71.あなたの元へ ☆
魔術師団長イース・アバランにとって、年に二度参加を強要される王家主催の夜会は、迷惑な恒例行事でしかなかった。
それでも今回程にイースが参加を渋ったことはなかったであろう。
イースは今朝からずっと不機嫌にある。
昨日は不機嫌になりそうで、むしろご機嫌に終わったのにだ。
昨日は魔塔にクロイが来ていた。
理由など分かり切ってはいるが、クロイは話さなくとも今夜に夜会があることを知っていて、今日は会わないと言ってきた。
イースが夜会に行かないと言えば、それでも会ってはくれないと言う。
そしてイースはカシアからこっぴどく叱られることになった。
横で見ていたクロイが「イース。めっ」と言ったから、昨日のイースは夜会に参加する気にはなれたけれど。
クロイ、明日もこちらに来て、今のように私を怒ってくださらないでしょうか──。
恍惚とした表情で願ったイースに、カシアは顔を引き攣らせていたが、クロイは「変なやつ」と言って、さらにイースを喜ばせてくれた。
そうして昨日は夜会に行くと二人に告げたイースだったけれど。
今日はクロイがいないからと、カシアの前では前言撤回、出来る限りの抵抗をしてみせた。
クロイが会ってくれなくても、今日は一人でもいいから、クロイに関する研究を進めたかったからだ。
どうしても、どうしても、カシアは許してくれず、イースは不貞腐れた状態で王城にやって来た。
会場に入ってからは、イースに対し驚きや嫌悪感を示す貴族をイースは何人も目にしたが、彼らはイースの記憶のどこにも残ることはなかった。
王族が席を立った後に、すぐに魔塔に戻りましょう。
そう決めたイースが、早く出て行けという怨念を込めて、上階の見晴らしのいい場所で偉そうに椅子に座る王太子を見上げていると──。
急にイースの頭に、王太子の声が流れた。
クロイと同じようにしているが、その声からイースが得る感覚は違っていた。
ならば答え方も、クロイとは違うはずだ。
瞬時にその考えに至ったイースが頭の中で返事をすれば、思った通りに相手は思考を読み取って、また声を届けてくる。
クロイにやられる?
クロイから何をされてもイースは嬉しいだけだ。
足手まといになるだろうかという悩みも抱かず、イースは返事をしていた。
お喋りな男からようやく場所を聞き出すと、イースは瞬間飛んだ。
この時間だ。孤児院のどこに転移するかと悩む必要もない。
イースは転移先を、クロイの子どもたちが眠る部屋へと定めた。
「石も聞く。その子らは、私が拾った。私の子どもたちだ」
着いたところで、イースはいつでも待ちわびる声を聴くことになった。
それはしかしいつも知る声としてイースには聴こえなかった。
クロイの声色がいつもと変わっているのか、それともイースの感覚が異なるせいか。
イースは瞬時にそれを判別出来なかった。
何せ魔力だけに留まらず、イースの生命活動のすべてを止めようとするものに、イースはまず全力で抗わなければならなかったから。
イースはその身体全体に宿る膨大な魔力を、細く紡いで体内を巡る魔力回路へと流していった。
こんなにも大量の魔力を急激に流してしまったら、魔力回路は傷付いてしまうかもしれないが、イースは後のことを考えなかった。
有難いことだと、イースは心から感じていく。
人より多くの魔力を持って生まれたことを、イースは今はじめて相手はなく感謝した。
おかげでイースはまだその声を聴くことが叶ったから。
「私のものに手を出した。道理。共に消えるといい」
いつもとは違う凛としたその美しい声に、イースは耳を澄ませた。
この声も保存しておきたいという欲が出て、さらに魔力回路に巡らせる魔力量を増やしたところで、待っていた淡い紫色の瞳がイースを捉えた。
横を向きイースを見詰めるその表情に、驚きと困惑と、そして怒りが交じり合っている。
イースはうっとりと目を細めて、淡い紫色の美しい瞳を見詰めながら、転移した最初からあった圧が消えたことを察知して魔力回路に異常に流してきた魔力を止めると、通常の感覚でこの場の状況を把握した。
室内は薄闇の中にあったが、イースは魔力で見えている。
孤児院の職員の女性が一人、並ぶベッドの間の床に倒れている。
背丈が違う子どもが六人、それぞれが子ども用の小さなベッドに横になっていた。
この六人はクロイとエリーが孤児院に預けた中でも年齢の幼い子どもたちである。
そして──並ぶベッドの前に立つクロイの前に、焦点の合わない目をした女性が、ゆらりゆらりとおかしく身体を揺らしながら立っていた。
「クロイ。お手伝いに参りました。どうか私にこの場のことを手伝わせてください」
イースはいつもより声を張り上げて言った。
まだ強く抵抗してきた感覚が残っていたからだろう。
クロイが首を振った。
「イース。帰る。魔塔でいいか?」
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