42.想像したくないもの
「それでクロイ?孤児院に送り出した子たちをあなたはどうしたの?説明してちょうだい」
エリーはすっかり心が落ち着いたようだ。
やっと真意が聞けると、カシアはそう信じて安堵したのだが──。
「子どもたち。封じた」
クロイはもう椅子に横向きに座り直していて、完全にエリーにだけ語り掛けるようになっている。
おかげでイースの上官は、ますます不貞腐れた顔を見せていた。
「記憶を消したわけではないのね?」
「そう」
「子どもたちはいつか思い出すのかしら?」
「そのうち」
「クロイはどうしてそうしたの?」
「泣く」
「子どもたちが寂しくて泣いてしまったから?本当にそれだけ?」
カシアだって気が付いた。
クロイの視線が明確に泳いでいる。
そして何を考えたか、視線をエリーに定めると、クロイは笑顔を見せた。
「エリー。平気。私はすごい。とても強い。問題ない」
いつもより言葉数が多い理由は、間違いなくエリーのためだろう。
イースはそれも面白くない様子に見えた。
見せている顔もどうかと思うが、天才魔術師なのだから、少しは魔力の揺れを隠そうとしてくれと、カシアは願う。
イースの魔力は、フライアも感知しているのだろう。
カシアはフライアが心底嫌そうに眉を潜めている横顔を見てしまった。
「そうね。クロイは強いわ」
エリーは囁いたあと、一度目を閉じ、しばらくはそうしていたが、次に目を開くと「分かったわ」と言ってクロイに笑い掛けた。
クロイがほっとしたように小さく息を吐く。
前で見ていたカシアは、これでこの話がすべて終わったように思えてしまった。
しかしそれでは困る。
カシアたちとしては、もう少し詳細を聞き出したいところ。
その聞き役は、珍しくフライアが先陣を切って実行することになった。
部下たちのことであるから、聞かずにいられなかったのかもしれない。
「つまりうちの騎士たちも、いずれは記憶を取り戻すということだな、クロイ?」
クロイは姿勢をエリーに向けたまま、すーっと顔だけをフライアの方に向けると、器用にもその角度から首を捻って言った。
「おおいなる、誤解」
二度目の同じ言葉だ。
「誤解?うちの騎士たちの記憶は消したということか?」
クロイがふるふると首を振ったとき、カシアは口を挟むことにした。
自身が意外に気が短いのかもしれないと、カシアは自分で悟る。
「もしかして、クロイさんは第三騎士団の騎士たちに手を出していないということでしょうか?」
クロイが頷く。
ちょっと待ってくれと、カシアは思った。
フライアも「なっ!」と短く漏らした後には閉口し、カシアと同じように真剣に考え込んでいる。
痕跡を残さずに記憶を弄ることの出来る魔法使いが、クロイ以外に存在する?
カシアは手足がひんやりと冷えていくように感じた。
もう一人でも、闇魔法使いがいたらどうなるか。
それもクロイのように、善意ある者ではなかったら──。
そもそも一人とは限らない。
複数現れたらどうだ?
その想像は、恐ろしいという一言で終わるものではなかった。
この王国がひっくり返ることもあり得る。
「私からも聞いてよろしいですか、クロイ?」
ここで急にイース・アバランが口を開いた。
顔を見れば、もう不貞腐れている様子は見えないが、クロイに向けるにしては珍しく、イースは普段のような感情の見えない微笑を浮かべていた。
何故か。
カシアはいつも見ているその貴族らしい横顔に、ぞっとして悪寒がしたのだ。
「クロイは騎士の記憶を弄った魔法使いをご存知でしょうか?」
短く終わると思われた沈黙は、予想外に長引いた。
クロイが反応せずに、ただじーっとイースを見ている。
困っているのか。
悩んでいるのか。
拒絶か。
隠したいのか。
生体反応があるのに、そこから感情を読み取れないことが不気味で、カシアはすっかり上官から意識を外して、クロイの観察に徹してしまった。
長過ぎる沈黙を破るその声を聞くまでは──。
「そうですか。よく分かりました」
聞いたことのない感情の乗らない冷えた声に、カシアが焦ってまた上官を眺めれば。
イースは変わらぬ微笑を浮かべていたが、その美しい青い瞳は熱を失い、氷のように冷えていた。
カシアはここで上官の何も読めなくなる。
見たくもない反応はいくらでも見せられてきたというのに。
ここで隠すか。
「ではクロイ。もうひとつ聞かせてください。あなたと同じ魔法を使える者を、クロイはご存知ですか?」
カシアの意識もクロイに戻り、この部屋の全員がクロイに注目していた。
今度のクロイは反応を示している。首を傾げたのだ。
しかし斜めになった首はしばらく戻らず、また沈黙が部屋を支配した。
皆が待った。
今度こそ何か言うのではないかという期待で待っていた。
その期待は裏切られることなく、やがてクロイの口が開く。
「シラナイ」
いつも通りの短い言葉なのに。
カシアにその発音が片言に聴こえたのは何故だろうか。
また思い出してカシアが上官を眺めれば、その青い瞳が一段と冷え込んでいることだけはカシアにも伝わった。
これは──怒っているのか?
長い付き合いにおいて、カシアは上官が本気で怒った姿を見たことがない。
先日魔力を暴走させた、あのときを初めてと言っていいかもしれないが。
しかしあれだって、怒っていたというよりは、拗ねたと言った方が正しいようにカシアには思えていた。
だからカシアはイースが本気で怒ったときに示す反応がこれだと定められない。
そのうえ今は、イースから何も察知出来ず、カシアには上官の心情をこの場で探ることも出来なかった。
イース・アバランは、クロイから視線を外し隣のエリーを見ると、冷えた瞳で微笑みを深め、こう言った。
「エリーさん。後ほどまたお話をしたいのですが。先ほどと同じようにです」
エリーが静かに頷くと、クロイはエリーとイースを順に眺め、そしてまたしばらくの間、首を傾げた。
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