68.新しい日常
石について話を聞かせてくれないか。
急なカシアの願いを工房長と職人は聞き入れてくれた。
と言っても、彼らが魔術師団の副団長の願いを断ることが出来たかどうかは怪しい。
「妻は魔法をちとばかり使える女でした。その妻が最後に魔力を込めた石がこれなんでぇ。仕事中にも見えるところに飾らせていただいておりやした」
応接室だというテーブルとソファーしかない簡素な部屋に通されて、工房長と職人と向き合う形で、カシア、クロイ、イースが同じソファーに並び座った。
こうして密室に集まれば、カシアたちは魔術師団の団長、副団長として魔道具の打ち合わせに来たようである。
今日は私的な用事として来たイースとカシアも、普段と変わらない魔術師団の制服を纏っていて、仕事でない方が不自然に見える状況だった。
その理由は、王国の魔術師団、騎士団の団員が、非番の時にも制服着用を義務付けられているからであったが、おかげで工房のどこにいても仕事中にしか見えない。
それは職人らもカシアたちを避けたくなるだろう。
この場で一人クロイだけが浮いていた。
今日は淡い黄色のワンピースを着用しており、ただの街娘という風貌だからだ。
これには工房の職員たちも困惑したであろうが、カシアは会話を続けるうち、彼らがクロイのことも魔術師として認識しているように感じられた。
これから入団するか、試験を受ける、魔術師の卵の娘を連れ歩いているとでも思われたか。
「魔力、注がない」
「へい?」
出された茶は、あの場所で飲んだ薬草茶によく似た味がした。
カシアは喉を潤しながら、クロイの言葉から職人に何を伝えるべきかと考える。
まずカシアは状況を尋ねることにした。
「今時点ではこちらの石に魔力を注ぐ予定はございませんね?」
「もちろんでさぁ。私が生きている限りはそのまま置いて、死んだら墓に一緒に入れてくれと子どもらには頼んでおるんですわ」
クロイは深く頷いた。
問題ないということだろう。
しかし……この石を預かって調査をすることは難しいと分かって、魔術師団の副団長として、カシアはとても残念に思った。
「御子様たちにも是非お伝えください。この石にはいつまでも新しい魔力を注がないようにと」
「分かりやした」
職人は理由を聞いて来なかった。
さすが王家が公認した魔道具工房の職人であると、カシアは感心する。
この短いやり取りだけで、この石に魔力を注いでは良くないことが起こることは理解したであろうし、詳しく知ろうとするか、言われたことを無視して魔力を注ぐなどしては、大事な形見の石が取り上げられることまで懸念しただろう。
庶民のうち王族や貴族を相手に仕事を続ける者たちは、察する力が強く、高い危機回避能力を備えているものである。
高貴なる者相手に対する引き際をよく理解していると言ってもいいかもしれない。
特にこの職人は魔法使いではなかったから、魔力について問うことが無駄だと考えたところもあるだろうか。
魔道具作りが出来る者たちは、魔法使いとは限らない。
魔石があり、魔法の仕組みが理解出来さえすれば、魔道具は作成出来るからだ。
その理解がとても難しいことだから、限られた人間にしか魔道具は作成出来ないのだけれど。
もちろん魔力を多く持つ方が、魔道具の製作に有利に働くことは多い。
魔道具は、多くが魔力の入った魔石を動力源として動く。
魔法を使えない魔力の少ない魔道具師は、魔力を注いだ魔石を他から調達しなければならない。
しかも魔石内の魔力には限りがあり、魔道具を動かすために消費をすれば、いずれ魔力は空になってしまう。
魔道具修理の依頼時にただの魔力切れということは多いものだが、魔力の少ない魔道具師は新しい魔石がなければ何も対応出来ないというわけだ。
困る場面はそれだけにあらず、たとえば試作品で駆動試験を繰り返した際に魔石の魔力が尽きてしまったら、魔法使いであれば自分でいくらでも魔石に魔力を注ぐことが出来るところ、魔法を使えない魔道具師は新しい魔力の満ちた魔石に取り換える作業を行うか、別の誰かに既存の魔石に魔力を注ぐよう依頼しなければならず、余計な手間や資金が掛かることになる。
しかしながらこういった工房は、必ずや商会と魔力を注いだ魔石を得る契約を結んでおり、常に潤沢な魔石の在庫も確保しているものだから、この職人は困るような経験をさほどせずには済んでいるであろう。
市井で個人的に魔道具を作ろうとするならば、それは魔力が豊富な者が始めるもの、という話だ。
さてこの職人は、仕事を通じて妻と出会ったのだろうか。
カシアは勝手な想像はそこまでにしておいた。
お詫びとして手土産を多めに渡して、カシアたちは工房を後にする。
「あの石は魔力を注ぐとどうなるのでしょう?」
「強い想い、同調しやすい」
「人の感情が、魔石に影響を残すということですね?」
「そう。強い想い、重ねる。石、強くなる」
カシアたちのように魔法を常に使い続ける魔術師は、魔石に魔力を注ぐときに無心であることが多い。
いつもの流れ作業としてそれを行ってしまうからだ。
だが時に強い思い入れを持って──それはたとえば大切な人が使うときを想いながら魔石に魔力を注いだら……通常の魔石とは変わってしまうということだろうか。
同一人物が同じ魔石にそれを繰り返したら一体どうなるのか?
魔石にはそれぞれ固有に魔力の入る限界値があると考えられてきたが、実はそこから違っていたのだろうか。
カシアはすでに頭の中でこれらの問題をどう検証しようかと、計画を立てている。
クロイと会話を続けながら、イースも同じようにしていたかもしれない。
クロイと出会ってから、カシアの知る魔法の理論が、魔法を行使するこの世界が、次から次へと新しいものへと塗り替わっていく。
行く先はどこに辿り着くのか。今はカシアにも分からない。
「クロイ、今まで出会った石のお話を聞かせていただけますか?」
イースのお願いにクロイはあっさり頷いたが、急にお腹を押さえて「空いた」と呟いた。
「何か食べてから魔塔に戻りましょうか。カシア、どのお店がよろしいと思いますか?」
女性を連れ回すなら店くらい事前に調べておいたらどうかと上官に対し思ったが、カシアは素直に知る店へと二人を案内することにする。
かつてカシアがまだ役職のない魔術師だった頃、工房に足を運んだあとによく立ち寄っていた店だ。
「クロイさんはお肉料理がお好きですよね?おすすめの料理店がありますので、お連れしますよ」
カシアの日常にクロイが存在する生活がすでに始まっていることを、まだカシアは気付かない。
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