57.魔力を感じない人間
目を見開いた状態で固まるチェイス・グレートレスには興味もないような顔をして、クロイは首を傾げて、またしてもどこぞの誰かと会話をしていた。
「嘘ではない?それは嘘ではないか?またよく分からないことを言う。ゴナンとはなんだ?五人兄弟?兄が沢山か。どうして悪口になる?また分からないことを言う」
チェイス・グレートレスの身体が小刻みに震えていた。
魔力と生体反応が示すそれは間違いなく歓喜だ。
イースとフライアも怒りを忘れ、チェイス・グレートレスを見ている。
「なんとなんと……あぁなんと……こんな子どもだったとは……」
この侍従チェイス・グレートレスの反応にはおかしな点が多い。
クロイを見て歓喜している様子は当然ながら、イースとフライアから同時にあの強烈な魔力を浴びせられ、どうして顔色ひとつ変えずに無事に立っていられるのだろうか。
魔力少なく、魔法が使えない人間でも、これだけの強い魔力を浴びれば恐怖を感じるものである。
何も見えないし、何か分からないが、身体の重さ、息苦しさを覚えて、立っていられなくなり、ひとときの間に生死の恐怖に苛まれる。
イースとフライアが先程放った魔力はそういうもので、カシアの部屋には念入りに防御の魔法を施しているとはいえ、おそらくは魔塔内にいる魔術師たちは何事かと震え、来たる有事に身構えていたことだろう。
それがチェイス・グレートレスは平然と立っていて、そして何故か今になって震えている。
その震えも歓喜によるものと来た。
『魔法は効く。その首輪と腕輪が良くない』
クロイの発言がいよいよ現実味を帯びて来て、カシアはたった今目のまえにいる侍従を通して自分が誰と対峙しているのかと恐ろしくなった。
この侍従が来るまでの間に、カシアはクロイから出来る限りの話を聞き出そうと試みていたのだが、クロイからは今まで王族について詳しい話を聞けていない。
クロイは確実に誰かに隠せと言われている様子だった。
チェイス・グレートレスが一歩前へ歩み出す。
カシアたちは警戒したがそれ以上は近付かずに、チェイス・グレートレスは立ち止まると、クロイの全身を上から下まで眺めるようなことをした。
その視線はない。
そう思ったのは、カシアだけではなかったのだろう。
一度は収まったイースとフライアから出る魔力が、またここで強さを増した。
それでもチェイス・グレートレスは気にする素振りも見せない。
魔力を感知しない人間がいるだろうか?
感覚器官に異常があれば、そういうこともあり得るかもしれないが、カシアは過去も含めてそのような事例を知らなかった。
例外としては、クロイのように魔力を封じる能力を持つ人間であれば、他者の魔力に恐れる必要はないだろう。
そしてもうひとつの例外としては──魔力が効かない人間もそうだ。
魔力が効かない……それは魔力を感じないということなのか。
だが一点、まだ別の可能性は残っている。
クロイが魔法を行使して、チェイス・グレートレスにイースやフライアの魔力が届かないようにしている可能性だ。
しかしそうする意味がどこにあるか。
「子どもという話ではなかったが……されどこの目と髪ならば間違いない。お嬢さん」
イース、フライアの両名は、ここでこの侍従は完全に黒だと決めたのだろう。
相手が一向に恐れないものだから、二人は禍々しいほどの強い魔力をチェイス・グレートレスに向け始めた。
クロイの拙い説明を聞く限り、彼が悪人と決まったわけでもないのに。
酷い話だ──とカシアがまだ言えたのはここまでだった。
お嬢さんと呼ばれてピンと来なかったのか、クロイは離れたところから首を傾げた状態で侍従を見上げている。
「殿下があなたにお会いしたいとお望みです。私に付いてきていただきたい」
チェイス・グレートレスは、作りましたと顔に書いてあるような笑顔を見せていた。
クロイを子どもだと思っているようだが、あの顔では子どもはかえって恐れ泣くだろう。
クロイの首の傾きが戻り、その口が開かれた。
「イース。フライア。カシア。今から魔力を出さない。疲れたくないから、頼む」
「なんと……?」
フライアだけはくっと喉を鳴らしたが、直後にはフライアから放出する魔力も消えた。
イースとカシアはもちろんすぐに魔力を出さないようにしている。
クロイに疲れたくないと頼まれては、従うしかない。
「灰色の。それ──命を削る。死にたくなければ、捨てろ」
「なんと?」
クロイはトトトと早くない足取りでチェイス・グレートレスに近付いていったが、大分距離を空け、立ち止まった。
まるでそれが、これ以上は近付きたくないと言っているように、カシアには感じられた。
「その胸に隠す石を出せ。そこに転がせ。私が鎮める」
チェイス・グレートレスの右手が制服の上着の胸ポケットを押さえる。
「なんと……小娘、私の何を知っている?」
「灰色の。早く石を捨てろ。もう時がない」
チェイス・グレートレスは胸を押さえて黙る。
「出さないか──イース。カシア。フライア。いいと言うまで、魔力は出さない。石に入れたくない。疲れたくない」
各々頷いた。
瞬間、部屋の空気が変わる。
読めるものがなくなり、カシアは顔以外に動かせなくなった。
けれど──チェイス・グレートレスは変わらなかった。
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