39.知らない親しそうな人
まだこの直前までのカシアは、上官が彼女に対し抱く気持ちが、尊敬や崇拝といった類のものではなかろうかという考えを持っていた。
カシアの今まで知るイース・アバランが、その手の想いを抱く男とは、カシアにはとても思えなかったからである。
だがその一方で、もしかしてそうなのか?と、疑う気持ちも抱いてきた。
結局のところカシアは、長い付き合いを経た今も、魔術師団長イース・アバランという人を理解出来ていない。
カシアたちは今、目当ての石造りの家まで続く緩やかな傾斜のある道を歩いていた。
道の周りは畑で、多様な植物が生い茂っている。
植わっている植物は、ここで暮らす皆の食糧となる野菜と、ポーション作りや茶に使う薬草類と思われた。
緑豊かなみずみずしい香りと土の香りが交じり合い、カシアの嗅覚を心地好く刺激する。
『見たら分かると思うけれど、ゆっくり話が出来る場所ではないのよ。だからクロイを連れてここに戻って来てくれるかしら?』
エリーはそう言って、家に残った。
その様子からしばらく一人になりたいように見受けられたので、カシアたち三人は、クロイを迎えにエリーの家を出て来たのだ。
家を出てすぐの広場で、カシアは新しい気付きを得た。
どうしてこんなにもこの場所に色が溢れているか、闇魔法を経験したことでその理由が分かったのだ。
そして同じ広場で発見もあった。
先日はいなかった魔力の高い子どもたちと、大人と変わらないように見える背格好をした若者たちが、そこにいたのである。
この変化を、カシアは好転と受け止めた。
そうして広場を抜けて、石造りの家へと続く一本道を歩み進めれば、傾斜の下からでも家の周りの様子が見えてきた。
家を囲うようにして、ぼうぼうと背の高い草が生い茂っており、その茂みと家の間にカシアは人の気配を感知する。
相変わらず一人だけ、まったく魔力を感じない異質な存在はあれど、今日の彼女は他の何もかもを隠しておらず、そこに存在することは間違いなかった。
どうやら大きめの石を椅子にして、座っているようだ。
その側に二人立っていて、一人はカシアがよく知る生体反応と魔力を持っていた。
カシアが二度会っているあの少年だ。
さてもう一人は誰か。
カシアと変わらない背丈をして、それなりに高い魔力を体内に抱くその人を、カシアは知らない。
カシアは気になって、歩みは止めずに隣を見やり、ぎょっとしてしまう。
隣を歩くイース・アバランは、眉間に皺を寄せ、目を細めて、口角を下げる形でむっと口を閉じていた。
もしかして不貞腐れているのか?
カシアは動揺しているうち、魔法を使用しなくても、声が届く距離になっていた。
ここまで近付いても、まだぼうぼうの草はクロイと少年の姿を隠していたが、もう一人は上半身が覗いていた。
カシアたちが見る後ろ姿は、立派な青年のそれである。
「うぇえ、クロイが吐いてるじゃねぇか。キィト兄、何してんだよ!クロイは何でも出されたもんは口に入れちまうんだから、先に自分で味見してからにしろって、この間もきつく言われてただろう?エリーにまた怒られても知らねぇからな!」
相変わらずとても子どもらしい少年だった。
カシアは一時心を和ませて、続いて上官を見ると、そこで歩みを止めた。
カシアとイースに合わせたのだろうか。
続いてフライアまで歩みを止める。
これでは盗み聞きしているようで良くないように思ったが、カシアの足は動かなかった。
「味見はしたよー。俺には不味くなかったけどなー」
やけにのんびりゆったりと語るその男の声を、カシアは初めて耳にする。
横を向けば、イースの眉間の皺がより深くなっていた。
「あぁあ、もう!キィト兄はこれだから!エリーによく言っとかねぇと!ほら、クロイ。俺の美味い茶で、口直ししとけよ。あとこれで口の周りも拭けって。あぁ、もう。貸してみろよ。ほら、拭けたぞ。服は汚してないか?──本当かよ?そのくせぇ匂い付けてそこらを歩くな?──後で着替えるって?汚してんじゃねぇか。──どうせまた汚すから後だって?分かったよ。ったく、クロイもキィト兄も手が掛かるんだから」
カシアは何度も隣に視線を送った。
その場所にじっとりとした重たい視線を向けて固まるイースから、まだ動き出す気配は見えない。
せっかく高く茂った草が、男の手元を隠しているのに。
どうして自分たちは生体反応を感知してしまう魔術師なのだろうか。
などと、カシアは至極意味のない愚問を心の中で唱えてしまった。
男の手は、あの黒髪の上、動き続けている。
「悪かったなー、クロイ。今回こそは上手くいったと思ったんだよー」
「いい。もう少し」
「これはまだ売り物にならないかー?効果は出てたよなー?」
「そこそこ」
「そこそこかー。うーん。何が悪いかなー」
「葉の選定」
「今回は完璧に選んだつもりだったのになー。まだ目が足りないかー。味はどうすれば良くなる、クロイー?」
「混ぜ方」
「あはは。まーた混ぜ方が悪かったかー」
親密そうな様子で、会話が進む間も、黒髪に乗る手は動き続けていた。
動かないカシアたちを置き去りにして、少年も混じりさらに会話が流れていく。
クロイはまだ、カシアたちに気が付いていないということだろうか。
カシアは疑問に思って、知らぬ男よりクロイをより観察するようになった。
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