67.魔道具工房
眼鏡を掛けた小柄な女性が、上機嫌に焦げ茶色の髪を揺らしている。
「こちらの工房では、私たちが設計した魔道具の製造をお願いしているのですよ」
やたらに魔術師団長らしい振舞いが憎いと、カシアがこれほどに思ったことはあっただろうか。
だいたい上官は、よく知ったような顔をして案内役を務めているが、団長になる以前の、魔術師になった当初から、この工房に足を運んだことなどないのではなかろうか。
今日のカシアは、イースとクロイを連れて魔道具の製作工房にやって来た。
魔術師団で設計、開発した魔道具の中には、世に流通し、人々の暮らしに役立てるものがある。
ただし通常販売されている魔道具とは違って、魔術師団を経由した魔道具は、王家の認可を受けた工房にて複製されて、王家指定の販売店を介し、王家公認の魔道具として世に流通することになる。
カシアたちが訪問したこの工房も、王家認可のそれで、魔術師団としてはイースやカシアが役職に就くずっと以前からの長い付き合いのある魔道具工房だった。
事前に連絡を取った際には、私的な見学だから気を使わないようにとカシアは伝えたが、魔術師団の団長と副団長が揃って現れたことで、工房の職人たちに視察や調査目的と思われてしまったのだろう。
工房長はカシアたちが現れると「どうぞ、お好きなだけ見て行ってください」と言ったものの、すぐにカシアたちとは距離を取って、それからずっと遠巻きに様子を伺うようにして他の職人たちと一緒にカシアたちの挙動を見ていた。
今日の目的は、カシアが事前に連絡した内容に嘘偽りはなく、イースがクロイに工房を見せたいと言い出したことが発端だった。
完全な私的な用事であり、職権乱用とも言える訪問で、職人らを振り回したことには、カシアは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
広い工房内では職人が散らばってそれぞれに別の魔道具を製作しているのだが、職人たちはカシアたちが側に近付くと、口々に急に用事が出来たような言い訳を残して、居た場所を去っていった。
「あぁ、在庫を確認して来ねぇとな」
「材料屋との約束の時間だから行かねぇと」
「俺も打ち合わせがあるんだった」
次々出て来る無理やりな言い訳には、カシアも笑みを零してしまったけれど、これでは見学にならない。
クロイは実際に職人が魔道具を作っているところを見たがっていたという話だった。
何度かどうにかしてくれという目でイースがカシアを見て来るが、ここまで分かりやすく逃げられてしまってはカシアだって心苦しくなるし、職人らに声を掛け引き留めることは躊躇してしまう。
工房の内部を見学出来たということに満足してくれないだろうか。
作り掛けの魔道具が見られただけでも良しとしてくれないか。
そして出来れば早くここを去るように。
カシアの善意からの焦りも虚しく、二人と来たら──。
「これ、買った。エリー、使う」
「料理に使う魔道具ですね」
「一台、解体した。作る、見る──いない」
「そうですね。担当の方がお戻りになりましたら、作っているところを見せていただきましょうか」
いやいや、これ以上彼らに負担を掛けないでくれ。
「イース団長。一台分の材料を引き取らせていただいて、クロイさんには後ほどイース団長がご自身で魔道具を作成するところを見せて差し上げたらいかがでしょう?」
「カシアはいいことを言いますね。そうしましょうか、クロイ?」
「あとで、ここ、見ていいか?」
「それもよろしいですが。私が作成するところも見ていただけませんか?」
「両方見る」
いやいや、それもやめておこう。
クロイの魔法があれば、誰のどんな姿も見られそうではあるが、他人の生活を勝手に見ることは良くない。
「団長。それはあとでリリーさんも含めて話しませんか?」
「リリー、勝手に見る、駄目」
「そうですよ、クロイさん。緊急時は仕方がないとして、出来るだけ相手の許可を得てから見るようにしましょうね」
「許可、いいのか?」
「……そうですね。知らない方々には許可を得ない方がよろしいです」
クロイの魔法は特殊だ。
よく人を選ばずに闇魔法の話をされては問題となってしまう。
「ずっと、見ない?」
「それもエリーさんとお話ししましょうか」
クロイは分かりやすくしょんぼりと落ち込んでしまった。
イースからの冷たい視線を受け流しながら、カシアは今日エリーを呼ばなかったことを大層に後悔していた。
はじまりは数日前のことだ。
『せっかく擬態の魔道具を作りましたから、一緒に出掛けましょうと約束しまして──』
苛立つほどに晴れやかな顔で話し出したカシアの上官は、クロイとあちこちに行くのだとそれは嬉しそうに自分で立てた計画をカシアに話して聞かせた。
どうぞお二人で、と言うつもりでいたカシアだったが、上官の話を聞くうち、結局はカシアも共に出掛けることになっていた。
イースとクロイが街で二人きりなど危険が過ぎる。あらゆる意味でだ。
これがカシアの判断である。
もちろん工房見学自体を取り止めるようにとカシアは上官を説得したし、迷惑を考えればカシアもいつも以上にしつこく粘ったが、イースはどうしても行くと言って聞かず、事前連絡もなくクロイを連れて転移してしまいそうな勢いだったから、こうしてカシアが都合を付けて今日の工房見学が実現していた。
そんなカシアの苦労も、職人らの迷惑も鑑みることもなく、イースはここがどこかも忘れて甘ったるい声を出しクロイに語り掛けている。
「クロイは今まで見ないようにと沢山我慢されてきたのですね」
「見ない。出来る」
「素晴らしいですよ、クロイ。なんてお優しい方なのでしょうか」
どうして自然に頭を撫でているのですか、イース団長。
工房にいたから、カシアはそれを口にしなかった。
今カシアには、キィトと呼ばれたあの青年と上官が重なって見えている。
彼はとても若く見えたけれど、カシアの上官も精神年齢的にはそう変わらないようにカシアには思えた。
魔術師団長イース・アバランは、二十代も終わりに近いというのに。
「あの石」
「「え?」」
イースとカシアの声が重なった。
二人ともに声に焦りが滲んでいる。
「泣いている」
「クロイさんが先日と同じことをしなければならない石でしょうか?」
咄嗟にカシアは尋ねたが、クロイが首を振ったから心底ほっとした。
クロイが指さした石は前回とは違いこぶし大もあり、壁際の魔道具が展示してある棚の上段に鎮座している。
「クロイ、あの石は何かした方がよろしいものですか?」
イースが尋ねても、クロイは首を振った。
「まだ」
その一言はカシアとイースの心に不安を誘うものではある。
イースが棚の上段へと手を伸ばしたときだ。
「それには触らないでくだせぇ!」
遠巻きに見ていた工房の職人の一人が大きな声を上げた。
「妻の形見の石なんでぇ。申し訳ありませんが、どうか──」
五十前後の男性が必死に頭を下げている。
イースは手を戻して、振り返ると聞いた。
「どうしましょうか、カシア?」
何故こちらに聞くのだとカシアは思ったが、職人の男性から事情を聞き出してみようと考える。
石についても、カシアたちは調査を開始していた。
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