないとしても。

 さすがにこの状況を認めてはいけないと、カシアは思った。


「イース団長。以前からクロイさんとは、紳士、淑女としてお付き合いするようにと、よくよくお伝えしてありましたね?」


「カシアは朝から何を言っているのですか?今は食事をしているのですよ?」


「イース団長。本当は私の言いたいことをすべて理解されていて、あえて分からない振りをしておりませんか?」


「何のことでしょうか?あぁ、クロイ。このパンもとても美味しいですね。戻られてから、エリーさんにお礼をお伝えください」


「伝える。エリーもお礼……オイシイオカシヲ、アリガトウゴザイマス、コドモタチト、イッショニ、オイシクイタダキマシタ……言ってる!」


「はい、エリーさんのお礼は確かに受け取りました。今日もまた違うお菓子を用意しておきましたから、お帰りの際にお持ちくださいね。姉が言うには、間違いなく美味しいそうです」


「イース、いいやつ!エリー、喜ぶ!」


 イースがこの調子では、アバラン侯爵家の方々も大変な目に合っているのではなかろうか。

 カシアが上官の家族までを憂いたそのときである。


 はっ?

 カシアは目を瞠った。


 イースのちぎったパンが、クロイの口元へと運ばれると、クロイは迷いも見せずにぱくりと口に入れて見せたからである。


 先日も甘いものを食べさせていたとはいえ、どちらからも発言なく、こうも自然に反応出来るものだろうか。


 この数日の間に二人が変わる何かが起こっている?


 そう予測したカシアは、その内容を知ることが恐ろしくなった。

 カシアから聞く気はないから、どうか上官が自ら語り出しませんようにと、カシアは願う。


 夜会から消えたあと、翌日も、翌々日も、イースは魔塔を不在にしていた。

 王太子が問題ないと言うから、カシアも探すようなことはしなかったが、それなりには心配していたのである。


 そして今朝、カシアが出勤すると、イースの部屋から強い魔力を感じた。

 イースが戻り、眠っているのだろうと思い、用があるまではと放置していたら、この通りだ。


 テーブルに突っ伏してもう何も見ないようにしたくなったカシアは、「頼もう」と遠くに叫ぶ声を聴いてしまった。

 まだ今朝は先触れは来ていないから、連絡係の騎士が新しく変わったか、あるいはフライアが元の彼を超えたか。


 よく知らぬ仲にある一騎士を憂いながら、カシアは立ち上がることにする。

 長く放っておくと、いよいよ魔塔の敷地に入る門が破壊されかねないと思ったからだ。


「エリスロース第三騎士団長をお迎えして来ます。イース団長。くれぐれも、ここが私の部屋であることを忘れませんように」


「カシアは朝からおかしなことばかり言いますね。クロイ、このサラダも食べてみませんか?」


「草、いらない」


「確かに草ですが、この草に掛かるドレッシングはとても美味しいですよ」


「一口」


 見てやるものかと決めたカシアは、急いで自室を後にした。


 疲れた顔をしてカシアが中央階段を足を使って降りていけば、一階にいた新人魔術師の二人がはっと気付いて振り返り、二人揃ってカシアに安堵の表情を見せてくる。


「エリスロース第三騎士団長のことなら、私が迎えて来ますよ。二人は急ぎ訪問の登録処理をしておいてください」


「カシア副団長、その方だけではないのです。私たちではどうしていいか分からず──」


 何事かと、カシアは魔塔の外に意識を飛ばす。

 門の前には知る魔力が二名。


「連絡はありませんね?」


「はい。今朝はどこからも訪問の先触れは来ておりません」


 カシアは溜息を飲み込んで言った。


「どちらも私が迎えて来ます。あの方は登録せずとも魔塔に入ることが出来るはずですが。二人ともに本日長く滞在されるということで登録しておいてください。朝から重々しい挨拶がしたくなければ、二人は事務所に入っていていいですよ」


「「ありがとうございます、カシア副団長!そうさせていただきます!」」


 新人魔術師の二人は、転移魔法ではなかったが、各々得意な魔法を使ってさっさと二階の事務所へと移動していった。

 カシアが部屋まで案内した後に、この一階の受付に戻って来る気だろう。


 さて、問題は門の外だ。

 フライア・エリスロースのことは、これまでの付き合いで慣れてしまったから気にならない。

 今カシアが気にしているのは、そのフライアを揶揄って遊んでいる男。


 大きな魔力を使ったわけでもないし、今朝もしっかりと自宅で食事を取ってきて、身体は元気なはずのカシアだったけれど。

 今すぐにポーションを飲みたい気持ちになっている。


 今日は絶対に疲れることになる。

 それはもう心身共に──。


 嫌な予測を立てたカシアが意を決して魔塔の外に歩み出ると、高く上がり始めた太陽からぎらぎらと輝く強い熱を浴びることになった。

 忌々しくカシアが空を見上げれば、青と白の対比が昨日より明瞭になったと感じる。


 王国に夏が近付いている。




読んでくださいまして、ありがとうございます♡

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