3.予感的中
どうしてこうなった。
貧民街の三番口へと続く通りに立つカシアは、頭を抱え蹲りたくなる衝動を抑え考える。
ポーションとは、魔術師が複数の薬草を用いて作る薬水の総称だ。
主に身体の機能を回復する効果があり、怪我や病気の治療に使われるものではあるが、飢餓による身体の不調を治す作用もあった。
つまり定期的にポーションを取れば、食事は不要となる。ただしどのポーションも美味しくはない。
味覚ある人間ならば、食事を取るものだ。
魔術師団の団長であるイース・アバランは、当然自分でポーションを作成することが出来た。
だからイースは普段食事を取らない。
『効率を重視しているのですよ、カシア』
もっと若い頃に、年下の上官から笑顔でそう告げられたカシアは、説得を諦めた。
それでもせめて自分と会う時間くらいは人間らしく過ごして貰おうと、カシアはイースの研究室に向かうとき、必ず食事を用意する。
今朝もそうだ。
珍しく時間に限りはあったが、それでも朝食を取りながら、仕事の依頼について資料を渡し、詳しく説明するつもりで、あとは予定通りに動く手筈だったのに。
資料を早く渡し過ぎた。
今日のカシアの第一の反省点はこれである。
シャワーを浴びてすっかり貴族らしい見目に変わり部屋に戻ってきたイース。
器用にも顔の前に浮かべた資料を眺めながら、カシアの説明に耳を傾け、カシアの用意したカトラリーを両手に持って美しい所作で黙々と食していると思ったら──。
『あなたも食べ終えましたね。では行きましょう、カシア』
返事をする間もなかった。
これから第三騎士団と落ち合う予定が崩れ去る。
待てと叫んだ時には、カシアはもうこの場所に立っていた。強制転移だ。
転移の魔法は複雑で、しかも多くの魔力量を消費するために使える人間は少なく、まして他人を転移出来る魔術師となれば、この国ではイースを筆頭に、数人に限られるだろう。
「楽しみですねぇ、カシア」
軽やかな足取りで貧民街へと近付いていくイースを、カシアは溜息を吐きながら追い掛ける。
二人は今、王都で最も危険な場所に近付いているのだが、カシアにはこの男を護衛せねばという意識はない。
イース・アバランに敵う人間が、この国に、いやこの世界に存在することは、カシアには信じられなかった。
そしてカシアも自分一人ならばこの場所でも楽々と生き抜くことが出来るという自信はある。
だから怖れはない。
それでも貴族として守られ、生活力はまったくないが、この通り品行方正に育ち、今や研究室に引きこもる、世間知らずとも言えるイースが、不慣れな場所で何を仕出かすか。
まったく予測が付かなかったカシアは、貴族の幼子の御守りをするような気持ちで後に続いた。
「団長。伝令を飛ばしましたから、まもなく第三騎士団の者たちもやって来るでしょう。動くことは、それからにしてくださいよ。騎士団は管轄にうるさいですからね。王都で勝手をすると揉めます」
「安心してください、カシア。事前に観察しておくだけです」
カシアは何も安心出来ず、改めて辺りを見渡した。
通りの左右には廃墟に見える崩れかけた建物が並び、住人は一人もいないように見える。
だがカシアは多くの人の気配を感じ取っていた。
そして前方。
もっと多くの人の気配とそれなりの魔力を感じる場所。
ここは王領である王都だ。
王家がその存在を認めるわけもないため、公式にはここからが貧民街という明確な区切りはないが。
通りの左右に立つ灰色の旗が、ここから先は別世界だと示す指標になっている。
歴代の王家も何度もこの場所に手を入れようとしてきたが、すべて失敗に終わってきた。
現王は手を出さず放置することを選んだようだが、どうやら次代を継ぐ王太子はこの場所を一掃したいと願っているらしい。
それで騎士団を動かして……魔術師団まで協力要請が来た。それもイース・アバラン団長を出せという要望付きだ。
ここにいる貧しい民たちは、決して弱者ではない。
王家の支援を拒む者たちと思えばそれも──。
「これだけ近付いても、何も起きませんね。どうしましょうか、カシア」
いよいよ旗が目前に迫ると、イースはカシアを振り返らずにそう言った。
「ですから、第三騎士団が到着するまで──」
カシアは最後まで語れなかった。
突然視界が赤く染まり、すぐに襲った熱風から身を守らなくてはならなかったからだ。
熱風はカシアの理性も飛ばした。
「動くなと言っただろうが!!!どうしようと聞くなら、答えるまで待て!!!」
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