4.拾った玩具
カシアが怒鳴る間に、熱風が消えていった。
何もなかったように、通りに元の静寂が戻ってくる。
一度叫んで理性を取り戻したカシアは、この場所が静か過ぎることにようやく気付いた。
早朝とはいえ、王都にはもう人の声が溢れている時間なのだ。
それらの音が一切この通りに届いていないことはおかしいし、通りの左右に並ぶ建物や、旗の向こう貧民街の中からは、多くの人の気配を感じるというのに、近い場所からも音がしないのは異常である。
防音の魔法だろうか。
しかしそれらしい魔力がない。
カシアは人の体内に宿る魔力も感知出来るが、魔法使用時の魔力はもっと鮮明に読み取れるものだった。
たった今、急に浴びせられた熱風に強い魔力を感じたように、誰かが魔法を行使していたならば、必ずそこには魔力が存在するもの。
ではこの静寂は一体何か。
自分の身に危険があって怖いという思考は変わらず出て来なかったが、カシアはこの場所に特有の不気味さを感じ始めていた。
イースが何の反応もせず前を向いたままでいるので、カシアもそちらに目を向ける。
するとそこに前にはなかったものが落ちていた。
これだって大分おかしい。
無かった物が増えたとき、カシアがそれに気付けないはずはない。
しかもそれが……。
「とても可愛らしい黒猫ですね」
イースから呑気な声がした。
予告なく熱風に晒しておきながら、カシアに迷惑を掛けたとは少しも思っていないのだろう。
カシアも黒猫を観察する。
どう見ても猫の形をした真っ黒い物体は、道の左右を飾る灰色の旗のちょうど真ん中に座っていた。
だがカシアには、黒猫に見えているのに、黒猫には見えない。
心臓が動く音も、血の流れも、黒猫からは感じ取れなかったからだ。
だからカシアは言った。
「生体反応がありませんから、猫ではないでしょう」
「えぇ。魔道具です」
カシアは上官の言葉に納得出来ない。
「魔力がない魔道具などあり得ますか?」
カシアと同じように魔術師の天才イースも疑問を抱いてはいたようだ。
「不思議ですよねぇ。たった今与えた私の魔力は、どこに消えたのでしょうか?」
「は?あれに魔力を与えたのですか?」
「えぇ。資料には反射とありましたが、吸収しておりますよ。間違いありません」
言いながら、イースはもう歩き出していた。
「待ってください、イース団長。あなたが危険とは思いませんが。さすがに得たいの知れないものに仔細の確認なく近付くことは──」
制止の言葉を並べたが、カシアは追い掛けてまで止めなかった。
イース・アバランが何かに興味を示すことは珍しい。
その珍しいことがひとたび起きたとき、イース・アバランに他人の言葉は届かない。
今朝あの腐海に足を運ぶ前には、イースがここまで今回の依頼に興味を持つと、カシアは思ってもいなかった。
命令があったからカシアにはイースを部屋から引っ張り出すしかなかったが、それが叶えば、視察の場ではどれだけ興味なく過ごしてくれても構わないと思っていたのである。
揉め事さえ起こさないでくれたなら──という条件付きにはなるが。
カシアは嫌なものを感知した。
生体反応と魔力と共に、複数の足音が後ろから近付いている。
カシアは今日一番に顔色を悪くした。現れるタイミングが最悪だったからだ。
「アバラン!貴様、今の炎は何だ!我らが守る王都で許可なく大魔法を行使したな!」
始末書の作成とお詫び行脚の仕事が、カシアに生じた瞬間だった。
声に振り返った上官が、嬉しそうに黒猫を抱える姿を見て、カシアは今度こそ頭を抱えて言った。
「どうしてそれを抱えているんですか、イース団長!」
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