73.役に立てる幸福 ☆
イースは得意な氷の魔法を使うことにした。
女性と石の接続した流れを瞬間凍らせることで断ち切り、石を排除した元の女性の流れへと溶かせて繋ぐ。
同時に石を皮膚から剥がして、身体の抉れた部分は凍らせることで出血を抑える計算だ。
今は女性を生かせばそれで良く、治療は後回しに決まった。
すべてを瞬きよりも短い間に終わらせてみせましょう──。
「分かった、イースに任せる──イース、今!」
クロイの合図とともに、大量の魔力がイースから放たれた。
溢れ出る魔力は先端で細かく枝分かれしながら、石に向かって飛んでいく。
人体に数多存在する流れを凍らせて、溶かせて──女性の胸元から服を破って石が飛び出した。
女性はゆっくりと床に倒れていく。これもイースが魔法で作った氷でそうなるように身体を支えた。
「クロイはまだ見ていてくださいね」
飛び出した勢いの流れに乗って、小さくはない石がイースの左の手のひらに収まる。
イースが指を折り曲げ手の中に石を包んでクロイに笑い掛けると、クロイは心配そうに眉を下げ、イースに頷きを返してくれた。
「大丈夫ですよ、クロイ。私も本当に少しは強いのです」
クロイに向けては甘く優しい声を出しながら、イースは石を握る手の内側に身体中から魔力を集めた。
イースの魔力を吸い込み始めた石は、手のひらの皮膚にぐりぐりとめり込もうとしながら、辛く寂しい気持ちを思い出せと、イースの心に訴え掛けてくる。
魔術師となってからはもう十年も過ぎたが、イースはこんな魔石があることも知らなかった。
その経験の浅さに、イースは初めて恥じている。
クロイのお側にいるために、私はまだ足りておりません。
まだまだ、もっと。これからは──。
不意にイースの意思なく、頭の中に記憶が流れた。
それはイースが別の思考を始めても止まらず、次々とイースの過去の記憶を呼び戻していく。
しかしどの年齢のどの記憶も、石が求める感情を生むことはない。
クロイに出会う以前のイースなら、この石に簡単に取り込まれていただろうか。
イースは大量の魔力でもって、石が身体に入り込んでくることも拒絶した。
同時に溢れんばかりの魔力を石に向けこれでもかと注いでやる。
それはもはや石に対する嫌がらせの領域だった。
石が望まぬ感情を乗せた魔力を、イースは大量にくれてやったからだ。
人間ならば、その者の嫌いな料理を口に大量に詰め込んで飲み込ませたようなものだと思えばいい。
嫌がるように震える石はイースから離れようともしていたが、イースは大量の魔力でそれも許さず、さらに石へと魔力を流した。
幼いときに、すべての感覚を奪われるあの部屋に長く閉じ込められた時間は、今ではクロイの魔法の闇の中で長く過ごしている幸福な思い出に等しく──。
大量の魔力を持って生まれた幸運には誰に向けてと言わずすべてに感謝して──。
クロイと出会ってから知った美しく輝くこの世界にあることに無上の喜びを見い出し──。
クロイの側にあるときの甘く優しい時間を永遠であれと願う──。
そのすべてにクロイの役に立てている今この瞬間の、満ち足りた想いも重ねて──。
クロイ。クロイ。クロイ。あぁ、クロイ。
クロイに対する気持ちを込めて、魔力をぐんぐん流していたら、イースの手の中の石の震えが止まった。
イースはもうしばらく魔力を流してから、左手を開いてみる。
石はただのよくあるほどほどの大きさの魔石にしか見えなかった。
「イース、平気か?」
クロイの声が僅かに震えていて、それがまたイースにおおいなる喜びを与えてくれる。
この想いもまた、あとで魔力と共に石に流そうとイースは決めた。
「私は平気ですよ、クロイ。魔力もまだ残してありますし、いつも通りに魔法も使えます」
イースは青い瞳を細めてクロイを見詰め返すと、安心させようと柔らかく微笑んだ。
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