43.全方位に天才ということはなし
記憶喪失の話を終えたあと、室内の空気はがらりと変わった。
それはカシアが風魔法で換気をしたという話ではない。
「擬態。見るか?」
唐突にそう言ったクロイは、カシアでも分かるくらいに、その淡い紫色の瞳をきらきらと輝かせていた。
クロイの右手はぱっと前へと伸びて、その親指と人差し指で摘まんだものを、カシアたちに見せびらかしている。
それは指輪だった。
太めの銀色のリングに、指輪のサイズからすると大分大きな緑の石が乗っている。
魔道具であることは、すぐに分かった。
緑の石は魔石で、そこからカシアが誰より知る魔力が漂っていたからだ。
ただし完全に知るものと同じではない。
最初の状態からはかなり弄っていることを、カシアは見るだけで察知した。
じっと座っていられなくなりそうな、落ち着かない気持ちがカシアを襲う。
昔を何でも知る懐かしい友に再会したような、気恥ずかしさを感じていたのだ。
カシアもいくらかは魔道具を作成してきた。
しかしその多くは自分用で、あとは身内に渡すくらいのものだったのだ。
つまり自分の魔力を注ぎ作成した魔道具を、いつも身の回りに残しており、遠くに手離しまた再会するという機会を得て来なかったのである。
それにカシアは、魔道具ではなく魔法の研究者として知られる魔術師であったから、魔術師団の副団長として他の魔術師を指導する知識はあれど、他者から魔道具作りを依頼されるようなこともなかった。
だいたい人に魔力を与えるという経験も、カシアにとってはクロイに預けたあの一度切り。
人に渡した魔力が、手を加えられ魔石に注がれて、魔道具として使用されるようになるというのは、こんな感じがするのかと、カシアは新鮮な気持ちで覆い隠すようにして、この場ではその気恥ずかしさを隠しているのだった。
「クロイ、それは大丈夫なんでしょうね?」
「問題ない。私はすごい」
「とても嫌な予感がするわよ?」
「大丈夫。私はすごい。とても強い」
「ねぇ、クロイ。それは外でしてくれないかしら?」
「エリー。見る!」
止める間もなく、クロイが指を嵌めた。
人差し指に嵌ったそれは、クロイの小さな手には大き過ぎるなと、カシアは思っていたが。
まさに擬態が起きた。
カシアに似た、しかしカシアと完全に同じではない微弱な魔力が、クロイの全身を覆っている。
変化はそれだけではなかった。
「エリー、お揃い!」
クロイは得意気に笑っているけれど。
蒼白になったエリーは叫び始めた。
「きゃあああ、クロイ!それを外しなさい!」
「エリー、見る。髪、お揃い」
「あぁ、もう!お揃いの髪は分かったから!一度指輪は外しなさい。いいわね?」
焦げ茶色の髪は、確かにエリーと同じ色だった。
外せと言われているのに、クロイは嵌めた指輪を指ではじいて見せた。
「フライア、見る。お揃い」
クロイの髪が赤く染まった。
確かにフライア・エリスロースと同じ赤髪である。
問題は──。
「きゃあああ!やめなさいと言っているのよ、クロイ!もうその指輪は外してちょうだい!」
「赤いの、お揃い」
「お揃いは分かったわよ。分かったから。とにかく今は指輪を外して──あぁ、戻っていないわよ、クロイ!」
「持続」
「なんてことなの!戻るのよね?」
「二日か?」
「どうして疑問形なのよぉお!いいわ、洗ってみましょう!駄目よ、指輪は置いていきなさい!」
それからエリーは大騒ぎをしながら、クロイを部屋から連れ去ってしまった。
部屋に残された三人は、洗っても無理ではないかと思うも、しばらくは黙っていた。
クロイの髪がこげ茶色に染まったとき、クロイの首から上の肌も焦げ茶色に染まっていた。
次に髪色が赤く染まったときには、やはりクロイの首から上の肌は赤色に染まった。
完全に魔道具としては失敗作。
ただし……。
「魔力は上手く乗せていたな。私には違和はなかったぞ」
「えぇ、私も違和感は覚えませんでしたね。全身を巡るように上手く動いていましたし、近距離で長く会話でもしなければ特に変だと思われることはないかと。街を歩いているくらいでは、誰も気にはならないでしょう。そこは流石の腕だと思いましたよ」
「ふっ。私とお揃いとはな。可愛いことをする。後でそこは褒めてやらねばな」
「髪色は見事に染まっておりましたね。それも違和感はありませんでした。あとは早く顔を戻せるといいのですが」
「あぁ、あの色ではな……まぁ、そのうち戻るのではないか?永遠ということはなかろう」
カシアはしばしフライアとクロイの魔道具の凄さについて語り合った。
その話題にイースが乗って来ないことには、大きな不安を覚えていたが──。
急にイースの手が伸びて、指先がテーブルに残された指輪を摘んだ。
「イース団長、勝手に触れるのはよくありませんよ」
カシアが止めても無駄だった。
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