44.二人の天才も得手不得手あり
作り掛けの魔道具というのは、たいだい危ない。
カシアは魔術師団の副団長をしているから、嫌というほどそれを知っていた。
だからカシアも興味はあれど、手を出さないように我慢したというのに。
「問題ありませんよ、カシア。私も凄いですからね」
ふわりと笑ったイースは、もう先程の冷えた青い瞳を持っていなかった。
「これは──惜しいことになっていますね──ここをこうして──これでクロイのしたいようになるはずです」
軽微な魔力を注ぎながら、魔道具に書かれた術式をイースは書き換えていった。
繊細な魔力操作と術式の理解の早さ、そして魔道具への豊富な知識は、流石イース・アバランと言わざるを得ない。
カシアもイースの手元を興味深く見ていたが、それでもカシアはここで釘を刺しておくことにした。
また泣かれても、カシアが困るからだ。
「イース団長。勝手なことをして怒られても知りませんよ?」
「クロイは喜ぶと思ったのですが。怒られるでしょうか?」
さて。答えは──。
戻ってきたエリーとクロイは、何故か二人とも着替えていて、今度は揃いの若草色のワンピースを着用していた。
ただしもう今は、普通の姉妹には見えない。
赤い髪はいいとして、その真っ赤な肌は──。
「クロイ。もう一度指に嵌めてみてくださいませんか?」
クロイがたたたとテーブルを周るようにしてイースに近付き、イースが手に持つ指輪へと顔を近付けた。
「術式、違う」
「少し手を加えてしまいました。勝手をして申し訳ありません。怒っておられますか?」
「いい──イースもすごい」
指輪を嵌めると、たちまちクロイの顔が元の色に戻っていた。
今度こそ髪だけがエリーとお揃いの焦げ茶色に染まっている。
少し前の時間が嘘のように、イース・アバランは破顔した。
「そうなのですよ。私も凄いのです。クロイも凄いということは、私たちもお揃いですね?」
「イース、お揃い」
「えぇ。クロイとお揃いになれて嬉しいです。あぁ、そうです。せっかくですので次は私とお揃いの色にしていただけませんか?術式をまた少し変えても?」
さりげなくイースはクロイの手を取ると、指先で指輪に触れた。
するとクロイの髪がたちまちにイースと同じ白銀色に変化する。
髪色が変わるだけでこうも印象が変わるものかと、カシアは感心して不躾にもクロイを見詰めてしまった。
白銀色の髪のクロイは、その淡い紫色の瞳も手伝って、生来の小柄な体型もあり、この国では画家に好んで描かれてきた冬の妖精のように美しかったのである。
もちろん普段の黒髪も似合ってはいるのだが、今はより神秘性が増していた。
エリーも「まぁ、クロイ。とても綺麗だわ」と感嘆の声を上げていたし。
フライアに至っては、「赤髪も良かったが。それもいいな、クロイ。アバランよりずっとよく似合っている。美しい」と褒めながらイースを貶していたが。
つまるところカシアだけの感性による美ではなく、今のクロイは誰が見ても美しい容姿だったのだ。
そんなクロイを前にして、さらりと貶されてもいた上官が、何故大人しくしているかといえば──自分で魔道具に手を加えたくせに、片手で口を押さえて、もう片の手はテーブルにつき、見悶えていたからだった。
カシアは当然のように上官を見なかったことにした。
続いてクロイがカシアと同じ髪色になったときには、カシアだって思わず頬を緩めた。
カシアは一見すると茶髪だが、陽に透けるとその髪色は翡翠のように淡く緑掛かっていて、それに気付く者は少なかった。
ところがクロイに強請られイースがなんとか復活して魔道具を少し弄れば、クロイの髪には完璧にカシアの髪色が再現されていたのである。
意外に自分を知っていた上官と、お揃いを喜ぶクロイを見ていたら、カシアもこそばゆい気持ちになるだろう。
そうしてクロイはしばらく変化を繰り返していたが、やがて満足したのか、自分から指輪を外した。
そこではぁーと長い息を吐いたのは、エリーである。
「本当に良かったわ。あのまま子どもたちが気に入ったら大変だったもの。しばらくここは酷い有様だったわよ?」
確かに子どもたちにとっては、楽しい玩具になろう。
さて落ち着いて冷静になると、皆が魔道具作成の目的を思い出すというもの。
