47.魔術師団を率いる者
クロイと出会ってからというもの、珍しいことは続くものである。
ポーション作成指導が終わってクロイが帰宅すれば、早々に自室に戻るだろうと考えていたイースは、カシアを呼び止めた。
まさか本気でクロイに関する諸々の不満をぶつける気かと、理由を付けて会話から逃れようとしたカシアに上官はこう言った。
「クロイの魔法の解析が進みましたので、カシアの意見を聞きたいと思いまして」
今までカシアが知るイース・アバランという人は、研究を一人で行い、一人で完結する、そういう男だったはずだ。
そんな男が、カシアに意見を求め、資料まで差し出してきたのである。
こうして魔術師団の団長と副団長は、カシアの部屋のいつものテーブルを囲んで、話し合うことになった。
手元の資料に視線を落とし、カシアが真っ先に思ったことは──資料を作成出来たのか。この一言に尽きる。
そして時間を空けて、カシアが思い出したことは──あの日エリーと二度目の話し合いを終えたあとに、イースが放った言葉だった。
『私は私が悔しいのですよ、カシア。クロイに話すに足る人間と思って頂けなかったのですから。自分の能力不足が悔しくて苦しくて──けれど私は諦めません』
上官のその言葉は、カシアにも重みを伴い全身に降りかかってきた。
カシアも同じくクロイの反応には悔しい想いを抱えている。
しかもカシアには、イース・アバラン以上に悔しがる理由がある。
闇魔法に関しては、一体全体どうしていいか、カシアには見当がついていない。
クロイに出会ってから、古い文献を読み漁って闇魔法に関する記述を探すようなことはしてきた。
しかしそれが現状カシアの限界だったのである。
自分で感知出来ないものを、ここからどう研究していけばいいか。
カシアには思い付くものがなかった。
この圧倒的な無力感は、イース・アバランという天才を知ったときよりも深く重くカシアにのしかかってきたが。
出来ないものは出来ない。
だが──手元の資料があれば話は変わった。
そこにはイースがあらゆる魔法を使って、クロイの魔力を評価した結果が一覧に並んでいたから。
「これは──従来の魔法と呼ぶにはあまりにも逸脱した結果ですね。私たちの認識してきた魔力に干渉する何かといった方が良さそうに思います」
資料と同時に、カシアの脳裏に今まで見て来たクロイの姿が蘇っていく。
吸収は──放出は──隠蔽は──。
カシアがここで簡易に気付いた推論を用い説明可能だ。
「やはりカシアもそのように捉えますか」
資料から顔を上げれば、イースが向かいの席で笑顔を見せていた。
いつもとはまた違うような、しかし貴族らしいいつのもの笑みにも見えるその笑顔が、カシアには何故か居心地悪く感じて、カシアはすぐに視線を手元の資料へと落としてしまった。
カシアは資料を見ながら、推論を展開していく。
「我々の持つ魔力──だけでなく、あらゆる振動数を持つものに干渉しているのでしょうか。その影響により振幅が増減し、時には振動が完全に停止、我々には感知出来ない存在になる。それが私たちの思う隠蔽だったと仮定して──」
「吸収と放出はどうです?」
「あの異空間──仮定を事実としたとき、干渉体そのもので出来ている可能性が見えてきますが。現時点では下手に仮定をせず、そこは私の浅い知識の元に不明として残しましょう。他者から吸収したものは、あの闇の異空間内ですべての振動を停止、そのまま保持しているものと推測しますと、その保持した魔力の一部か全部を再振動させて放出すれば──つまり我々が放出として捉えたあの現象は、魔力に干渉していたものを止めただけだったと言えるのではないかと」
同じように干渉する何かは、カシアには作り出せない。
しかし推論が正しいとすれば、カシアにも同じ現象を創り出せる可能性は出て来る。
「やはりカシアも試したくなりましたね?」
「そうですね。クロイさんの魔法を知りたいという想いもありますが、その原理が成り立つならば、新しい魔法はいくらでも生み出せそうですし。イース団長はまだ試されていないのですか?」
「今朝解析が終わったところなのですよ。ここからはカシアと一緒に作業したいと思いまして」
カシアはすぐに言葉を返すことが出来なかった。
共に研究などしたことはないのだから。
イースは論文も一人では書かない。
他人に自分の理解を伝える意思というものを持たないのだろう。
今まではカシアが何度も何度もそれはもうしつこいほどに、イースに問い掛け、そこからどうにかカシアが天才の頭脳を理解したのち、カシアが代筆したうえでイースは研究論文を世に発表してきた。
団長なのだから少しは魔法に関する論文を書けという上から下からの意見を受けて、カシアが手を掛けどうにかこうにかイース・アバランの魔術師団長としての体裁を整えてきたのである。
カシアが一番迷惑してきたところは、毎度律儀にイースが代筆者を明記して論文を提出するものだから、カシアがイースの共同研究者と思われていることだろう。
おかげでカシアにばかり研究についての問い合わせが来た。カシアにはカシアの研究があって、さらに団長が団長らしい仕事をしないせいで副団長として多くの仕事を抱え、いつも忙しいというのに。
それはさておき、今さら共に作業しようとは、何事だろうか。
「どうしたのですか、イース団長?いつもお一人で研究されておりますよね?」
素直に聞いたカシアに、イースはとんでもないことを言い出した。
「カシアはクロイの魔力が見えませんね?」
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