38.心強い協力者
クロイの話になって、またイースが語り出すかと思ったが、意外にもイースは口を閉じたままだった。
ならばとカシアは出来るだけ優しい声色を作って、エリーに問う。
「クロイさんがお一人になる予定がおありだったのですか?」
「違うわ。ただ私がずっと覚悟してきただけよ。クロイにはいつもそう言ってきたから」
──クロイにとってそれが最善ならば、それでいい。いつでもそうして。
エリーはクロイと出会ってから今まで、クロイに繰り返しそう言い含めてきたという。
「いつも守られていることしか出来ないから。私のせいで、私たちのせいで、クロイに何かあることだけは嫌だと思ってきたわ。クロイの重荷にはなりたくないのよ。でも──」
一度きゅっと唇を噛み逡巡した様子を見せてから、エリーは言った。
「そうしたら、クロイだけが寂しいじゃない」
エリーの揺れるその声が、カシアにはもう泣いているように聴こえた。
涙は出ていなかったけれど。
「私たちはクロイを忘れて街で暮らして。クロイだけが一人になっちゃうでしょう?だから、出来るだけ色んな所にクロイを覚えている人を残したくて。ほら、あの子は抜けているところがあるでしょう?だから散らばっていたら、記憶を消し忘れる子が一人くらいは出てくると思ったのよ」
すでにその一人に思い至ったが、カシアは口に出さない。
エリーがまだ話したそうにしていたからだ。
待っていれば、エリーは自分からそれを口にした。
「クロイを守れる人も欲しかったわ。今の騎士団の団長さんはとても強い人だと、前にクロイが言っていたから」
ここでフライアが「なんと!」と驚きを示したが、しかしそれ以上の発言はしなかった。
今はフライアも聞き役に徹するつもりのようだ。
カシアが横を向けばフライアと目が合い頷きが返って来る。
カシアはすぐにエリーへと視線を戻した。
「守らなければならないような事態が発生しているのですね、エリーさん?」
カシアが問い掛けた瞬間、部屋の魔力がぴりっと張った。
しかもそれは二名の人物から発せられたと分かった。
二人の魔力はすでに落ち着いているけれど。
エリーの返答次第では、もう黙ってはくれないだろう。
しかし予想外にも、エリーはここで首を振ったのである。
「分からないわ。クロイは大事なことを言わないから。ただ──いいえ、分からないのよ」
エリーの声に力がなく、カシアはエリーが今隠した言葉をここでは追わないことにした。
落ち着いてから、改めて聞き出そうと考えたのだ。
横並びに座る二人もまた、何も語らないということは、カシアと同じ考えに至っているのではないか。
すぐにでも真実を聞き出したいところだが、上手く問わねばエリーは隠すだろう。
カシアの上官はエリーの記憶を覗いてでもそれを知ろうとするだろうが、クロイがそれを許すかどうかも考えれば、エリーから信用を得たのち確実に聞き出すことが、今の最善の方法と思われた。
「クロイと生きてきて、いつも怖かったわ。クロイがある日急にふっと消えてしまう気がしてならないのよ。あの魔法のせいかしらね?それが今日ますます実現しそうに思えたわ。クロイは子どもたちの記憶を消したのでしょう?」
ここではカシアが息を呑んでしまった。
「……クロイさんなしに私たちとお話ししたい理由はそれだったのですね?」
鎌を掛けられたということだ。
エリーには知らせず、クロイは子どもたちの記憶を消したということになる。
それは孤児院に移住したばかりの子どもたちが、ここでの話は絶対にしないからと意気込んでカシアに語ったわけだ。
子どもたちもまた、近いうちに記憶を消されるなどとは思っていなかった。
カシアはクロイをよく知らない。
言葉数が少なく、理解し難いところはある。
最初から読めない魔力だけでなく、生体反応までも隠され読めなくなれば、いつもならすぐ分かる嘘の発言にも気付けない。
けれど──カシアはクロイに関して信じられることがあった。
「これは至極個人的な私の意見になりますが。エリーさん」
カシアは続きを言う前に、慎重に言葉を選んだつもりだ。
「クロイさんは、たとえエリーさんたちから記憶を消さざるを得ない状況に陥ったとして。お一人にはならないのではないかと思うのですが」
それでも少々怒らせてしまったようである。
カシアは怪訝に眉を顰めたエリーから、分かったように語るなという批判めいた少ない魔力の揺れを感じ取った。
だからカシアはさらに慎重に言葉を選んで先を語る。
「知っていましたか、エリーさん。エリーさんの焼いたパンが美味しいことを伝えますと、クロイさんはとても嬉しそうにされるのですよ」
「あの子はパンが好きなのよ」
「そうでしょうか?エリーさんのパンが特別大好きなように、私にはお見受け出来ましたが」
エリーの視線が下に傾き、上下の唇がきゅっと堅く結ばれた。
そうやって隠していても、カシアには素直な喜びが感知出来てしまう。
だから多くの者は利用したいと願いながら、魔術師を側には置きたがらずに、魔塔に押し込みその姿を遠ざけるのだろう。
「たとえ記憶を消したところで、クロイさんはずっとエリーさんのことを覚えておりますよね?」
「そうね?」
エリーから不安の色が消え掛けて、機嫌が上向いていることも、カシアには分かった。
「ならばクロイさんは、エリーさんのパン屋に通い続けると思うのですよ。ですからたとえエリーさんが忘れてしまったとして、エリーさんはまたクロイさんに必ず出会えるのではないかと。そしてエリーさんはきっと……クロイさんとまたお付き合いを始めるのではありませんか?エリーさんもあの手の御方を放って置けない性質をお持ちですよね?」
暗に同志と語って。
エリーが落ちた。
そこにカシアは言葉を畳み掛ける。
「それにですね。クロイさんは先日お会いした際に、擬態すると仰っておりましたし、エリーさんたちとご一緒に街で暮らすおつもりで考えておられるかと。だからエリーさんの記憶を消すつもりはないように思いますよ。ですからその不安、一度ぶつけてみてはいかがでしょう?それに子どもたちのことも、直接お話を聞いた方がいいですよね?私たちもこれからクロイさんに事情をお伺いしたいと思っておりますので、ご一緒に話を聞いてみませんか?」
そこでカシアは、恥ずかしそうに笑って見せた。
「というのは口実でして、これはエリーさんへの協力要請です。うちの団長は、この通りでしょう?二人だけで理解を進められますと、私が後で大変に困ることになりますので。エリーさんには是非同席を願いまして、クロイさんの少ないお言葉の意図を私に解説頂けると有難いのですが──」
エリーは今度こそ、心から笑った。
途中何度も何度もその目尻を指で拭った。
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