55.腹の探り合い
カシアも必死だ。
チェイス・グレートレスの身体をくまなく観察し、出て来るものすべてを余すことなく受け取っていく。
こんなにも魔力の少ない男だったろうか。
それでも微細な揺れは感じた。生体反応から読めるものもある。
緊張。疑心。期待。憤怒。嫉妬。憎しみ。向上心。
様々な感情が今のチェイス・グレートレスを支配していることは分かったが、魔術師とて高度な魔法を使わずに他者の明確な思考を読める者はない。
チェイス・グレートレスは、今何を考えているだろうか。
「こちらには、お二人だけでしょうか?」
カシアは一度息を呑んでしまったが、何事も無かったように微笑を崩さず、問い返した。
心を読み合わなくても、人間には言葉がある。
「どういう意味でしょう?」
その言葉が少ない人間相手に、カシアは今とても苦労しているのだけれど。
「実は……お噂を耳にしましてね」
侍従チェイス・グレートレスは訳知り顔で語り始めた。
「最近魔術師団と第三騎士団が協力し、匿っている者がいると。それもその者は、殿下が探すようにと命じられた貧民街の人間だという話ではありませんか。まさか王家に仕える皆さまが、報告を偽り、隠しごとをなさるだなんて。まさかまさか……そんなことはあり得ない、ただの噂話であると、私は皆様を信じているのですがね。そのような噂話が立つこと自体に、殿下は酷く心を痛めているご様子でしたもので……。今日は御三方が揃っておりましたから。えぇ、少しばかり心配になりまして。もしも噂などではなく事実となれば……」
チェイス・グレートレスは最後まで言わなかった。
いつもこういう男なのだ。
「噂は元より、殿下が探すよう命じられた、という話は初耳なのですが。そのような事実があるのですか?」
「おや?お聞きになられておられない。それはそれは……」
わざとらしくチェイス・グレートレスは、一度その視線をフライア・エリスロースに投げつけた。
フライアは気付いているだろうに、優雅に紅茶を飲むばかりでカシアたちの方には視線を向けない。
「えぇ、ですから隠すも何も。侍従殿が私たちに何を仰っているか分かりません」
カシアの発言が、予想から大きく外れていたのだろう。
少ない魔力が大きく乱れて、心拍数も上がり、動揺は見られたが、チェイス・グレートレスも貴族らしい微笑を崩さなかった。
「いえいえ。私などが口にせずとも、皆様お分かりのことでしょうから」
「どうも私はこの年齢になってなお、学びが足りないようです。お恥ずかしい限りですが、侍従殿には是非お言葉にして教えていただきたい」
また少ない魔力が乱れると、チェイス・グレートレスの頬に引き攣りを確認出来た。
それでも笑顔を崩さずにいられたのだから、チェイス・グレートレスは流石王族に直接仕える貴族だと言えるだろう。
「尊き御方々に隠すようなことはなさいませんようにと。それだけのことですよ。お家柄のよろしい皆様ならば、当然ご存知のことでございましょう」
「そうでしたか。では何も問題はないということで、この話は終わりでよろしいですね?」
「なんと……ならば殿下がお探しの人間を匿ってはおられないということでよろしいか?」
チェイス・グレートレスの方が直接的な言葉を使うようになった。
貴族としての忍耐力は、少々不足気味かもしれない。
「その話は聞いておりませんと、お伝えしたばかりではありませんか」
「……魔術師副団長。今日はどうされた?」
察しろと言いたいのだろうが、今日のカシアはこの侍従の願いを叶えてやれない。
「何のことでしょう?私はこの通り、いつもと変わりませんが」
「……少々調子に乗っておられるのではないか?」
「そうですね。今日は天候も良く。おかげさまで朝から身体の調子はとても良い状態です」
チェイス・グレートレスが押し黙った。
魔術師団の副団長と仲違いして、いいことはないと気付いたのだろう。
しかし……ここで引く気はないようだ。
「本日は殿下より賜ったお言葉を伝えに参った。聞いたのち、もう一度答えていただきますよ、魔術師副団長」
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