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残念な天才魔術師団長の初恋  作者: 春風由実


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36/74

36.その陶酔は


「はじめはクロイの魔法の解析を終え次第、防御する魔法も生み出しておこうと考えておりました。ですがそれではあまりに勿体ないことをしてしまうと思い至りまして」


「勿体ないとはなんだ、アバラン?魔法を防ぐから私たちから記憶は消せない、という話をするのではないのか?」


「そのようなことを私は言いませんよ。クロイの魔法をお受けしたいではありませんか」


 何を当たり前のことを聞くのだという態度で、イースはフライアを取り合わずに、一人好きに語っていく。

 その上官が瞳を輝かせてどこを見ているかは、もうカシアには定かではない。


「けれど先日孤児院を伺いましたでしょう?子どもたちの様子を見て、これは急ぎ具体的な対策が必要ですと思い直しまして──」


 孤児院から戻り昨日までの数日、クロイを部屋に呼ぶのだと張り切っていたイースが、自室に籠もって部屋の片付けをしているものだとばかりカシアは思い込んでいた。

 どうやらそうでもなかったらしい。


 ちなみにイースの部屋は、扉から室内を眺める限り、相変わらず物しか見えず、以前とは何も変わっている様子はない。

 あの部屋が片付く日がいつか、イースと付き合いの長いカシアにもこれは予測出来ないところ。

 片付く日は来ないのではないかともカシアは思うし、二度と魔塔の他の部屋を汚さないのであればそれでもいいかとカシアは思っている。


「私も記憶を少しは弄れますからね。まずは私の記憶を転写した魔道具を作成してみたのですよ。まだ一つ目になりますが。これを複製して増やす予定でいます。百個作っておけば……いえ足りないでしょうか?千個もあれば……え?なんです?持ち歩き用、保存用を確保して、残りは部屋のいたるところに置いておくに決まっているでしょう?どこにでもあれば、いつでも見ることが出来るではありませんか。え?持ち歩き用がひとつあれば、こと足りるですって?何を言っているのですか、エリスロース嬢は。それは外出用ですし、不足の事態に備えて、常に予備としていくつかを持ち歩かなければ。保存用の意味?私の宝物ですよ?それ以上にどんな意味が必要ですか?」


 途中声を掛けたフライアも閉口する。

 カシアに至っては途中で声を掛ける気力もない。


 カシアたちには見えない遠く虚空に向けて煌々と語るイースは、とても正気に見えなかったから。


「もちろん魔法の解析も進めています。クロイをより詳しく知りたいですからね。先日壊れた魔道具を置いて行ってくださったでしょう?あの魔石にはクロイの美しい魔力がたっぷりと詰まっておりましたので。あまりに美しいものですから、絶対に損ないたくなく、慎重に、それはもう慎重に、検証しているところなのですよ。出来れば私も同じ魔法を使えるようになりたいですし──ですから、エリーさん」


 イースが突然エリーの名を呼んだとき、もうイースの視線ははるか遠く、誰にも見えないところを捉えてはいなかった。


 椅子に座り窓から差し込む陽射しを受けたその青年は、美しい笑みを浮かべてエリーを見詰めると、優しい声で放つ。

 その様子は、イースが真面な貴族令息であり、素晴らしい魔術師団長であると、多くの者に信じさせてきたそれだった。


 音はなくも、エリーが息を呑んだことをカシアは察知する。


「クロイに魔法を使われましても、私がクロイを忘れるときは来ません。必ず思い出してみせますよ。それもすぐにです。そういうことですから、エリーさんからのすべて忘れて欲しいというお願いを私は聞くことが出来ません」


 強く言い切ったイースに……エリーはどう反応するだろうか。

 恐れながらカシアが前に座るエリーを見ていれば。


「あはははは──」


 間を置いて、エリーは急に笑い出した。

 しばらくは街の若い女性らしい華やかな笑い声が続いて、それが収まるとエリーは目尻を指先で拭いながら言った。


「イースさんは、クロイを絶対に忘れないということね?」


「当然ですよ!クロイを忘れ生きる意味がどこにあるでしょう?」


「そうね。その気持ちはよく分かるわ」


 部屋に漂う魔力が瞬間ぴんと張り詰めた気がした。


 急に細められた青い瞳には鋭さが宿って、やがて造詣の美しい唇が今までになかった冷たい声を紡いでいく。


「エリーさん。私の気持ちがお分かりになりながら、何故あのようなことを言ったのです?」


 静かな室内に喉を鳴らす音が響いた。

 取り繕っていたものがエリーの全身から剝がれようとしている。

 

「それは……」


 エリーの瞳から自信の色が失せ、その視線が左右に揺れた。

 カシアは急にエリーが年相応の若い女性に見えてしまった。


 だから。


「団長。エリーさんには私から事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 考えるより先にそれは口から出ていた。

 イースが笑顔で頷いたことを確認し、カシアはエリーに問う。


「エリーさん。私も以前から引っ掛かってはいたのです。どうして今回エリーさんがクロイさんの存在とこの場所を私たちに知らせたのかという点です。エリーさんは子どもたちのためと仰いますが、皆さまは何もせずともこちらでずっと平和に暮らしていくことが出来ましたね?」


 エリーの生体反応が。魔力が。

 感知したすべてが。

 カシアの脳内でエリーが助かったと叫んでいるように変換された。




読んでくださいまして、ありがとうございます♡

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