クロイはこの魔道具で街行く人々に擬態することを願った。
魔力を持たないように見える人間が外を歩いていては、あまりに目立つからである。
クロイの容姿も問題だった。
この国に黒髪の人間がいないことはなかったが、ここまで真っ黒な髪色を持つ者は、カシアが知る限りは存在せず、あまりに目立ち過ぎた。
そしてまた──。
「フォッシル魔術師副団長よ。私は見たことがないと思うのだが、あの目はどうなのだ?」
そう。淡い紫色をしたあの瞳もカシアは他に持つ者を知らず、街では目立ってしまうかもしれない。
話を聞いていたのだろう。
クロイが急にその手に眼鏡を持っていて、先ほどのように腕を伸ばすと、カシアたちに見せ付けている。
カシアも魔力を感じ取り、その眼鏡は通常の魔道具のようにも思えたが──。
ここでカシアが抱いた嫌な予感はあまりに強く、考えるより先にカシアに発言を促した。
「クロイさん!先にイース団長に見ていただくのはどうでしょうか?イース団長は魔道具作りがお得意で、とても凄い人ですからね」
いつもより早口にカシアが言えば、イースは満足そうにカシアに向かって微笑んだ。
「カシアはとてもいいことを言いますね。クロイ、その眼鏡の魔道具も見せていただいてよろしいですか?」
イースに眼鏡を差し出したクロイが、期待に瞳を輝かせてイースを見ているではないか。
これにはイースも満足そうで、ゆるゆるに頬を緩めた締まりのない顔をして、眼鏡型の魔道具に手を加えていく。
「これはまた素敵な魔道具ですね、クロイ。このままでもとても素晴らしい出来なのですが……たとえば、ここをこのように変えますと。視界がその色に染まらずに済むようになりますよ」
視界が染まる……まさか眼鏡のガラスではなく、眼球に直接色付けする仕様だろうか。
それは安全ではないのではないか。
聞いているだけで、カシアは再び強い不安を抱くことになった。
「それに──クロイの美しいその瞳そのものを染めるのではなく。光の屈折を利用してですね──えぇそうです。見る者だけが違うように見える魔道具に変換しておきましょう」
カシアの思った通り危険物だったようだが、カシアはたった今抱いた不安はすぐに手離せた。
考えてみれば、イースが危険なものをクロイに使わせるはずがない。
「私はすごい。イースもすごい。イース、次、これ」
「これは──汚れないようにする魔道具ですか?──そうですね、出来るだけシャワーを浴びたくないお気持ちは私にもよく分かりますよ。腕輪型にして常時使用出来るようにと考えられましたところも素晴らしいと思います──本当にいい魔道具なのですが。こちらは汚れは防げましても、このままでは全身で窒息しますので──空気の層を──いえそれでも人体には代謝というものが──代謝を止めては身体がまた別の危機に瀕しますので──これは潜水に使えそうですね、クロイ──潜りたくなりました?王都のため池?それなら郊外の湖の方が美しいものが見られると思いますよ──もう少し時間を掛けて完璧に改良してから、湖の畔に泊まりましょう。えぇ、いい別荘があるのですよ──今すぐに?このままでは息が続きませんし──そのためには、この部分の術式は大きく変えて。そうですね、出来ましたら素材を集める時間をいただきたく──」
次から次へと突然出て来る魔道具を、イースは嬉しそうに受け取っては、手を加えたり、助言をしたり、使い方を変えるよう提案したり、すぐに使わせないようにしたりと、至極真面な魔術師団長らしい対応を続けていった。
珍しくカシアは、穏やかな気持ちで上官を見守ることが出来たのである。
そうしてすっかり存在を忘れられたカシアたちであったが、エリーが茶を淹れ直してくれて、時折会話もしながら、のんびりと流れる午後の時間を過ごすことになった。
たまにはこんな風に上官に振り回されずに穏やかに過ごす日があってもいいと、カシアはしみじみと感じ入る。
途中エリーが。
「手を繋いでいるのを見たときは、また変なものを拾って来たと思って心配していたけれど。意外に役立つ大人が来たわね」
感心したように囁いていたその言葉は、カシアは聞かなかったことにした。
読んでくださいまして、ありがとうございます♡




