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残念な天才魔術師団長の初恋  作者: 春風由実


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46.苦労人は今日も苦労する


「私はすごい!カシアもすごい!カシアのポーション、美味しい!」


 クロイの背丈ではキッチンが高すぎると思って用意した台のおかげで、今日のクロイの顔はカシアからもよく望めた。

 淡い紫色の瞳をきらきらと輝かせ称賛されて、カシアも悪い気はしていないのだが。


 今はどうか落ち着いてくれないだろうか。

 カシアは先からクロイを宥めようと試みているのだけれど、クロイはちびちびと瓶に口付け少しずつポーションを飲んでは同じ感想を告げるものだから、カシアはその興奮を上手く鎮められないでいる。


 後方から注ぐじっとりとした視線と、刺すような魔力は、カシアの感覚を刺激して、次第にうるさくなってきた。


 どうする?


 焦るカシアに後ろから声が掛かった。


「今日は私にもポーションをいただけますね、カシア?」


 いやいや、飲んでどうする?

 今さらカシアに指導でもしてくれるというのか?


「カシアのポーションは美味しいでしょう、クロイ。ですから私も定期的に支給してくれないかと頼んだことがあったのですよ。それも一度や二度ではないお話です。それなのにカシアはポーションをいつまでも譲ってくださらないのですよ。きちんと代金はお支払することを伝えてもです。カシアは酷いでしょう、クロイ?」


 カシアの評価を下げる作戦に出たのだと気付き、カシアは上官の人間性にげんなりしてしまった。


 それにカシアには、クロイとイース、どちらにも強く訂正したいことがある。


 ポーションは決して美味しいものではない。

 カシアのポーションの味は、他よりマシという程度なのだ。


 日常的に美味しくごくごく飲むなんてことはもっての外。


「カシア!私も買取!定期!」


 いやいやいや、待ってくれと。

 カシアは教えを願い、クロイは今日ここに来てくれたはずである。


 カシアはいよいよ今日設定した立場を変えて、二人を諭すことにした。


「いいですか、お二人とも。ポーションとは、日常的に飲むものではありませんよ。本来の使用方法は、緊急時に頼る薬です」


「美味しいのですから毎日飲んでも構わないではありませんか。食事をせずとも身体も楽になりますし。ねぇ、クロイ?」


「まず美味しいという認識を持たないでいただきたい」


「カシアのポーションは美味しいですよ?」


「カシアのポーション、美味しい!」


 この二人は出来るだけ意見を揃えないで欲しいと、カシアは新しい願いを抱くことになった。

 援軍として今日はフライア・エリスロースに声を掛けなかったことを、カシアは強く後悔する。

 

 おそらくフライアは声を掛けられていたとして、ポーション作りには何の興味を示さなかったであろうが。

 クロイがいるとなれば、来た可能性はあった。


 いや、待てよ。

 カシアは思い至る。


 カシアの脳裏に彼女が援軍にならない可能性が見えたからだ。

 フライアならば、ポーションを定期的に売ってくれと言い出しかねない。


 魔術師団には、どの騎士団からも定期的にポーションの発注依頼は入っていた。

 この平和な王都でも騎士は訓練中の怪我が多く、ポーションを使う機会が多いからである。


 それはだいたい魔塔でも階級の低い魔術師の仕事となるが、カシアは魔術師になったばかりの頃からポーションの作成役を指名されないようにと逃げ回ってきた。

 ポーション作りを好まないことも理由だが、他よりマシな味だと知られたら、カシア指名で仕事の依頼が入り続ける懸念があったからだ。

 カシアも自作ポーションの味がいいことは、魔術師になる前より自覚済みで、ずっと多くにはそれが知られないように努力し続けてきた男なのである。


「そのポーションは、美味しいのではなく、他よりも飲みやすい味というだけです」


 だからカシアはいつも以上に熱を込めて二人の反応を否定する。

 美味しいなどと吹聴されては、堪らない。


「それが美味しいと言うのではありませんか。だからカシアのポーションだけを融通いただきたかったですのに。あなたときたら、渡してくるのはいつも新人が作った試作品で。酷いでしょう、クロイ。カシアは私が作ったポーションよりも美味しくないものを渡してくるのですよ。こんなにも美味しいポーションをいつでも所持しているというのにです」


 クロイが悪口に乗る気がないことに、カシアは気が付いた。

 イースがぐちぐちとカシアの文句を言い始めても、言葉は返さないし、首を傾げたり、頷いたりすることもない。


 意外に考えている人なのだと、カシアはまた失礼にも感心して、クロイを見やった。


 淡い紫色の瞳と目が合う。

 近距離で見れば、奥までよく光を通し、美しい宝石のようだった。

 だがカシアは見惚れることなく、さぁ今度こそポーション作成を始めましょうとクロイに提案する前に、まだ上官から声が掛かってしまった。


「カシアはまず美味しくなる秘訣を私たちに教えるべきではありませんか?」


 今日の趣旨が変わってしまいそうで、カシアは深く息を吐いてから強めに言った。


「そもそもですね。イース団長のポーションの味が劣る理由は、普段から真面に食事を取られていないせいだと思いますよ?ですので本気で私に教えを願うというなら、まずはきちんと食事を取る生活をはじめてからにしてください」


 食事に興味など持たずに生きているから、ポーションの味を極める気力も出ないのだとカシアは思う。

 だいたい天才イース・アバランならば、いくらでも美味しいポーションを開発出来ていただろう。


 カシアはポーション作りを好まないし、ポーションを飲むことだって特に好きではない。

 さりとて魔術師としてポーションを飲みたいときは頻繁に訪れるから。

 ならばせめてより味のいいものを。少量で出来るだけ魔力が回復するポーションを。


 そうしてカシアのポーションは、今の形に落ち着いてきたのだ。


 カシアはポーションの味に関してはイースに足りないものは意思の力だと思ったし、クロイも似たようなものではないかと感じていた。

 エリーのパンを特に好んではいるようだし、食事を与えればよく食べてはいたけれど、一人のときにはイース同様食事に興味を持たずに過ごしているのではないか。


 ちょんちょんと袖を引かれて、カシアがクロイを見れば。


「買取、定期、いくら?大量購入、値引き、あるか?」


 本気でカシアのポーションを売って欲しいと願っているようだ。

 値段交渉まで始めようというのか。


「クロイの分は私が作りますよ?カシアに秘訣を学び、必ずやカシアより美味しいポーションにしてお届けにまいりましょう。クロイの元へなら毎日、いえ日に何度でも通いたいですし、もちろん代金などは要りません。クロイのためならば──」


 カシアの袖を掴む手を半ば強引に奪い取って、イースは微笑む。

 そのひりひりした痛い魔力を今すぐに消してくれないかとカシアは願った。


「イース、いい。カシアのポーション、ほしい」


「あぁ、なんてことでしょう。カシア。あとで大事なお話がありますので、長くお時間をいただけますね?」


 魔力暴走が起きそうにもないことには安堵するも、今日のカシアは一時も心からは落ち着けない予感がある。


 どうしてこうなった?


 カシアの心が叫んだ。




読んでくださいまして、ありがとうございます♡

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