5.第三騎士団長フライア・エリスロース
「それもよりによって炎魔法とは!貴様、また私に喧嘩を売るのか、アバラン!」
高い位置でひとまとめにした艶やかな赤髪を揺らして、濃紺色の騎士服を纏った女性が、カツカツと足音を立てて近付いて来る。
その後ろに同じ濃紺色の騎士服を纏う男性騎士たちが続いた。
この赤髪の女性が、第三騎士団の団長フライア・エリスロースだ。
第一騎士団、第二騎士団とは違って、第三騎士団はその仕事柄比較的若い者が上に立つことの多い組織だが、フライア・エリスロースはその中でも早くに出世した、言うならばイースに近い稀有な存在だった。
しかも偶然にも、フライア・エリスロースは、イース・アバランと同年齢で、貴族社会でも二人はよく比較され噂されている。
そんなフライア・エリスロースが激怒して近付いてきているというのに。
「見てください、カシア。猫のように柔らかいのですよ。ほら、この通り。持ち方を変えると、猫と同じように身体が伸びます。それに触れると温かく感じる仕様になっているのですよ。猫の体温もこれくらいでしょうか?手触りも猫の毛並みと同等に思えます。香りは……無臭なんですねぇ。猫の香りがするかと思いました。こちらを作った方に是非提案したいところです」
両手で抱えた黒猫の脇を持って高く持ち上げその胴体をプラプラと揺らしてみたり、全身を撫でまわしてみたり、匂いを嗅いでみたりと。
イース・アバランは黒猫に夢中で、フライア・エリスロースの声をまったく聞いていなかった。
いよいよフライア・エリスロースが、激怒したまま魔術師団の二人の側へとやって来る。
「アバラン!貴様!聞いているのか!何故この私の管轄で炎魔法を行使した!」
近付いて大きくなった声を聞いても、まだイースは黒猫の観察に夢中だった。
黒猫の顔に顔を近付けて、黒猫の瞳を熱心に覗き込んでいる。
本当はここに関わりたくなかったが、仕方がないのでカシアは言った。
「イース団長。第三騎士団のエリスロース団長がいらっしゃいましたから、その黒猫のことは後にして、話を聞いてください」
抱える黒猫を抱き直して、やっとイースの視線はフライア・エリスロースを捉えたのだが。
「おや、エリスロース嬢。お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」
笑顔で呑気な声を掛けたものだから。
カシアは頭痛がしてきた。
「貴様、嫌味か!」
イースたちから少しの距離を空け、通りのど真ん中でフライアが立ち止まれば、後ろに続いた騎士たちも一斉に足を止めて並び立った。
さすが訓練された騎士たちである。
魔術師団では見られることのない光景だが、しかし見たいとも思わないカシアだった。
自由な魔術師たちをこのように一律の動きをするようにまとめるのは無理だ。
「嫌味とは。何のことでしょう?」
なお呑気なイースの声を受け、腰に手を当てたフライア・エリスロースは、一度空を見上げたのち、顔を戻してまたイースに視線を戻した。
「はぁ。貴様にはいくら言っても無駄だったな。とっとと仕事を終えて解散しよう。今朝は先に出て、この通りの魔法を解除したのだな?その点に関しては例を言うが、魔法の中身を後ほど詳しく説明してくれ。今後はうちで対処する」
「解除?何の話です?」
「何の話だと?貴様がこの通りに掛かる魔法を解除したから、貴様らもここに到着出来たのだろう?」
「あぁ、報告書にそのような記載がありましたねぇ。ですが、この通りには認識疎外や隠蔽の類の魔法は掛かっておりませんでしたよ」
「馬鹿なっ!では貴様の前には、この通りが現れたということか?」
「現れてはいませんね。転移しましたから」
「王都で転移魔法を使っただと!貴様、許可は得ているんだろうな?」
どうして余計なことを……。また作る始末書が増えてしまった。
カシアはひっそりと頭を抱える。
それでもカシアが口を挟まないのは、団長間のやり取りに関わりたくなかったから。
イース・アバランと、フライア・エリスロース。
同年齢で目立つ職にあるためよく比較される二人であるが、相性は最悪だった。
二人の板挟みになって、カシアに良きことなどない。
「それになんだ、その黒猫はっ!ぬいぐるみを抱いて来るなど。遊びの場ではないのだぞ!」
「──フライア団長、それが例のすべての魔法を反射する物体です」
後ろにいた騎士が慌てて説明すると、フライア・エリスロースは目の色を変えてきた。
「黒猫の姿とは聞いていないが、その件は後で聞く。アバラン!貴様、それも解除したのか?」
「いいえ。何もしていません」
「馬鹿にしているのか?抱えているではないか!」
「えぇ、よく観察させていただこうと思いまして」
「どういうことだ、何が起きている?フォッシル魔術師副団長!」
フライアの怒りの熱が飛び火して、カシアこそこの場を去りたい気持ちになっていたが。
そこは貴族らしく取り繕って、カシアは平然と答えた。
「団長の言葉のままです。先にこちらに到着し、対象を観察しておりました」
「解除はしていないということか?」
「そのようです。団長はその黒猫に向けて、まだあの炎魔法しか使っていません」
断言して答えなかったのは、イースが何かしていてもカシアには分からないことがあるからである。
「ふむ……つまり私が攻撃しても、反射が起こるということで間違いないな、フォッシル魔術師副団長」
「それは私には断定出来かねます。まだ観察を始めたばかりですので」
実際カシアは、黒猫の実態を何も理解していなかった。
イースがどこまで分かっているか、それだってカシアには分からない。
「おかげで状況は理解した。フォッシル魔術師副団長、アバランと共に来たことに礼を言う」
フライア・エリスロースの視線がアバランに向き、解放されたカシアは心底ほっとした。
もうこうなってしまってはあとは二人で好きに話してどうにでもなれと、カシアは思っている。
「それを下ろせ、アバラン。私にも一度試させろ。部下の話を聞いて、それの程度が気になっていてな」
「嫌です」
イース・アバランは、即答だった。
カシアは一歩、二歩と、少しずつ足を引き、出来るだけ二人から距離を取る。
朝から二度も熱風に焼かれるのは御免だ。
フライア・エリスロースが、腰の長剣を引き抜いた。
カシアはその剣の全体から強い魔力を感じ取る。
魔剣だ。
カシアは獣の革で作られたその鞘に魔力を漏れないように魔法が掛けられていることも知っていた。
急激に溢れた魔力は、通りの左右の廃墟に残る窓をガタガタと揺らす。
カシアは身を守る魔法の風を纏った。
「ほぅ。ならばそのまま抱いておけ。アバラン、貴様とは前から手合わせしたいと願っていた。お前たち、手出しは無用だ。いいな?」
タッと地面を左足で蹴って、フライア・エリスロースが跳躍する。
右手で高く掲げた剣が轟轟と唸る炎を纏い、今まさに振り下ろされようというとき──。
「それ、返して」
魔術師団の副団長であるカシアが驚くほどのことは、第三騎士団のフライア・エリスロース団長にも予測不能だったようだ。
「なっ!」
慌てた彼女の剣は、しかし停止するには遅かった。
勢いのまま落ちていく燃える魔剣が、子どもの頭を直撃しようというとき。
「なっ!」
もう一度、フライアが叫ぶ。
剣先が──消えた。
読んでくださいまして、ありがとうございます♡




