69.人間観察 ♔
背中は椅子の背もたれに預けて、横柄に足を組み、アレクセイは会場に集う貴族たちを見下ろしていた。
王家主催の夜会でも、王族にすべきことは少ない。
最初に貴族たちに向け言葉を授けたあとには、ただ席に座って上から彼らを眺めていればいい。それも短い時間に限られた。
貴族たちの多くは、王族に早く席を立って欲しいと願っている。
音楽に合わせて踊り、酒を飲み、軽食を味わい、お喋りに興じる楽しい時間は、王族が消えてからこそが本番だからだ。
不敬な奴らと思えども、アレクセイにもこれは気楽で有難い制度だった。
王族としては、貴族たちに場を提供し、持て成した実績が残ればいいのである。
そんなアレクセイも、未婚時代にはこういった夜会で少しの仕事があった。
下の会場に出向いて、令嬢らと踊らなければならなかったのだ。
その役目は今では弟や従弟に移っているから、アレクセイは気楽なものである。
だがアレクセイに仕事が何もないというわけではない。
むしろこの場は、アレクセイのために整えられているようなものだった。
王族がこうしてただ貴族たちを上から見ているだけの時間を作った理由は──。
アレクセイは目を凝らして、望まれた通りに会場を見渡してやる。
側ではこの国で最も高貴な身分にある男が、特別な椅子に座っていながら、肩身を狭そうにしてアレクセイを見ていた。
国王なのだから、堂々としていればいいものを。
気が散るから近くで余計な感情を露わにしてくれるなとアレクセイは願った。
国王のさらに向こうにいる男に向けても、アレクセイは同じ願いを持つ。
しかし口に出し願ったところで、自身の感情を制御出来る者たちではないことをアレクセイは知っているから。
黙してアレクセイは、会場を眺めることに徹した。
今夜は珍しいことに、会場に集う者たちの幾人かと目が合うことになる。
アレクセイの口角が上がっていく。
擬態の話題をしていると知り、アレクセイはその口角を上げたまま、眩しそうに目を細めた。
特に一人が分かりやすくアレクセイを睨みつけており、アレクセイは声を上げて笑いそうになってしまう。
いつも人の良さそうな貴族らしい微笑みを浮かべた魔術師団長が、今夜はどうされたのだと、周りで見ている者たちがざわついているではないか。
こうも変わるか。
アレクセイはその変化が愉快で仕方がない。
魔力量が桁違いに多い人間は、だいたい幼くして壊れる。
身体か、精神か、両方か、それは個別に違ってくるが、どれがと限定しにくいも、現魔術師団長がその一人であることは間違いなかった。
アレクセイはこの男の使いどころを長く考えてきたのである。
魔力は誰より多く、魔法の天才でもある男だが、壊れた欠損部分がいつでも懸念点として残った。
長く静観してきたアレクセイに、あれと接触させてはどうか、と思うときが来た。
アレクセイは迷わずクロを焚きつけた。
自身のこうした思い付きが、正しい結果を生む確率が高いことを、アレクセイは経験から知っていたからだ。
それが見事に嵌って、二人は今、互いに影響し合っている。
クロ側には自覚も何もないだろうが。
甘い部分を利用され、クロが流されていくのも良し。
男側がクロのために変わるも良し。
相乗効果でもいい。
どちらも使いやすくなってくれるなら、アレクセイにとって、これ以上の好ましい結果はない。
しかし──睨み過ぎだろう。
王家の夜会でそんな顔をする貴族があるか?それも魔術師団長だぞ?
得意の魔法を使って、せめて視線がどこに向いているか分からないようにしたらどうだ?
あからさまに王族を睨む貴族があっていいと思っているのか?
くくっ。面白い。
アレクセイは上機嫌であったが、さすがにこの場で声を上げて笑うことはしなかった。
されど今夜、アレクセイが面白がる相手は、この男一人ではない。
アレクセイは笑い声を上げずにいられるだろうか。
もう一人、アレクセイに挑発的な視線を送って来る女騎士がいる。
隙あらば、ここが王城でもどこでも、アレクセイに切り掛かって来そうな殺気を放つ女。
女がかつて妃候補の一人だったことを思い出せば、アレクセイはいつでもぞっとした。
アレクセイにはこの女を手懐ける自信が皆無だ。
それでもアレクセイは、女の使い道についても考え続けた。
本人も知らぬところで第三騎士団の団長職に導いてやったが、ここで終わせては勿体ないとアレクセイは思っている。
だからと言って、他の多くの者が出世と考える、第一騎士団、第二騎士団の団長などに収まらせては、もっと勿体ないことになると、アレクセイは考える。
今は戦時中でないこともあり、なかなか使い道の難しい女である。
部下となる騎士たちにはよく慕われて、彼女が鍛えたおかげで騎士たちの腕も上がっていることを思えば、指導者として第三騎士団に長く残って貰うことが最適だろうかとも考えるが──それで彼女は満足しないだろう。
だからこの女は扱いが難しいのだ。
存分に戦える場所に居た方が、彼女にとっては喜びとなろうか、それとも──。
アレクセイはまだ答えを出せないでいた。
しかし王族に向けて、夜会で殺気を出す貴族などいまだかつていただろうか。
それも第三騎士団長だぞ?
くくくっ。こいつらはその立場を何だと思って来たのだろうな。
アレクセイは笑い声を押し殺して、心の中だけで笑った。
そしてアレクセイの興味は、意外と面白い奴だったと知ったばかりの男へと移る。
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