63.小鳥がいると思うなら
「言った通りでしょう、エリスロース嬢。クロイはクリームたっぷりのケーキを好みませんよ。クロイ、お口直しにオレンジのジュレをどうぞ。口内がさっぱりしますよ」
「試さねば分からぬということもあろう。次はベリーのジャム入りのマカロンをどうだ?アバラン、食べさせてやれ」
カシアは今、自室にて目のまえで繰り広げられている光景を信じられない気持ちで眺めている。
一体自分は、上官に何を見せられているのか。
カシアの自室にあるいつものテーブルを皆で囲むことになったとき。
イースはクロイの隣の席を譲らなかった。
そこまではいつものことだからとカシアは特に気にしていない。
クロイとテーブルを挟んで対角の席を望んだ王太子が、結果としてカシアの隣に座ることになったことも、カシアは思考を振り切ってもう気にせずにいられた。
クロイに近い方がいいからと、クロイの前の席を選んだフライアがカシアの隣に座ったことについては、カシアも特に気にするところはない。
それにカシアは、もっとも気にすべきことも放置している。
あの侍従はまだカシアの部屋にいて、氷の檻に閉じ込められた状態で、床に寝転び意識がなかった。
誰もが侍従チェイス・グレートレスを放置出来たのは、王太子が彼の生命に問題はないと言い切ったからではあったが、目覚めたときに彼は何を思うだろう。
多少は憂いたカシアであったが、他の多くの問題に気を取られて、今ではすっかりチェイス・グレートレスのことを意識から外している。
こうして普段より格段に大らかに気を保つカシアであったが。
目の前の上官の振舞いには、どうしても眉を潜めてしまうのだった。
「エリスロース嬢。やはりマカロンは甘過ぎです。クロイ、次はレモンのタルトにしましょうね?」
イースはとても貴族らしい器用さを見せていた。
どんな形で、どんな大きさの菓子であれ、ナイフとフォークを使い、一口大に切り分けてみせる。
そこまでならば、カシアも上官を称賛するだけだった。
問題はその切り分けた欠片をイースがせっせとフォークに乗せて、隣に座るクロイの口へと運んでいることである。
最初のとき、カシアは危うく叫びそうになった。
何をしているのですか、イース団長!
その声を出さずに済んだのは、クロイが躊躇いもなく口を開いて、イースの運ぶ菓子を受け入れたからだ。
唖然としてイースとクロイの様子を見てしまったカシアは、我に返ると淑女らしさを教えると言っていたフライアに期待した。
ところがフライアはイースを止めることなく、むしろ途中からは、あの菓子はどうだ、次はこの菓子を食べさせよと、二人を援助するような形で口を挟むようになった。
見ていたものは、カシアの脳内で勝手に変換されていく。
大人二人で協力し合い、保護した小鳥に給餌をしている姿に見えてしまったのだ。
そのうち隣から時折聴こえる、くくっと声を押し殺すようにした笑い声も、カシアの脳内で外の小鳥の囀りと同等に扱われるように変わった。
もう好きにしてくれ。
カシアは自室にいながら、観察者であり続けることを選んだ。
そうして眉を潜めつつも、ただ見ていれば、クロイの様子が変わってきたことに気が付く。
おそらくはカシアの上官も気が付いているだろうが、それは嬉しそうな顔をして、クロイに給餌をしながら熱心に話し掛けていた。
「最初にお伺いしたときにお持ちした焼き菓子は食べられましたか?」
「エリーと子どもたち、食べた」
「そういうことでしたか。今度はクロイの好むものを、クロイ個人にお持ちしますね。いつでも食べられるように、こちらにも用意しておきましょう。次もこうして二人で食べましょうね?」
「エリーの分」
「分かりました。こちらにも必ずエリーさんの分も用意して、お土産にお渡しします。もちろんそちらにお伺いするときには、エリーさんの分も別にしてお持ちしますよ」
「エリー、甘いの、好き……とても喜ぶ」
もう間違いはなかった。
元から多くを語らないクロイの声から張りが消え、その瞼も半分に落ちている。
あとは誰が提案するかということだが。
カシアは上官に恨まれたくなくて、まだ観察者であり続けることにした。
イースはクロイに無理をさせないだろうという信頼もあった。
フライアもイースに任せているのだと考えた。
ところがである。
「クロ。ここはもういい。寝ろ」
王太子がもっとも早くクロイに声を掛けてしまった。
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