51.残念な天才魔術師団長と不憫な自称凡才魔術師副団長
カシアの前で上官がはっと気付きを得た顔をしていたが、カシアは気にせず、自分の推論を続けていく。
「つまり自分の魔力でも、他者の魔力でも、クロイさんの中で魔力操作の方法は変わらない感覚でなされている。魔石への魔力注入も同じようにクロイさんの感覚では変わらないもの、と仮定しますと、また違う推測も出来てしまうわけです」
クロイがすべて同じように扱っているならば……自分たちもまたクロイのそれを同じように扱える可能性は高い。
カシアにはまだ見えないその本質を突きとめて、たとえいつまでも見えずとも成り立ちを理解さえ出来れば、カシアにだって同じように使える希望があるというのは、とても夢があることではないか。
少なくとも魔術師ならば──少年時代の魔法使いだったカシアでも、一度見てしまったこの夢を追い掛けずにはいられない。
公表出来るかどうかの問題はあるが、秘密の共有範囲が広がれば、まず魔塔で大騒ぎになることも目に見えていた。
魔術師団をとっくに退団した魔術師たちも集まってくるだろう。
研究が進めば、これまでの魔法理論をひっくり返すことになるかもしれない。
カシアの胸が自然に鼓動を早くする。
「質の違うだけの魔力、という定義もまだ残されているということですね。何事も断定せず、疑似魔法作成と並行して、もう一度最初からクロイの魔力を検証することにしましょうか、カシア」
「えぇ、団長。それにポーションも、魔石と同様、干渉体である可能性もあると思うのです。いいえ、もしかすると──この世界そのもの──我々が使う魔法というものは、あらゆるところに存在する干渉体を用いて実現しているのかもしれません」
「ふふっ。カシアの発想力は見事ですね」
「見えないからこそですよ、イース団長。分からないからこそ、想像が捗るのです。私たちが魔力を注ぐ物質すべてが、干渉体であり、クロイさんがその効果を高めることが可能ならば、イース団長が見ていた残滓なども──」
自分から嫌味という言葉を発したのがつい先ほどだったことも忘れて、カシアは自説を語っていた。
そんなカシアの前には、一貫して嫌味という意識を持たず、ご機嫌そうに笑う上官がいる。
「ふふふっ。世界は美しいもので溢れているということでしょうか。クロイの魔法自体を見ていないとすれば、悲しくも思いますが。クロイがそれを教えてくださったのであれば──私は幸せですね」
うっとりと高く虚空に微笑んだ上官は、すぐに視線を落として、カシアを見るとさらに微笑みを深めた。
「気付きを与えてくださったカシアにも感謝しますよ。私に幸福をありがとうございます。これからはどんな状態のこの世界でも好ましく受け止めて生きていけそうです」
カシアはイースが自分を求めていた意味をこの短い時間に悟った。
天才は天才故の苦悩があるのかもしれない。
ぼんやりとそんな想いを抱きながら、今のカシアは魔法の推論に夢中で、せっかく抱いた想いもさらさらと忘れ行く。
「まだ仮定ですよ、イース団長。それに資料を拝見したからこそ、見えない私は推測することが出来るようになりました。するとすべてはイース団長のおかげだったと言えるでしょう。ところで……イース団長は、あのときクロイさんにいただいたポーションを、まだお持ちですよね?」
急にイース・アバランが胸を押さえて取り乱し始めた。
まさかそんなところに隠し持ち歩いているのかと、カシアは上官に胡乱な目を向けてしまう。
せっかく楽しく魔法談義に花を咲かせてきたのだから、まだしばらく団長らしい姿勢を保って欲しかったとカシアは意味のないことまで願った。
しかし目の前にいるイース・アバランという人は、やはりカシアのよく知るイース・アバランという人で──。
「駄目ですよ、カシア!これは私の大事なコレクションになりましたから。クロイに初めていただいたポーションだけは、絶対に解析には回しません!」
「またクロイさんからいただけばよろしいのでは?」
「初めていただいたポーションはこれしかないのですよ?絶対に駄目です。そんな目で私を見ましても、解析には回しませんからね?それよりカシア、先日からお聞きしたいと思っておりました。いつの間にあなたはクロイにポーションをいただいたのです?」
急に雲行きが怪しくなって、カシアは慌てて誤解を解こうとする。
「お待ちください、イース団長。私が願っていただいたわけではなくてですね、急にこの上着のポケットに──」
「なんですって!なんて、なんて羨ましいことでしょうか!私はまだ直接受け取ったことがありませんのに」
「いえ、ですからね、イース団長。私も直接受け取ったわけではなく、気が付いたらポケットに入っていて」
「私の分をクロイから直接受け取っていたではありませんか!」
「それはイース団長がお眠りになったから……」
不毛な言い合いは、またカシアが思索の旅に出たことで即座に終わった。
「意識……記憶……意識ある状態の振動を低下させたから眠りに落ちる?記憶ある状態の振動を停止させたから、記憶が消えた……。クロイさんは一貫して同じ魔法を使っていたということか?ただ……それだと移動が納得出来ない。あの異空間がどの場所にも干渉出来ること……全空間に干渉?魔力含めた全物質への干渉率を自在に制御可能として……その論理で実現すれば……記憶操作も従来よりは各段に安全か?……干渉率の測定方法を……」
ぶつぶつと一人で続けたカシアが顔を上げると、イース・アバランは一層美しく微笑んでいた。
独り言を続けていたことに気付き、少々気恥ずかしくなったカシアは、目を逸らしたけれど。
「カシア、今から忙しくなりますよ」
珍しく数日魔塔に泊まり込んだカシアが、とても魔術師団の団長と副団長らしいことをしていたと思えたのは、久方ぶりに帰宅してシャワーを浴びてベッドに横になった後だった。
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